“あいつを壊せ”『アイ、トーニャ』


『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』予告編/シネマトクラス

 ナンシー・ケリガン襲撃事件の真相は!?

 全米初のトリプルアクセルを決めたスケート選手、トーニャ・ハーディング貧困層から勝ち上がってきた彼女だが、オリンピックではメダルを獲得できず、その生活は常に苦境にあった。そしてリレハンメルへの選考会の直前、ライバルと目されてきたナンシー・ケリガンが何者かに殴打される事件が起こ理、ハーディングにも疑惑の目が向けられ……。

 もちろんドキュメンタリーではなく劇映画。トーニャ、その元夫、その元親友、母親による事件の述懐という形で語られる。
 身体能力に優れ、母親が教育の全てをスケートに注ぎ込んできたことによって作られてきた傑出したアスリートとしてのトーニャ・ハーディングは、アメリカで初めてトリプル・アクセルを飛んだ女子スケート選手として知られることに。だが、そのジャンプの切れに反して得点は伸び悩み、常にジャッジの「芸術点」の壁に苦しんできた。
 母親のスパルタ教育を受けたゆえか、夫もまた暴力的な人間を選んでしまう虚しい繰り返し。スケートしかやってこなかったせいか、他のこともできないし、どうにも要領も悪いし世渡り下手。人を見る目もなく、感情的になりがち。

 まあ当時は大変話題になった事件で、彼女自身、母親、元夫、元夫の友人(!?)を中心に、その裏側を語り尽くす。事件後オリンピックに出たトーニャ・ハーディングは8位に沈み、成績的にはナンシー・ケリガンのライバルにはなり得なかったことも含め、不可解さも多く残る事件でしたね。

 超名演技の母親は娘にとっては厳しい人として描かれるが、幼少期から多く存在したはずの娘のライバルたちに関してどういう態度を取っていたのかが、実はあまり触れられていないのよね。娘にのみスパルタで、描写だけ拾っていけば競技に対してはストイックで、実力で勝ち上がることを望んでいたかのように見え……いや、絶対にそういうタイプじゃないでしょ。そこのところがトーニャとナンシーの関係にも影響してきそうなものだが、トーニャは妙にさらっと「ナンシーとは友人だった」と語るのみで、深いところには触れないあたり、この語りの嘘っぽさの極致が実はここにあるのではないか。
 これだけ周囲を「怪物」として描いている以上、トーニャだけが「アスリート無罪」というわけにはいかないだろう。前半の人物描写と後半の展開の齟齬の間には、当然語られなかった真実があるはずだ。映画自体はめちゃくちゃ面白いが、この恣意的な描き方によって印象としてはますます黒くなった。

 まあそりゃあ授賞式に本人呼んじゃうぐらいだから、中身も相当気を使ったものになるし、そもそもGOサインが出ないわな。私には悪気はなかった……不幸なすれ違いが続いた……悪いのはデブ……なぜならあいつは頭がおかしかったのだ……もちろん母親もお忘れなく……。そんな「シナリオ」が大前提として外せなかったのだろう。
 その反面、ナンシー・ケリガンについては濁したような描き方しかできないのもまた当然で、下手な描き方したら訴えられるだろうしな。そんな諸々の事情による帰結が透けて見え、なるほど、確かにドキュメンタリーでなく劇映画である。

 同じマーゴット・ロビーだけあって、これがまた「悪役のハーレイ・クインにも人情深いとこがあるんですよ」と言ってた『スーサイド・スクワッド』と相似形のアプローチ。まあかの映画のようなジメジメとした湿っぽさを、現実に即して適用するとなかなか厳しいことになるのだな。

chateaudif.hatenadiary.com
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 『フォックスキャッチャー』のラスト、UFCに出場する主人公はどこかしら自罰的に見えたが、ボクサーになるトーニャにもそういう要素は仄見え、それでも自身の選択として進み続けるエモさに痺れる。もちろん、多分に嘘臭さも感じつつだ。
 同じくアスリートを描いた劇映画として『疑惑のチャンピオン』と比べても面白いですね。

氷の炎―トーニャ・ハーディング

氷の炎―トーニャ・ハーディング

  • 作者: アビーヘイト,J.E.ヴェイダー,オレゴニアン新聞社スタッフ,Abby Haight,J.E. Vader,The Staff of The Oregonian,早川麻百合
  • 出版社/メーカー: 近代文芸社
  • 発売日: 1994/04/01
  • メディア: 単行本
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