”過ぎ行く夏”『君の名前で僕を呼んで』


4月27日(金)公開『君の名前で僕を呼んで』日本版本予告

 ジェームズ・アイヴォリー脚本!

 83年の夏を、両親とともに北イタリアのヴィラで過ごすエリオ。大学教師でもあり息子を芸術に触れさせる両親は、毎年違うインターンを連れてくる。今年、連れてこられたのは24歳の大学院生オリヴァーだった。エリオの隣の部屋で寝起きするオリヴァー。やがて二人は惹かれ行くのだが……。

 監督は名前を覚えづらいルカ・グァダニーノ。この後は『サスペリア』リメイクを撮るらしいですが……?
 邦題は原題の直訳で、座りがいいかと言うと良くないし、意味はわかるけど「ちょっと何言ってるかわからない」……が、そこがいいんじゃないかな。実際、作中でこれやってるのを見ると、ロマンチックさと倒錯が同時に存在していて、「ちょっと何言ってるの君たち」……としっかりなってしまう。

 アーミー・ハマーはちょっとこの大学院生の役には歳行った感じが若干あったかな。美形だがなんだかまつげのお化けみたいになっていて、ところどころおっさんぽいいやらしさ、ずるさを感じる。ここは「歳上」である以上に、おっさんとしての作り手が投影されているということであろうか?
 対するティモシー・シャラメは、美しさといかにも若者らしい軽さが同居していて、そうは言ってもまだ自己表現を知らないがゆえに多弁になれないところが好対照。
 割とわざとらしく誘うアミハマに「あれっ?」と思いつつも、そんな露骨なモーションを経験したことがない丸なシャラメは戸惑いながらも、気だけはしっかりある……。

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 いや、もうおまえらいい加減にしろよ、と噂の桃オナニー他、加速していく関係とイチャイチャぶりを眺める。見目麗しい二人だが、このあたり単純な山なし落ちなし意味なしのBLで、いやそれこそを描きたいんだ、と言われればそれまでだが若干しんどいのでありました。
 女二人をそれぞれ捨てる(捨ててるのは個別だが、まとめてやってるように見える)ところの、まあモテ男らしく恨まれずに済ませる手際の良さとずるさも面白いですね。

 基本、一夏の思い出の話なので、楽しい時は長く続かずやがて別れがやってくる。相変わらず夏の日差しは燦々と照りつけいるのだが、心は雨……。ところで未成年者シャラメの両親は、自分が連れてきた院生が息子に手を出してるのにどう見ても気づいてるよな、と思っていたのだが、アミハマが帰ったあと、息子が経験した「素晴らしい出会い」についておもむろに語り出す。
 この別れと「父は語る……」で一気にボルテージを上げてくる。息子がひどい目にあうリスクを全然勘案してなくて、イタリア野郎はこんなに適当なのか、という感じでもあるが、やはりここは作り手の思いそのものであり、あるいはジェームズ・アイヴォリーが過去に聞きたかった言葉なのかもしれないですね。
 美しいいい話なんだが、ドロドロさせないためにわざと綺麗事に仕上げてる感もあり。未成年者を搾取したいオッサンの話に見えないために必死に心を砕いてますよ。『ビフォア・サンライズ』シリーズみたいに続ける構想もあるらしいので、次作があればそのあたりも拾えそうだが……?

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”もっともっと、欲しいんじゃ”『ゲティ家の身代金』


映画『ゲティ家の身代金』予告編

 リドリー・スコット監督作!

 世界一の大富豪ジャン・ポール・ゲティの孫ポールが誘拐される。身代金は空前の1700万ドル……だが、ゲティはそれを拒否し、守銭奴ぶりを天下に示す。ポール自身の偽装誘拐も疑われる中、離婚でゲティ家を離れていたポールの母ゲイルは苦闘するのだが……。

 ケビン・スペイシーが首になり取り直しになったことが大変話題になったこと、再撮影したがミシェル・ウィリアムズのギャラがマーク・ウォールバーグに比べて安すぎたことなど、裏の話が大変盛り上がった映画。
 「カイジ」の会長みたいな銭ゲバであるポール・ゲティをケビン・スペイシー降板後、クリストファー・プラマーが代演。特殊メイクしなくていいリアル老人だからな……。

 弟の故トニー・スコットが、同事件から着想を得たクィネルの『燃える男』を『マイ・ボディガード』として映画化しているが、あっちは少女誘拐に変わってて全然関係なくなっておるね。
 今作で(と言うか実際に)誘拐されたのは長髪の兄ちゃんで、ローマが舞台ということで古城の牢獄に監禁される。誘拐の実行犯がなかなかずさんな連中が揃っていて、監禁が長引くとダラダラしてきてうっかり覆面を脱いでは顔を見られて焦り、処刑されたりして段々人数を減らすことに。

