”脳はどこへ行ったか”『殺人者の記憶法:新しい記憶』


映画『殺人者の記憶法』予告

 ソル・ギョング主演作!

 アルツハイマーを患うビョンスには、かつて連続殺人を犯した過去があった。交通事故で頭部を打ったことで「引退」したビョンスだが、ある日、テジュという警官と出会う。彼に自分と同じ狂気を感じ取るビョンス。果たして、近辺で若い女を狙った連続殺人が起き、テジュはビョンスの娘にまで近づき始める……。

 『ソウォン』『監視者たち』以来、ひさびさに見たソル・ギョングさん。今回は役作りのために激ヤセし、アルツハイマーを患った獣医役。しかし実は十数年前に連続殺人を繰り返していた過去があった……。

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 この『新しい記憶』というバージョンは別編集版であり、オリジナルとはまた違うラストになっている、という話……で、そのオリジナルを観ずにこっちだけ観てしまおうというのは、割と暴挙なのかもしれないな……まあスケジュールが合わんのだからしようがないではないか。

 激痩せしたソル・ギョングさんが、連続殺人者としての過去を述懐しつつ、失われて行く記憶を辿る前半から、今現在起こっている新たな連続殺人を追う後半へとつながる。韓流スターのキム・ナムギルが、こっちはちょい太って警官役を演じているが、彼が新たな連続殺人の容疑者と思われる……。思われる、というのは、ソル・ギョングさんの主人公が記憶が混濁しすぎ、実は今の連続殺人も自分がやってるんじゃないか、と疑いだす。悪人をチョイスして粛清していた過去と、若い女を狙う現在では手口も違うし、多分俺じゃないはず……と考えるのだが、記憶とはすなわち人格でもあり、交通事故によって頭を打って殺人をやめた体験がどんな影響を及ぼしているのか、推し量ることはできない……。

 オリジナルとは相互に補完し合う関係ではなく、完全に別編集とのことなのだが、「記憶」というものをテーマにする以上、それが必然かな、という気もする。登場人物の語る記憶があてにならないという「信用できない語り手」設定が用いられている時点で、観客は画面上の出来事さえも真実とは受け取れず、常に疑うことを求められる。
 今作の結末ではそこを利用してのオチがつけられるのだが、あくまで記憶というテーマを突き詰めるなら、曖昧にしておいた方が良かったんではないか。もちろん、この結末もまた改竄された記憶と思ってもいいわけだが……。人はいかに信じたいものを見るかという意味で『コクソン』にも通じる一本と言えるかもしれないね。

 地元の警官役でオ・ダルスも出ていて、相変わらずいいキャラですよ。まあ本人はセクハラを暴露されてしまいましたがね……。

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“動物のお医者さん”『RAW』


映画『RAW〜少女のめざめ〜』日本版予告

 人肉映画!

 ベジタリアンの獣医一家の次女ジュスティーヌは、姉も進学した獣医学部に進む。新入生の通過儀礼で生の内臓を食べることを強要された彼女は、人生で初めて肉を食べ、強烈なアレルギー反応に見舞われるのだが……。

 獣医学部と言えば傑作コミック「動物のお医者さん」だが、今作の獣医学部は体育会系丸出しで、ベルギーも結構いやなところだな、と思いましたよ。
 ベジタリアンとして育てられた次女が、長女と同じ獣医学部に進学するも、そこで自らの隠されていた嗜癖に目覚める、というお話。雰囲気頼みの映画かと思いきや、設定や人物配置がオチに向かって練られているのが後からわかる。
 そもそもなんでベジタリアンだったのか、あまり出番のない両親の言動、密接に関わることになる姉の行動、全てが伏線で、終わってから振り返ると、なるほどそういう意味であったか、と……。

 獣医学部ということで、解剖や屠畜描写が続々と登場し、体育会系な学部のさまざまな儀式と合わせ、性行為未体験であり初めて故郷を離れた主人公に対して通過儀礼メタファーが過剰なぐらいにのしかかる。おぼこくてムダ毛も処理していない妹に対し、若干うざがりつつもやっぱり世話を焼く姉だが、脇毛は良かったが、パンティラインの処理で壮絶に失敗……。
 このシーンの遥か前に、寝そべってる妹ちゃんの脇毛が見えるカットがあって、印象付けも上手いし、伏線もきっちり拾っていく。

