"物語はもういらない"『ヤング=アダルト』


 『JUNO』の監督・脚本コンビが再び!


 ヤングアダルト小説のゴーストライターである37歳のメイビスは、連載が打ち切られる事となった現在のシリーズの最終回を執筆中。そんな彼女のもとに、十数年前に後にして来た故郷のマーキュリーに今も暮らす元カレから、一通のメールが届く。生まれた赤ちゃんの誕生パーティへの招待。人生に行き詰まっていたメイビスは、元カレを家庭から奪い、かつて自分が得ているはずだった幸せをつかもうとするのだが……。


 生きている間に我々は、いくつもの「物語」と出会う。映画、小説、体験談……。それらに時に共感し、時に反発する。


 今作もまた、そういった「物語」にまつわるお話だ。都会で挫折の危機に晒され虚しさに捕らわれた主人公は、故郷へと舞い戻ってくる。元カレと結ばれて幸せになる「物語」を携えて。さすがは小説家、筋書きは出来上がっている。自分と同じように、平凡な生活に限界を感じている元カレもまた、たやすくなびく……。
 それを否定するのは、もちろん今そこにある現実だ。元カレは田舎で妻と子供に囲まれて幸せで、彼女のつけいる隙などない。主人公の描いた物語は打ち砕かれ、彼女は都会へと舞い戻ることになる。
 タイトルの「ヤング・アダルト」は文字通りのYA小説をも指している。そういう小説のような物語にのぼせ上がるのは十代後半から二十代前半までにしておきたいものだが、主人公は今だにそういうものから逃れられないでいる……大人になりきれないでいるのだ。


 では、今作は彼女のそういった生き方すべてを否定した作品なのだろうか? それも否であろう。
 久々に戻ってきた故郷は、歩いていればかつてのクラスメートらにぶち当たる狭さ。店などはさすがに様変わりしているが、自分と同じように年こそとったものの、住む人は何も変わらない。没交渉な両親も含めて……。かつてハイスクールのクイーンだった自分に向けられる目線が、今は都会でライターとなった自分に注がれる。好奇、憐憫、憧憬……。見方によって解釈は変わる。だが、それらもまたすべて「都会に行った女」という物語に過ぎない。その物語に挫折した主人公は、田舎に舞い戻りそこでの幸せを取り戻そうとし、その物語も失う。これでは、同じことの繰り返しだ。


 バカ言ってんじゃねえよ、現実甘くねえよ、わたしだって都会で苦労してんだよ……。田舎の女、マットの妹の描いた「物語」は今の彼女を肯定してくれるものだったが、それを聞いた時、やっと主人公は立場を入れ替えて考えて見ることに成功し、そのバカバカしさに気づいたのではないだろうか。
 安易に「田舎だって素晴らしい。みんなそれぞれハッピーなんだよ」という結論に落ち着かないところが良い。「どこに行ってもその場所なり、その人なりの幸せがつかめる」みたいな「物語」にさえ、今作は完全に背を向けている。だがそれでも、どこかで生きて行かなければならない。
 若い頃、田舎に背を向けて飛び出したわけだが、前向きに捉えるならばその選択は間違っていなかったし、ある意味必然だったということなんだよね。留まる人間は逃れる術もなくまたその発想もなく留まっているのに対し、飛び出した人間はそもそも馴染めない理由があったということだし、そこで振り返って昔は良かったなんて思う必要はないのだ。
 何も得ることなく、主人公は元の場所へと戻って行く。二十代までに済ませておきたかった通過儀礼をやっと終えて、何かを割り切り何かを諦め、自分の生活へ戻る。かつて選んだその場所こそが、自分の居場所なのだ。
 高校生活も、売れなくなった青春小説も、どのようなものだったのかは映像では描かれず、スクリーンからは窺い知れない。それは結局のところ、モデルとすべき物ではない、いつまでもしがみついて置くべきものではないこと、幻想であることを指し示しているのであろう。


 『マイレージ、マイライフ』もまた苦い話だったのだけれども、かの作品においてジョージ・クルーニー演ずる主人公が、当初は自己肯定感を抱いていたのがそれを失ってしまう展開だったのに対し、今作では主人公は最初から虚しさに捕われてしまっている。おかげで、ストーリー的には少々起伏が乏しくなったのだが、より閉塞感は強まり、その変化のなさが、何だかんだ言って解放感のある大空や出張とは違う、田舎というロケーションにズバリとはまっている。


 ところで日本には「ヘイトクライム」に当たる言葉がないのだな。「差別暴力」ってなんだよ、なっち……。思わず慣れないヒアリングにチャレンジしたら、一応知ってる言葉だった。かつてマットの身に起きたようなことはとてつもなくおぞましいが、そんな目にあってなお彼はゲイであると誤解を受け、田舎を去る事も出来ず理解する者もいないままに生きている。彼はそもそも、どんな「物語」も信じられないでいることだろう。


 だが果たして人は、メイビスは、本当に「物語」なくして生きて行けるのか。僕はまだわからないでいる。

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