 その間、ミシェル・ウィリアムズお母さんが身代金を出すことを祖父ゲティさんに掛け合うのだが、断固拒否! 足りんわ、まるで……もっともっと、欲しいんじゃ! 実は会社が傾いていたりするのか、と思ったが、特に理由はなく、単に払いたくないという感じで、この理不尽さ、これもまた実話力だな。筋の通る話は特に提示されず、まるで幼児のようなイヤイヤ……身代金は資産の何百分の一、何千分の一なんじゃないの? この話の流れでミシェル・ウィリアムズ自身は追加撮影のギャラもらえなかったというのは、皮肉を通り越してそのまんまやん、という感じですね。

 『悪の法則』ほどソリッドではないんだが、話が通じてそうで通じてないような誘拐犯の野蛮さ、もちろん守銭奴じいさんにも理解しがたいおぞましさがあり、平凡な人生を送っていたはずが急に「異世界」の理に触れてしまったような嫌さがある。そして、結局、金も美術品もあの世には一つも持っていけないのだが、ラストの絵を抱えるシーンは、それでも持っていけるものが一つだけあるならば、ということを考えさせられたね。

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 リドスコフィルモグラフィーでは上位とは言えないだろうが、そういえば同じ実録誘拐物でも『ハイネケン』はなんであんなにつまらなかったのだろう……と考えると、やっぱり良く出来ておるな。

マイ・ボディガード(Blu-ray Disc)

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中間管理録トネガワ(7) (ヤングマガジンコミックス)

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“手話で話そう”『ランペイジ』


巨大化生物が大暴れ! 映画「ランペイジ 巨獣大乱闘」予告編

 ゴリラ映画!

 宇宙空間で行われていた遺伝子操作実験の失敗……。謎の薬品が地球に落下し、落下点でそれを吸った野生のワニ、狼、そして飼育されていた白いゴリラのジョージが巨大化していく。やがて謎の電波に導かれ暴走した三体は都市を目指す……!

 怪獣映画である。冒頭、『ライフ』ばりの宇宙ステーションから幕開け。密かに実験していた動物を巨大化させる薬品によってラットが暴走し、犬ぐらいの大きさになって人を遅いまくる。ステーションを放棄して残った薬品を救おうとするが、乗員は死亡しカプセルは密閉容器に入ったまま大気圏に突入しアメリカに落着。たまたま容器だけが破損したことで薬品が漏れ、通りすがりの狼、ワニ、動物園のゴリラがそれを吸ってしまうのであった……。

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 まあすごいご都合主義だが、これぐらいは余裕で許容範囲である。動物園でゴリラの担当をしていたドウェイン・ジョンソン、いい加減そうな手話でコミュニケーションが取れるぐらいに通じ合っていたが、ゴリラが段々大きくなり始めたからびっくり仰天。怯える彼をなだめながら治療法を模索するが、政府にまとめてひっ捕らえられる憂き目に……。

 一方、狼もどんどん巨大化し、薬品を作ってた企業が捜索のために放った特殊部隊をあっさりと皆殺しに。この特殊部隊の隊長はそれなりに意味ありげな演出で出てきたのだが、敢え無く散りました。てっきりロック様を邪魔するかと思ったのにな。

 今や怪獣と化した動物たちを呼び寄せるのにある種の電波があったり、解毒剤が存在したりと一通りのお約束を踏まえつつ、クライマックスはシカゴの街中へ……。まあ正直、ここの展開のためにあるような映画で、後から来襲したワニも含め、三匹がバリバリと街を壊すシーンは最高でしたね。悪役も無残に死ぬので安心して見ていられる。

 ゴリラが他に比べてあまり大きくならないのは、まあ生存に向けての都合だろう、というのは簡単にわかってしまうので、もう一工夫欲しかったかな。狼にも苦戦し、ゴリラだけでは勝てない、ロック様がいないと……と思わせる絶妙なパワーバランスであるとも言えますが。本人は巨大化こそしないが、生身で怪獣同士の戦いのパワーバランスを変えてしまうドウェイン・ジョンソン、やっぱり半端じゃねえな。

 解毒剤で大きさは戻らないけど、心は元に戻る、というのはまさにゴリラのジョージ君のための設定で狼やワニは心がどうにかなってもやっぱり暴れまくりそうだな。ゴリラ的には生存フラグが立っているとも言えるので、ここはあえてもう一回薬を飲んで、キングコングになってからワニを倒す、という展開でも良かったかもしれない。ロック様に別れを告げ、髑髏島へと猿、じゃない去るジョージ……まあ現代では衛星とかで簡単に見つかるんだろうけど!