 もう少し個人的な話かと思いきや、思春期の少女の身体的、心理的葛藤を一般的なものとして捉え、それを「人肉食」という嗜癖にシンクロさせて、テクニカルな問題として描くので、思いのほか普遍的な話になっている。そこに加えて「血統」の問題をも持ち込み、吸血鬼か狼男か、というクラシックなホラーの要素も入れ込んで、なかなかミルフィーユ的に欲張ったな……。
 大人になるとは、愛とは、家族とは、という大上段に構えた大真面目なテーマを内包しつつ、ジャンルホラーとしてグロやら殺人もきっちり見せ、ついでにおっぱいに尻、陰毛も出すという、サービス精神も満点(別にやらしくはないのだが……)。ああ、生きるということはなんと生々しいのだろうね。

”想像したよりも何てことない”『デトロイト』


映画『デトロイト』日本版予告編

 キャスリン・ビグロー監督作!

 1967年夏、警察の手入れをきっかけに勃発したデトロイト暴動。収束の気配が見えない中、州軍が出動するが、二日目の夜、アンジェ・モーテルの側で銃声が轟いた。白人警官たちはモーテルに入り、中にいた黒人たちを次々と拷問し、銃のありかを問いただすのだが……。

 『ゼロ・ダーク・サーティ』以来、久々、ビグロー監督。アカデミー賞からは黙殺されてしまったが……?

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 冒頭の手入れのシーンから、実際の映像なども盛り込んで、かくして暴動は起きたということを順序よく見せる。流れはわかるが、背景まで読み解けるかというとそこは難しく、各自要勉強という感もあり。

 中盤以降、モーテルのシーンが始まってからはまさに体感型映画で、拷問を受けるマイノリティとしての黒人、傍観者である白人、尋問の当事者である白人警官たちの立ち位置を俯瞰しつつ、どこにでも感情移入したり当事者意識を持ったりできるように作られている。

 最後まで見つからない「おもちゃの銃」の非在っぷりがまた絶妙で、捕まっている黒人たちの半分ぐらいはそもそもその存在さえ知らない。銃はない、という台詞は、人によって「本物はない」という意味だったり「自分は知らない」という意味だったりする。が、警官たちにとっては「ある」し「ないと困る」が、突然登場するナイフと同様に「あろうがなかろうが関係ない」ものでもある。
 仮におもちゃの銃が出て来たとしてもおそらく警官たちは信じようとはしないだろうし、何も局面は変わらないだろう。やることは別に変わらないのだ……。

 ウィル・ポールターは『メイズ・ランナー』の裏切り者以来、悪役が板につきつつある……。今作でも、一見仕事熱心な警官のようで、いきなりぶっ放して悪びれないあたり、どこかしら歪んでいるのな。今回は眉毛が特徴的だが、若い割に「黒人の扱い方」を完璧にマスターし、拷問の手口など堂に入ったもの。感情のない怪物的な存在に見えてくる大熱演。役者本人に街で会っても思わず避けてしまいそうだ。
 そんな彼が、初めて慌てるシーンがあって、そこに出てくる『シング・ストリート』の兄ちゃんがまた最高なんである。「初めてだったけど……こんな感じなんだな……」と一人納得してるシーンのバカっぽさがすごい! さすがの極悪眉毛もドン引きするのな。

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 重苦しく辛い展開が続くが、その中で男優陣は妙にセクシーなのもビグロー映画らしい。ウィル・ポーターもあれだけ嫌な奴だが、腰はやけに細いのな……。アンソニー・マッキーのイケメンぶりも浮いてる寸前。
 終盤の法廷シーンはまあ結果もわかっているので余計に重苦しいのだが、詩情に訴えかけてくるようなラストシーンで緩和してくる。現代で『フルートベール駅で』のような事件があったことも含め、何も変わっていない今だからこそ撮った映画なのだろう。相変わらずの骨太っぷりで堪能しましたね。

