”狼は死ぬまで狼”『勝手にふるえてろ』(ネタバレ)


勝手にふるえてろ (2017) ロマンス映画予告編

 松岡茉優、初主演作!

 24歳のOLヨシカは絶滅動物をこよなく愛し、10年間中学時代の片思いの相手を忘れられない女。そんな彼女が、会社の別部門の男に告白されることに。舞い上がってはみたものの、理想とは程遠い相手にもやもやし、昔の片思いは募るばかり。そんな彼女が取った行動とは……?

 最近は『ちはやふる』でのライバル役が話題だったのかな。「6をひっくり返すと9になる」で、ちはやバスターを破ったシーンでは興奮したなあ(←観てない)。
 そんな彼女が綿矢りさ原作で初主演、こじらせた夢女子役。駅員や釣りしてるおじさん、コンビニの店員などと親しげに会話するシーンが幾度もあるのだが、すぐに気づくこととは言え全て想像の中の会話。唯一、隣家に住む片桐はいりとだけは言葉を交わしているかな……。仕事は経理部門のOLで、職場でも仲のいい同僚一人以外とはろくにコミュニケーションも取っていない。
 そんな彼女が会社の別部門の男、命名「ニ」に迫られ、中学時代の片思いの相手「イチ」との間で迷う……。いや、このイチとの関係は全くの妄想というか主人公ヨシカの思い込みでしかないのだが、平凡な日常は容赦なくのしかかり、現実と妄想のギャップに悶え苦しむことに。

 失恋というのは、「自分が何者でもない」と思い知る最大のイベントなのだな。自分にとって特別な誰かが、自分に対して同じように特別な価値を見出すとは限らない、という現実を知ることに。これはまた逆も有り得て、誰かが自分を特別視していても、その誰かを自分も特別に思えるとは限らない、というのもまた現実なのだな……。イチとニの狭間で、ヨシカはその両方を同時に経験することになる。
 さらに24歳という中途半端な年齢の今まで処女であることへのコンプレックスも手伝って、どちらに対しても思い切れないという事態に……。
 ニのアプローチが完全にモテない人のそれで、実に痛くて独善的で、釣りとか興味ねえよという感じでかなりしんどい。だが、こうして追い詰められることでヨシカもまた発奮し、同窓会を仕掛けてイチと再会しようと企てるあたり、意図せざるところでいい影響があったりするのが面白い。

 妄想に過ぎない、ダメに決まってるとわかっていても、実際にチャレンジして失敗して自分で納得しなければならない時ってのが、人生にはあるんじゃないかな、と思う。ヨシカもやっぱり失敗したが、イチと初めてまともにしゃべれて、結構いい線行ったんではないか。確かに名前は覚えられてなかったが、あの時、あの瞬間に彼女が感じたものは全くの無根拠ではなく、何がしかの縁もあったのではないか。単に妄想が過大だっただけで……。

 惨敗の後には、当然、敗戦処理が待っていて、辛いことを忘れて、打ち砕かれた自意識を拾って集め直す、無益な作業が待っている。だけど、またその散らばった欠片の一つ一つが尖っていて、組み立て直すのも一筋縄ではいかない。
 さあ、ここで心の隙間に入り込むのがニ……なわけだが、男性経験がないことが同僚のくるみによってばらされていて、また自意識を刺激してしまうのであった。
 まあくるみにしても親切心でアドバイスしているのだろうが、なかなか強烈だな……。スクールカーストを引きずった「普通の女」によって下に見られている感、というのもまたヨシカの自意識過剰なのだが、他人とのコミュニケーションは、全て「独りよがり」と「大きなお世話」スレスレのところで成り立ってるよね、と実感。それは確かに善意なのかもしれないが、どうしてもムカッ腹が立ってしまうこの気持ち、そして謝ってくるのにまだ許せない自分の心の狭さへの怒り、全てが言葉にならずに暴走していく……。
 ヨシカが実はちょっとバカにしている隣のオカリナの女こと片桐はいりにも恋人がいたりして、最終的にヨシカは自分の狭さを認め、新たな関係性を結ぶことを選択する。
 しかしニの独善的アプローチがつらすぎて、イチは最初からないとしても、こんな奴で妥協せんといかんのかという気になった。そのうちサンやヨンが現れるだろうし、焦らなくてもいいんではないか。それこそ、最初の相手としてはまあいいのかもしれないが……。それこそこのニのキャラクターが、「平凡」という無神経、「普通」という傲慢、「日常」という地獄を象徴しているようで、個人的にはオエーッとなってしまう。顔もタイプじゃないし、オレが女ならこんな奴とは絶対付き合わんがな……と、自分の中のヨシカが猛烈に叫び出すのである。