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 今作の製作はセクハラで干されたブレット・ラトナーの会社だが、この『ランペイジ』をもってワーナーとの契約は終了となりました。もう続編はなかろう。その最終作品のラストで、散々引っ張ってきた手話ネタを使って、セクハラ下ネタしてたのがまた象徴的だな。ひどすぎて面白かったが、こりゃダメだ、という感じでしたね。

レッド・ドラゴン (字幕版)

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ラッシュアワー (字幕版)

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“そいつは俺のもの”『ハン・ソロ』(ネタバレ)


Solo: A Star Wars Story Official Trailer

 スター・ウォーズスピンオフ!

 最速の運び屋として知られるハン・ソロ、その若き日とは……? 最高の相棒チューバッカとの出会い、愛機ミレニアム・ファルコンとの邂逅、そしてかつて愛した女性……。ソロの青春時代が紐解かれる!

 『21ジャンプストリート』の監督兄弟が干され、ロン・ハワードが再撮影したという映画。まあこの時点で相当に心配になるわけだが、その危惧は当たっていたと言えるしそうでないとも言えるな……。

 ハン・ソロがエピソード4でルークに出会う前の話、ということで、まあだいたい想像はつくわけである。愛機ミレニアム・ファルコンをいかにして手に入れたか、相棒のチューイやランドとの出逢いは、友情の芽生えは、そして若きハン・ソロはどのように愛を失ったのか……そんなエピソードが小粋な感じで語られるに違いない。果たして、映画は一歩もその予想を外れず、なるほどとは確かに思わせるものの、新鮮味のないエピソードが延々と続くのである。

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 まあハン・ソロもチューイも4以降の活躍が控えてるわけだから、もちろん死んでしまったりするはずがないのだが、さすがにこれはハラハラしないにもほどがあるのではなかろうか。しようがないので、今作にしか出ないエミリア・クラークが腹かっさばいて悲劇のヒロインになるのを期待したが、こちらもまあまあ強くてそんな簡単に死んだりしないのでありました。代わりに女性型のドロイドが見事にバラバラになったりして笑ったが……。

 ただまあ、まったく面白くないかというとそういうわけでもなく、新鮮味はないながらもお約束はことごとく押さえ、ああスター・ウォーズ観てますね、という感覚だけは豊富。この点に関してはEP7をも凌ぐのではないかな……。職人ロン・ハワードが地面スレスレをベッタベタに低空飛行かつ高速で駆け抜けていくようで、リスクの大きいジャンプや飛行は決してしない。上手い……無駄がない……手堅い……。

 ハン・ソロ役はオールデン・エアエンライクさんということだが、これはデヴィッド・オイェロウォと並んで絶対に覚えられない名前になりそうな予感……。いや、この人自体は一生懸命に「ハン・ソロ・スマイル」をしていて大変健気だったし、演技も似せて頑張っていたと思うんだがね。

 ダース・モールは生きていたということらしいんだが、何かそれって今後のネタとして意味あるの? 次のスピンオフ企画もなかったことになりそうだし、なんとも煮え切らない映画でありました。

”現在を生きる君たちへ”『レディ・プレイヤー1』


映画『レディ・プレイヤー1』日本版予告【HD】2018年4月20日(金)公開

 スピルバーグ監督作!

 西暦2045年、格差の拡大した世界で、人々は「オアシス」と呼ばれる仮想現実を理想郷としていた。だがある日、オアシスを作った男ジェームズ・ハリデーの死が告げられ、彼の残した最後のゲームが始まる。三つの鍵を手に入れたものは、オアシスの全てを手に入れられる……!

 『ペンタゴン・ペーパーズ』でも鼻息の荒かったスピルバーグが、またも新作! 原作は超オタク小説だったが、最初の脚本を読んだらあまりに自分へのオマージュが大量にあり、最初は断ろうかと思ったスピやん。でもこれを他の監督に撮らせたら、結局スピルバーグオマージュがダダ漏れすることになりそうなので、敢えて自分で撮って削ったとかなんとか……。自分オマージュはジュラシックパークのTレックスなんかをキングコングといっしょに登場させたりしてお茶を濁している感じが、なかなか奥ゆかしいですね。おかげで、スピルバーグがいまいち人気出なかった世界線、みたいにも見えるが……。