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今日の買い物

S-CUP 2012』DVD

 安売りしてたので購入。サワー優勝回。


S-CUP 2014』DVD

SHOOT BOXING S-cup世界トーナメント2014 両国国技館 [DVD]

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 しかし2008は値崩れしないな……。こちらは鈴木博昭優勝。


『ベティ・ブルー』BD

 ポッドキャスト「Cinemactif」で、男が惚れる男特集で取り上げていた映画。このバージョンはボカシ入ってて不評だが、そろそろ廃盤らしいので……。
cinemactif.com

”ブレーカーを落とせ”『ジオストーム』


映画『ジオストーム』日本語吹替版予告【HD】2018年1月19日(金)公開

 ディーン・デヴリン監督・脚本作。

 世界各国が団結して作り上げた気象ステーションにより、世界で頻発した異常気象は根絶された。だが、運用開始から二年、今度はステーションの異常によって巨大な雹や竜巻が発生する。ステーションの生みの親でありながら運用から外されていたジェイクは、弟のマックスの頼みで宇宙へと上がるのだが……。

 エメリッヒみたいな企画だなあ、と思ったら、やつとコンビ組んでるデヴリンの監督作ということで、見事に同じ匂いがしますよ。
 前作『インデペンデンス・デイ リサージェンス』は、一作目を最新映画のルックにアップデートしようとして、どうも勘所を外しまくってしまった映画、という感じであったが、さて本作は……?

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 もうアメリカ万歳のナショナリズムは古い! これからは世界で手を取り合いテクノロジーを共有し合うのだ! というのは今作とは全然違う高尚なSF映画『メッセージ』でも語られたテーゼで、それこそ『リサージェンス』でも言ってたことなのだな。

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 今作の天候操作は、まあ完全にオーバーテクノロジーだが、宇宙人由来ではありません。開発者はジェラルド・バトラーで、これを作ったおかげで「災害を倒した男」みたいなイメージで世界中で知られている。が、災害を止めるために独断でシステムを操作したことでクビになり、代わりに弟のジム・スタージェスが管理責任者に収まってしまう。
 しかし数年後、謎の誤動作によってアフガニスタンが凍りつき、香港が加熱されてガス爆発……。原因究明のために弟が兄を再び呼び戻す。

 ジム・スタージェスの上に国務長官がいるのだが、これのキャストがエド・ハリスなので、あっ、黒幕だっ!と思ってしまう超お約束感が最高ですね。しかしこの後に実は大統領の方が怪しい!ということになって、こちらはアンディ・ガルシアなので、どっちが本当の悪役なのか、ということになると、ちょっと序盤では判断がつかないのが、またいいですね。

 さて、衛星の不具合を調べるぜ、ということで一人でシャトルに乗って宇宙へ向かうジェラルド・バトラー。いや、ガンダムなんかじゃ有力者のコロニー間の行き来とかでよく見る絵面だが、ありゃあ平板なアニメだからなんとなく流せるけど、実写で見たら無駄遣い感半端ねえな……。
 着いた先のステーションでは各国の叡智が揃って勤務していて、100人ぐらいいるのかな……? 捜査に協力してくれるスタッフが呼び出され、チーフ、ロボット担当、気象担当、コンピュータ担当……そのコンピュータの奴が怪しいに決まってるよ!
 ステーション内を周り、チーフと相談しつつ捜査するジェラルド・バトラーだが、これをやるのが彼である理由がいまいちわからない。今いる人間でも十分捜査できそうなんだが……。もちろん、彼が事情に通じているから、話を円滑に進められるという進行上の利点はあるわけだが。

 予告編でも紹介された災害のビジュアルもわかりやすくて、一発で危険だとわかるんだが、お話の進行もすべてわかりやすいアクションと誰にでもわかる単語で構成され、一瞬の淀みもなく進行して行く。さすがはディーン・デヴリン、ある意味……あくまである意味……完璧な脚本だと言っても過言ではない。
 ダニエル・ウーが事件の真相に迫るが、彼のオフィスに銃を持った黒服の男たちが潜入してくるあたりの単純さ。結局車にはねられて殺されたダニウーの末期の言葉「ぜ、ゼウス……!」を部下のハッカーに「機密ファイルをゼウスで検索しろ!」と言っちゃうスタージェス弟。ほんとにそれだけで出てきてしまうファイル……突っ込んでる間にさっさと話が進んでしまう圧倒的なスピード感。