 ヨシカがイチに求めたものは幻想だったが、じゃあニと「恋愛」という儀式をこなすことが幸福なんですか、というともちろん違うし、今後のことは何もわからない。そして、平凡な男と付き合ったり「普通」の「日常」を営むことで、こういったこじらせがどうにかなるか、と言うとそれもまた大間違いである。皆が器用に生きられると思っているのか? 自意識の獣は飼い慣らせず、狼は死ぬまで狼で、決して犬にはならない。絶滅するかというと、もちろん絶滅するだろう。だが、ニホンオオカミは滅びたが、その最後の個体は死ぬまで牙を研ぎ、獲物の喉笛を喰い千切り続けたのだ。ヨシカもまた、そうなる。

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

”伝説は死せず”『スター・ウォーズ EP8 最後のジェダイ』(ネタバレ)


「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」本予告

 エピソード8!

 レイア率いる反乱軍がファーストオーダーの追撃を受ける中、伝説のジェダイルーク・スカイウォーカーに助力を求めるレイ。だが、ルークはそれを拒絶し、カイロ・レンがダークサイドに落ちたのは自分の責任だと告げる。カイロ・レンとフォースを通じてコンタクトしたレイは、彼を救おうと単身スノークの前に赴くのだが……。

 新三部作の真ん中、ということで、まあ何も終わらないんだろうな、とは思っていたが、お話上は確かに全然進まないんだけど、割合思い切ったことを色々とやっていて面白かった。
 EP6が好きなんだが、結局、皇帝を倒してフォースのバランスを回復したのはアナキンで、実はルークは何もしてない疑惑、というのを抱えていたのだよね。この人、ほんとにすごいんだろうか? お父さんに助けられただけで、実はヘタレなんではなかろうか? 伝説の男扱いされてるけど実は大したことなくて、だから弟子育成にも失敗したんじゃないの? とガンガン疑惑が立ち込めてくるのである。

 そんな彼のもとに弟子入りに来たレイちゃんに対し、ライトセーバーをポイ捨てして逃げ回るルーク! 身体能力だけはすごいので魚を取って暮らしているという、まさに隠居した仙人状態。渋々指導することになっても、天然入ってるレイちゃんをからかうあたり、ヨーダみたいなジジイになっている……。
 弟子にしたカイロ・レンがダークサイドに堕ちちゃった責任を感じていて、もうジェダイの歴史も閉じるべきと思っていて、引いてはそれが全部自己否定になっているのだな。
 「ジェダイ」は神格化されているけど実は大したことなかった、というのはルークが「全盛期に滅ぼされた」と言う通り、EP2、3ですでに明らか。陰謀を見抜けず、結構簡単に撃たれて死ぬぐらいの存在。そして今、伝説と呼ばれている最後の生き残りも、お父さんに助けられたマンに過ぎないのだ……。

 そんなルークに対し、かつてレイアがオビ・ワンに助けを求めた映像を見せるR2-D2と、しれっと出てきて「まだ伝えることがある」と告げるヨーダジェダイは崇められるほど大したことないけど、でもやるんだよ! ヨーダみたいなジジイになったルークがそのヨーダに「ヤング・スカイウォーカー」と呼ばれて諭され、かつてのオビ・ワンの役割を果たしに戻る……。さあ、このおじいさんの真価とは……?

 一方、ファーストオーダー。ダース・ベイダーごっこをしているカイロ・レンをうまうまと利用しているのかと思っていたスノークさんだが、今回はちょっと方針転換。ハックスをこき下ろしてカイロ・レンを立てる人心掌握術を繰り出す。が、なんだかこの結果、カイロ・レンがかえってお調子に乗ってしまった感もあり。ヘルメットをけなされ、駄々っ子のごとく自らたたき壊したカイロ・レンは確かに一皮剥けたのかもしれない……が、逆に野心が限界突破。
 かつてのジェダイが終わっているのと同様、ダークサイドもまたすでに限界が来ていて、人の欲望や悪の心を利用すると言っても煽りすぎると結局それは自分を焼く炎になってしまう好例。レイちゃんをいたぶってる間に裏切られる、というのはEP6のオマージュだが、スノークさんも皇帝と同じ過ちを犯したことで、すっかり過去のものとされてしまった。