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 その代わりと言ってはなんだが、二幕目ではキューブリックオマージュを炸裂させ、いやあひさびさに大スクリーンで『シャイニング』見ちゃったよ……という気にさせられました。みんな大好きキューブリック。これでも本物は3倍怖いからすごいよな。

 主演はサイクロップスもやってたタイ・シェリダン君で、まあイケメンと言うには少々物足りない感じがオタク役にはちょうどいいのか。我々の世界ではeスポーツとか言い出してますが、ややレトロなグローブつけたVR体感ゲームという印象。マジな未来では、ゲームなんて脳内だけでやるもんになってるんじゃないか、と思うが、作中のキーアイテムにもレトロゲームを割り当て、80年代感も押し出してくる。

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 そして最大のお楽しみ、版権キャラの数々! まあ実際に活躍するのは一握りで、撮影ヤヌス・カミンスキーが逆光を当てよるせいでよく見えなかったりもするわけだが……。ガンダムがガチでガンダムだったり、メカゴジラがオリジナルデザインだったり、その不揃い感も今作には合っていたんではなかろうか。

 自分ぼめは控えたとは言え、オタクマインドを慰撫する渾身のオナニー感には変わりなく、ジョブズみたいな偏屈男を愛情たっぷりに描くあたりも超気持ち悪くて最高だね、と思ってたら、「ゲームは週に5日まで!」と渾身のお説教を始めたからある意味驚いた。これがスピやんのリアルとオタクのバランスなのであろうか?
 しかし、『ペンタゴン・ペーパーズ』とほぼ同時にこれを作ってるあたり、何か生き急いでないか、何かを残そうとしているのではないか、と心配になってしまう。それなりにご高齢なのも間違いないところだしな……。

“この星の支配者”『GODZILLA 決戦機動増殖都市』


『GODZILLA 決戦機動増殖都市』予告

 CGゴジラ第二弾!

 ゴジラ・アースに敗れ、ほとんどの戦力を失ったハルオらは、謎の部族に救われる。彼女らは2万年前、地球に取り残された人類の末裔なのか? 一方、ハルオらと行動を共にするビルサルドたちは、かつて自分たちが建造したものの起動直前に破壊されたメカゴジラが残存している可能性に気づく……。

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 完全に前作の続き。「神の卵」を崇める一族に救われた主人公たちは、300mを超えるゴジラに再度の決戦を挑むか、決断を強いられる。まあ普通に考えれば、こてんこてんにやられた後の残存戦力では勝ち目ゼロだが、かつて地球脱出の前に破棄されたビルサルドの秘密兵器メカゴジラがまだ存在しており、しかも元の姿ではなく、より拡張された要塞都市として地球の一部を作り変えるほどになっていたことがわかる。
 いや、これを使ってゴジラをおびき寄せれば、前回ミニラを倒したのと同じ作戦のバージョンアップ版を展開して勝てるんじゃね?と色めき立つ地球人とビルサルドたち。だが、卵の一族は、その都市を危険だと警告する……。

 小説版一巻で、生物兵器ヘドラを使って複数の怪獣を倒しているが、かえって甚大な被害が生じ、あのヘドラもまた「怪獣」と言える存在だったのではあるまいか、と言い残されている。今回で行きすぎた文明へのカウンターとしての怪獣が定義づけられ、地球人類に対するゴジラ、エクシフの星を滅ぼした「名前を言ってはいけないあの怪獣」がその存在と明言される。ではビルサルドはというと、地球に来てから彼らの技術力が生み出した自己再生、自己増殖する生きた機械……メカゴジラということになるのだな。怪獣をもって怪獣を倒そうとする行為は、結局勝ったところで強い方の怪獣が残るということに過ぎない。
 メカゴジラに同化さえして行くビルサルドに対し、これまで闇雲にゴジラを倒そうとしていた地球人類は選択を迫られ、この流れは当然、三作目にも続くということになるかな。

 テーマ的なことが見えてきて、話はかなり面白くなってきた。メカゴジラがバージョンアップして要塞都市になっているのもアイディアとして面白いし、「怪獣」の怪獣たる所以を付与して地球人にとってのゴジラ、ビルサルドにとってのメカゴジラとして完全に対比させたのもいい。

 が、怪獣型じゃなくて都市になってるせいで絶望的なまでに絵面は動かなくなった。いや、金も時間も足りないのかな……。スピード感や威力の表現も「以前の3倍!」とか口で言っちゃうもんだから、かえってハードル上がりすぎてるような……どうももったいない内容だ。

 完結編のネタは完全に前回予想した通りだったので自画自賛したいが、あとは「卵」の怪獣が絡むか否かだな。しかし、最後の名前を言うところがいわゆる「バンク」使いすぎで超長くて、あれは完全に計算を間違えているのではないか。引っ張ればいいというものではなかろう……。

GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ (角川文庫)

GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ (角川文庫)

“あいつを壊せ”『アイ、トーニャ』


『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』予告編/シネマトクラス

 ナンシー・ケリガン襲撃事件の真相は!?