 ステーション外に出るとき以外は、普通に作業服で歩き回れるステーション内の描写もハイテクとレトロの同居っぷりが笑えて、各自スマホみたいな端末を持っててどこからでもアクセスできるようになっている。結局、アクセス権がなくなって繋がらなくなるあたりも超わかりやすい。だから、コンピュータ担当が怪しいに決まってるでしょ!
 誤作動起こしまくる衛星に、ついにジェラルド・バトラーが「ウイルスに感染している!」と真相にたどり着くが、この「ウイルス」という言葉の便利さもすごいな……。それこそ『インデペンデンス・デイ』と全く使い方が変わってないよ!
 そして正体を現したコンピュータ野郎をパンチで倒し、「前から怪しいと思っていた」というバトラー兄……。

 地上でもエド・ハリスが正体を現し、次なる災害が大統領が演説するスタジアムを襲う! 雷がバンバン落ちるスタジアムから、スタージェス弟は規則を破ってこっそり付き合っているシークレットサービスの女ことアビー・コーニッシュを無理やり巻き込み、大統領をタクシーで誘拐して逃げ出すという超展開。
 気象パニックもののはずが、なぜかカーチェイスと銃撃戦になる。落ちてくる雷から車で逃げるのは、冷静に考えたら絶対に無理だと思うのだが、誰も冷静にはならない。シークレットサービスと言えば、『エンド・オブ……』シリーズで他ならぬジェラルド・バトラーが、大統領を襲う敵を無敵の強さで惨殺するのが定番だが、当のバトラー兄は宇宙なので、今回はアビー・コーニッシュがきっちりとその役を担い、運転しながらの左手だけの水平射撃で追跡者を蜂の巣にする。シークレット・サービスはこんな戦闘力過剰じゃないだろ、と思うのだが、そこはまあ気にしないのである。

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 地上ではスタージェス弟が兄譲りのパンチでエド・ハリスを成敗する。黒幕が「私は外敵を始末したんだ! 何が世界平和だ! あの強いアメリカを取り戻すんだ!」とうそぶくあたり、『リサージェンス』でやり損ねた、ID4のセルフアンチテーゼをここでやったのだろうか?

 災害はペースアップし、このままじゃ連鎖して巨大嵐「ジオストーム」が起きる!と言われるのだが、それも正確な開始時間が巨大モニターに馬鹿でかい数字でカウントダウンされるあたりが最高ですね。

 映画の冒頭は、地上にいるジェラルド・バトラー娘のモノローグで始まるのだが、この終盤に来てジェラルド・バトラーが脱出用のシャトルに乗らず、「誰かが残ってシステムを手動で再起動しなければならない」とチーフに告げる。なるほどあの娘のモノローグは、彼が死んでしまうという展開への「ミスリード」だったのだな……。
 ここから地上で弟がエド・ハリスをやっつけて大統領を救うまで、ただじっと待ってたりするあたりが間抜けだが、やっとこさ大統領の持ってる再起動コードが送信される。が、ステーションは自爆プログラムが走っており(そんなもん組み込むなよ……)、コードを入力しようとしたら司令室が吹っ飛ぶタイミングの悪さ。しようがないから、中枢まで自力で行って電源も手動で入れ直すことに。ここで「再起動しないとウイルスは消えない」と言ってるが、再起動しただけで消えるというのも謎だな……。
 通路も塞がったので、一回宇宙空間に出ないと行けないというのもすごいお約束感があるのだが、行った先で鍵が開かず(ここ、単にドアの暗証番号だったのだが、大統領のコードと混同してしまってちょっとわかりにくかった)、万事休す。……かと思われたが、先に脱出したはずのチーフが、ドヤ顔の準備万端で背後から姿を現わすのにもびっくりですね。
 やっとこさ中にたどり着いて、さあ再起動だ!というシーン、ヒゲの濃いいかつい顔をしたジェラルド・バトラーが大真面目にでっかいブレーカーをガッチャンと落とす絵面のむやみやたらな説得力よ……。

 カウントダウンが残り数秒で止まり大歓声の地上、しかしバトラー兄の運命は……。いや、もちろん助かるし、その展開も相当強引なんだけど、まあベッソンの『ロックアウト』よりは相当マシだったから、良しとしようじゃないか。そして、再び蘇る兄弟の絆!

