”ただ一人の理解者”『タリーと私の秘密の時間』


映画『タリーと私の秘密の時間』本予告 8月17日(金)公開

 ケビン・ライトマンディアブロ・コディのコンビの新作。

 3人目の子供を産んだマーロ。だが、まだまだ手のかかる上の二人に加えての育児に疲れ切った彼女のために、兄夫婦が夜間に来るベビーシッターを紹介するという。無関心な夫をよそに思い余ったマーロは、ついに電話を手に取る。夜になってやってきたのは、タリーという若い女性で……。

 『ヤング≒アダルト』で30代女性を描いたコンビが、今度は第三子を出産した40代女性を描く。主演は今作でもシャリーズ・セロンで、めちゃくちゃ増量してでっぷり太っている。顔は小さいが。

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 正直、予定外の妊娠と出産ということで、前の二人で経験こそ積んでいるが、そもそもその前の二人もまだまだ手がかかる上に、自分自身が40代になって体力も劇落ち。で、旦那も……何というか、ちょっと舐めとりゃしませんかね。三人目ということで、いまいち緊張感がなく、任せっぱなし。別に悪い人ではなく、彼自身はむしろ手がかからない人だが、それはまあ当たり前のことだしな。上二人の面倒はまあまあ見てくれるが、だいたい仕事で忙しく、帰ったら寝るまでFPSでゾンビを撃ちまくる。妻を信頼している、と言うと聞こえはいいが、無関心スレスレですよ。しかし夜泣きにも全くビクともせず熟睡できる神経はすごいな……。

 で、妻の兄夫婦が、新車買って家にバーを作る金持ちなので、出産祝いとして、夜中に来るベビーシッターを雇ってくれるということに。しかしベビーシッター文化の根付く米国と言えど、他人への不信感はやっぱりあるし、彼女自身、今まで二人は独力で育てたという自負がある。電話番号はもらったものの、いまいち踏み込みきれず。さあ、自分の心の中でいったいどう折り合いをつけるのかな、というところに興味があったが、ある壮絶にトラブった日に、発作的に電話をかける……。

 ほぼ深夜かな、という時間にやってきたタリーさんというベビーシッター、30行ってないぐらいの若さ、ラフな格好で、古臭い乳母イメージのステレオタイプとは対極。大丈夫なのか、と思いきや懇切丁寧なケアをしてくれ、赤ん坊も全然泣かない。旦那は一階に下りて挨拶さえせず無関心のままだが、やっと睡眠が取れるように……。タリーさんは寝ている間に掃除を完璧にしてくれたり、カップケーキまで作ってくれて申し分なし。段々と心を許し、悩みを語り出すシャリーズ・セロン。

 やっと休息できた!と喜んでいる主人公が、若干ハイになってるように見えるところにふと違和感を抱く……あれっ、なんかこの感覚は覚えがあるが……なんだったっけ? 違和感はちょいちょい積み重なり、徐々に不自然な展開が繰り広げられ……。
 実はこれ、まさかのネタバレ厳禁映画だったのだな。ベビーシッターとの心の交流みたいな話かと思わせておいて、ガッツリと仕掛けが盛り込まれている。産後鬱とそれにまつわる多々ある論点が仕掛けと完璧に合致して、なおかつ90分台にまとめられている。象徴的に描かれたり簡略化されたりして、実態とは少々かけ離れているのでは、と思うシーンもないではないが、そこは鮮やかさ重視と言うか。
 メル・ギブソンのビーバー映画に構造は似ていて、元気になったと思ったら実は躁状態だった、というやつですな。妻の問題かと思わせておいて、実は夫の側の問題だったと看破するあたりの手際もいい感じに切れがある。

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 不安になり切なさに泣けてくるような画面作りや、ドライブシーンの叙情的な絵も素晴らしくて、作品世界に引き込まれ、男性でも自分を自然と投影してしまう。すまんかった……正直すまんかった……。育児に限らず、広く見てパートナー間のディスコミニュケーションの話としても読めるし、ほんの少しだが希望を示唆して終わるラストも良い。今年の隠れた必見作だな……!

JUNO/ジュノ (字幕版)

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