 全米初のトリプルアクセルを決めたスケート選手、トーニャ・ハーディング貧困層から勝ち上がってきた彼女だが、オリンピックではメダルを獲得できず、その生活は常に苦境にあった。そしてリレハンメルへの選考会の直前、ライバルと目されてきたナンシー・ケリガンが何者かに殴打される事件が起こ理、ハーディングにも疑惑の目が向けられ……。

 もちろんドキュメンタリーではなく劇映画。トーニャ、その元夫、その元親友、母親による事件の述懐という形で語られる。
 身体能力に優れ、母親が教育の全てをスケートに注ぎ込んできたことによって作られてきた傑出したアスリートとしてのトーニャ・ハーディングは、アメリカで初めてトリプル・アクセルを飛んだ女子スケート選手として知られることに。だが、そのジャンプの切れに反して得点は伸び悩み、常にジャッジの「芸術点」の壁に苦しんできた。
 母親のスパルタ教育を受けたゆえか、夫もまた暴力的な人間を選んでしまう虚しい繰り返し。スケートしかやってこなかったせいか、他のこともできないし、どうにも要領も悪いし世渡り下手。人を見る目もなく、感情的になりがち。

 まあ当時は大変話題になった事件で、彼女自身、母親、元夫、元夫の友人(!?)を中心に、その裏側を語り尽くす。事件後オリンピックに出たトーニャ・ハーディングは8位に沈み、成績的にはナンシー・ケリガンのライバルにはなり得なかったことも含め、不可解さも多く残る事件でしたね。

 超名演技の母親は娘にとっては厳しい人として描かれるが、幼少期から多く存在したはずの娘のライバルたちに関してどういう態度を取っていたのかが、実はあまり触れられていないのよね。娘にのみスパルタで、描写だけ拾っていけば競技に対してはストイックで、実力で勝ち上がることを望んでいたかのように見え……いや、絶対にそういうタイプじゃないでしょ。そこのところがトーニャとナンシーの関係にも影響してきそうなものだが、トーニャは妙にさらっと「ナンシーとは友人だった」と語るのみで、深いところには触れないあたり、この語りの嘘っぽさの極致が実はここにあるのではないか。
 これだけ周囲を「怪物」として描いている以上、トーニャだけが「アスリート無罪」というわけにはいかないだろう。前半の人物描写と後半の展開の齟齬の間には、当然語られなかった真実があるはずだ。映画自体はめちゃくちゃ面白いが、この恣意的な描き方によって印象としてはますます黒くなった。

 まあそりゃあ授賞式に本人呼んじゃうぐらいだから、中身も相当気を使ったものになるし、そもそもGOサインが出ないわな。私には悪気はなかった……不幸なすれ違いが続いた……悪いのはデブ……なぜならあいつは頭がおかしかったのだ……もちろん母親もお忘れなく……。そんな「シナリオ」が大前提として外せなかったのだろう。
 その反面、ナンシー・ケリガンについては濁したような描き方しかできないのもまた当然で、下手な描き方したら訴えられるだろうしな。そんな諸々の事情による帰結が透けて見え、なるほど、確かにドキュメンタリーでなく劇映画である。

 同じマーゴット・ロビーだけあって、これがまた「悪役のハーレイ・クインにも人情深いとこがあるんですよ」と言ってた『スーサイド・スクワッド』と相似形のアプローチ。まあかの映画のようなジメジメとした湿っぽさを、現実に即して適用するとなかなか厳しいことになるのだな。

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 『フォックスキャッチャー』のラスト、UFCに出場する主人公はどこかしら自罰的に見えたが、ボクサーになるトーニャにもそういう要素は仄見え、それでも自身の選択として進み続けるエモさに痺れる。もちろん、多分に嘘臭さも感じつつだ。
 同じくアスリートを描いた劇映画として『疑惑のチャンピオン』と比べても面白いですね。

氷の炎―トーニャ・ハーディング

氷の炎―トーニャ・ハーディング

  • 作者: アビーヘイト,J.E.ヴェイダー,オレゴニアン新聞社スタッフ,Abby Haight,J.E. Vader,The Staff of The Oregonian,早川麻百合
  • 出版社/メーカー: 近代文芸社
  • 発売日: 1994/04/01
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