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 90年代脳の脚本職人の手練れっぷりの粋を凝らした、わかりやすさ満点の新しくも懐かしいバカ大作で、なかなか堪能させられた。個人的には好きだが、まあ今は2018年なので、全米大コケもやむなしの珍作になってしまったのは仕方がない。これに懲りず、またさらなる全部のせバカ映画を作り続けて欲しい。

”今日もマーマレードを”『パディントン2』


映画『パディントン2』予告篇

 クマ映画!

 ブラウン一家と暮らすパディントンは、故郷のルーシー叔母さんの100歳の誕生日に、ロンドンの飛び出す絵本をプレゼントしようとする。資金のためにアルバイトを始め、ようやく目標額にたどり着くが、取り置きしてもらっていた本が何者かに盗み出され、パディントンは窃盗の現行犯で逮捕されることに……?

 前作は劇場で観なかったので、録画で予習してから行ってきました。今作は冒頭でパディントンが伯父伯母に拾われるシーンから始まります。これは意外にも一作目で語られてなかったネタなんだな。

 ブラウン一家とともにロンドンで暮らすパディントン。街の人たちにもすっかり受け入れられ(約1名除く)ていたが、故郷の伯母さんにプレゼントを贈るために仕事をすることに。最初は理容室に勤めて、ああシャンプー係かな、と思いきや、店主不在のタイミングで来た客のカットをすることに……。このざっくり行った感が素晴らしすぎるし、その後の店をめちゃくちゃにしてクビになるあたりも、この大迷惑ぶり、これこそパディントンという気がしますね。
 まあ彼もかなり都会慣れして、割合落ち着いているので、大迷惑はここぐらいなので少々寂しい感もあるな……。この後は窓拭きの仕事を始めて、そっちは上手くやってしまうのである。熊は高いとこ登るの得意だしな。

 今回は美術も素晴らしくて、仕掛け絵本によるロンドン描写など息を飲まされる。ロンドンって、空が灰色なイメージで、作中でも多くはそうなのだが、それをこう色彩感覚豊かに作ってしまうのが素晴らしい。これがきっと、パディントンの見ている世界でもあるのだな。

 今回はパディントンがその「世界」や「ロンドン」に裏切られるという話でもあり、それでも彼は礼儀を守り人を信じ続けるのだ……という健気さが胸に染みるのである。
 まあヒュー・グラントが非常に嫌な奴で、「落ちぶれた元スター」役は『ラブソングができるまで』や『Re:life』でも定番ですね。唯一の拠り所であるはずの芸事さえも悪用してしまっている。
 刑務所の囚人たちも同じで、彼らもまたこの世界に絶望し、機会があれば逃げるだけだ、と思っている人々。ある意味、彼らは功利的な普通の人間であり、パディントンにも、「世間は汚い、諦めれば楽になる」と囁く。だが、それでも、それでもと言い続けるんだパディントンよ……!

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 それぞれに悩みや夢を抱えるブラウン一家も含め、囚人たちもパディントンも、誰もが住むべき場所、家を持てるのだ。人を信じ続ければ……。
 後半はそこまでしなくても、と思うぐらいの伏線回収をバシバシと決めてくれるので、映画的にも気持ちいい。ラストも泣けるな!

 ところで見終わって妻に、「あなたは甥っ子に、ロンドンに呼んでもらえる伯父さんになれるの?」と言われたが、伯父さんは帽子を残して去るのがさだめだよ……。ロンドンでも南京でもいいが、それは君に任せるぜ……。

パディントン ベア プラッシュ レッド M

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パディントン、映画に出る

パディントン、映画に出る

”あの海を越えて”『人生はシネマティック!』(ネタバレ)


ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ出演!映画『人生はシネマティック!』予告編

 『ダンケルク』の後日譚!

