"素直になれなくて、君に届け"『J・エドガー』


 クリント・イーストウッド監督作!


 若くして地位を固め、8人の大統領が変わる間、アメリカの裏に君臨し続けたFBI長官J・エドガー・フーバー。科学的犯罪捜査の土台を作り、時に法を曲げてまでアメリカの国益を守ろうとした巨人。その知られざる人物像とは……?


 年始はイーストウッドの雇われ仕事を鑑賞するのがここ数年の定番となりましたな。しかし今回はデカプー主演なのに公開規模が小さすぎるそうで驚き。東北や中国地方ではまったくやってないとか、ショッキングだ。
 見る前はデ・ニーロが監督した『グッド・シェパード』(CIAの成り立ちと暗部を描いたサスペンス)みたいなものを想像してたんだけど、全然違いましたな〜。
 そのようにFBIの成り立ちと、その裏で汚れ仕事をも仕切ってきた男の闇を描くのかと思いきや、ラブストーリーへの着地にビックリ。


 主人公のJ・エドガー・フーバーは、内面を見れば、本当に何の変哲もない普通の人間だ。その熱情一つでFBIという組織を完成させ、アメリカの裏に君臨するが、その原動力となったのは豪腕と対照的な繊細な性格だったのがわかる。母親からの抑圧、低身長、ゲイであることへのコンプレックス。表情の付け方がいちいち細かくて、端的に表現していてわかりやすい。ハンカチで手を拭くとこがさりげなく……さりげなく……さりげなくないよ! すげえ露骨! 二回もやるし! まあ映画だから、と言えばそれまでだが、コンプレックスの塊で、なのに人の上に立つ地位についてしまい常に外見を意識してるからこそ、いちいち芝居がかったアクションをしてしまうのかもしれない。母親の死後、その服を着るシーンとかも、下手な監督が取ったら吹き出す寸前だったと思うが、それほどに大仰で漫画的。「え? 着るの? 着るの? まさか……着たああああ!」と度肝を抜かれちゃったね。アーミー・ハマー演ずるトルソン、登場シーンがまつ毛バチバチ過ぎてびびり、その後カメラは引きなのにデカプーが彼をガン見しているのがわかるアングルに驚嘆し、老けメイクの不自然さに冷め、二人のラストシーンに涙をこらえたね。


 フーバーはかっこ良く、強く、偉く、タフなFBIというイメージを作りあげようとし、自分自身もそこに規定する。そしてそれは、彼がこうあらねばならないと思っているアメリカそのものでもある。共産主義者やギャング、黒人を貶め、自らの姿さえも歪めてそこにしがみつく。
 抑圧の根源だがそれほど近くにいる母。近くにいるけれども決してお互いの内面に踏み込まない秘書。安らぎの対象だがなかなか一線を越えられない側近。フーバーから見れば三者三様に居心地の良さを持っているのだが、互いに対するスタンスが邪魔をしてどこに対しても素直になれない。トルソンに対しても、つい女友達やら結婚の話題を出して妙な見栄を張ってしまう。いつどこにいても、ただのエドガーにはなれない。最後に、あのぶよぶよになった老体を見せるシーンになってやっと……。


 ほんとに少女漫画のような細やかさで、イーストウッドはもはや政治とか歴史とかあんまり興味ねえんだろうなあ、と感じた次第。脚本通りに撮っただけで、仮に『インビクタス』がマンデラフットボール選手のロマンスでもそのように撮ったのではなかろうか……。
 オープニングの苛烈な物言いとロマンチックな音楽のギャップに引き込まれ、中盤は少々だれるものの後は一気に突っ走る。DLPで観たが、後から比べると映像の陰影はフィルムの方が良かったような気がする。とはいえ、日本中でフィルムで観た人はもはや数%ぐらいなのでは?


 フーバーは何に怒っているのか、とか時代背景を知らないとわかりにくいが、『パブリック・エネミーズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100114/1263461995)あたりを観てジョニデのニヤニヤ笑いをかぶせてみたら、そのムカつきも理解できるよ!

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