 大戦中のロンドン。情報省映画局特別顧問の脚本家バックリーは、ふと見た新聞のコピーに目を留め、書いたライターであるカトリンをスカウトする。ダイナモ作戦の最中、兵士を救助した双子の姉妹の物語を映画化するために脚本家を探していたのだ。紆余曲折ありつつ映画作りはスタートするが……。

 ノーランの『ダンケルク』で描かれた脱出作戦直後のロンドンを舞台に、漁船を操り兵士たちを救った双子の姉妹を主人公にした映画を撮ろう!という企画がぶち上げられる。製作会社の脚本家サム・クラフリンは、コピーライターのジェマ・アータートンをスカウトし、共同で脚本を書きはじめる。
 戦時中で、ジェマ・アータートン演ずるコピーライターも、男のライターが徴兵でいないから代わりに書いてたという設定。まったくの偶然で起用されるが、落ち目の大物俳優ビル・ナイといきなり衝突したり、トラブル続き。双子の姉妹の船はエンストしてダンケルクにはたどり着いてない、という衝撃の事実も発覚。こんな状態でまともな脚本は書けるのか……?

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 もちろん、監督ほか、撮影チームに段々と一体感が生まれてきて、困難を乗り越えていくのが見どころであります。最初は過去の栄光にしがみついてたビル・ナイもエージェントの死をきっかけにこの映画を作ることの意義に目覚め、演技も本領を発揮。ジェマ・アータートンの脚本もますます冴え渡ってきて、チーフのサム・クラフリンも驚くほどに。

 ジェマ・アータートンは、戦争で負傷した元絵描きの夫を食わせるために物書きをしている、という設定。実は結婚していなくて、芸術家だった彼に憧れて追っかけ&押しかけ妻になり、指輪も自分で買った……という設定が明らかに。グルーピーというやつですな。この人、若干軽薄そうに見えるところがあって、『ボヴァリー夫人とパン屋』でもそうだったが、こういう色ボケしたような設定が似合う。が、文章を書き始め、映画づくりに関わるようになって、男次第で自意識に欠けるところがあったのが、物書きとしてのアイデンティティに目覚めるようになる。これもまた『ビザンチウム』あたりの主演作にも通じるところで、この人の定番キャラですね。表情も序盤は若干ぼんやりして見えるのだが、中盤以降、意志を強く持ち出したように変化していくあたり、演技も上手いですよ。
 しかし、まあ時代が時代なので地味な格好をしているわけだが、それでも隠しようもない乳のでかさよ……。こんな胸のでかい脚本家がいていいのか!と理不尽な思いに囚われますよ。

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 夫が復帰のための個展を開くことになり、撮影現場を抜け出して最終日に駆けつけるも、夫の上に、かつての自分と同じような芸術家に憧れるグルーピー女がまたがっているのを目撃。駅で指輪を捨て、再び映画づくりの現場に舞い戻る。

 で、お互い気のあるのはわかっていたサム・クラフリンといい雰囲気に。この男、若く見えすぎなので、『あと1センチの恋』のリリー・コリンズや『世界一キライなあなたに』のエミリア・クラークなど、ロリ顔の相手役ばかりだったのだが、今作ではメガネと髭で童顔を上げ底。まあそうは言っても、ジェマ・アータートンの貫禄には全然敵わんと思ったが、まさかの同い年だった……。

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 まあ戦時中ということで、そりゃあ何があるのかわからんのだが、このサム・クラフリンが爆撃でセットの下敷きになって死んでしまう展開はさすがに泣かせをやりすぎだろ、とは思ってしまう。このシーン自体はまるで映画の中の出来事のように撮っていて、そこは工夫したところなのだろうが、よくある成長のための死という感じですな。

 愛は失えど、彼と築いた映画は完成させたい、という思いで再び脚本に取り組み続ける姿と、その後の完成した映画はどうしても見られない姿が悲愴だ! しかしここで美味しいところを持って行くのがビル・ナイと……!

 泣かせに若干のあざとさも感じつつ、総じて面白かったですね。ビル・ナイファンは必見だし、『ダンケルク』ファンにも見てほしいですね。ただ、作中の救出映画はルックもしょぼいんだけど、映画というのはそういうことではないんだ、というノーランへのアンチテーゼに結果的なってるような気もするな……。

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