 そんなわけでカイロ・レンの手中に落ちたファースト・オーダー。いや、彼が気を失ってるところに駆けつけたハックス将軍が、「えっ、まさか今後はこいつに従うの……?」と思いっきり不安視してるところと、その後で首を絞められ「あ、あなたが最高指導者ですう」とあっさり降伏するところが最高ですね。
 カイロ・レンが正直あまり賢くないのを、ハックス将軍も知っていて内心バカにしているあたり、ジャイアンスネ夫の関係性に似ている。ジャイアンスネ夫を暴力で支配しているが、スネ夫も彼を財力で支えつつその暴力性を利用している。持ちつ持たれつですね。

 そして、反乱軍を追い詰めたファーストオーダーの前に、単身、伝説の男が姿を現わす。「全火力を集中しろ!」と吠えるカイロ・レンに、「えっ、お前は手を汚さないの……?」と突っ込んだが、この時点ですでに腰が引けているんだな。砲撃が集中し、半ば呆れ顔で「もうよろしいのでは……?」と突っ込むハックス将軍がここでも最高!
 が、もうもうと立ち込めた黒煙をかき分け、全くの無傷で姿を現わすルーク・スカイウォーカー! えーっと、こんなドラゴンボールみたいな描写を見られるとは思わなかった。ジェダイってバリヤー張れたんだっけ……?
 ようやく自ら降りていくカイロ・レン。しかし彼もここまでハン・ソロを殺しスノークを殺して、二回も「父殺し」をやってのけているにも関わらずまるで成長していない……。やっぱり物理的に何人殺してもダメなんだな……。
 ジャイアンと言えば、空き地で歌う時に自ら横断幕を作って「みわくのリタイサル」と書いていたのが印象深いが、それを「素晴らしい。すべて間違っている」と容赦なく否定しちゃうルーク!
 直接対決でもやっぱり腰の引けているカイロ・レンは、あえなく手玉に取られて終わることに……。いやはや、伝説の男の最後の勇姿が、まさかあんなハッタリに満ちたものになるとは思わなかったよ。砲撃の後で、肩の埃をパンパンと払うところが、実は渾身の芝居であり、若手をいたぶる老人の茶目っ気であったわけだ。
 今作はこのルーク絡みの描写だけでもうお腹いっぱいで、いやあいいものを見られたなあ、という気持ちになったよ。

 さて、ジェダイとダークサイドのオワコンぶりを印象づけた今作だが、割りを食ったのが反乱軍で、当然他のポンコツっぷりに合わせてこの庶民の集まりはもっとポンコツでなければならないということになる……。
 スノークさんがいた時点でもいまいち強そうに見えなかったファーストオーダーに追い詰められ、どうにも緊迫感のないチェイスを繰り広げる中盤から、フィンとローズの渾身の反撃作戦の空振り、ダメロンへの指導者心得の伝承、唯一賢そうな作戦をしてると思ったらハックス将軍に見破られてるローラ・ダーンなど、全然切れ味がない。とりあえず、全く勝ち目が見えないまま追い詰められていく展開を、ルーク復活からの奇跡の脱出につなげたかったのはわかったが、オワコンを解体することが前提で作劇がそれに添うてしまったがために、賢い人が誰も出てこないというのは問題だな……。
 スカイウォーカー家の『スター・ウォーズ』はこれで終わったと思うが、おかげで今三部作もだいたい終わったんじゃないか、という気がする。ファーストオーダーも仕切ってるのがジャイアンスネ夫では、もう先が見えすぎだろ……。次ではレイちゃんと子供ジェダイ軍団(あとイウォークな!)に完敗しそうだな……。

”これが銀河の陣だ”『パーティで女の子に話しかけるには』


映画『パーティで女の子に話しかけるには』予告編  12月1日(金)公開

 パンク映画!

 1977年ロンドン。パンク少年エンは、偶然潜り込んだパーティで美しい少女ザンと出会う。保護者に反抗的で、パンクの話を聞いてくれるザンに惹かれていくエン。だが、ザンはあと48時間でこの星を離れるという。彼女は宇宙人であり、さらに彼らには恐ろしいしきたりがあって……。

 エル・ファニングちゃんが主演! タイトルだけ見ると童貞がモジモジする話かと思うし、これがほぼ原題の直訳。ただ、ナンパとか口説くとかいう言葉をチョイスせず「女の子に話しかける」としたのは、非常に平熱な感じだし、まして『スーパーバッド 童貞ウォーズ』とかとは全く違うニュアンスなのがわかる。

 パンクに傾倒してファンジンを書くガチオタである主人公が、悪友二人とある家のパーティーに紛れ込んだが、実はそこは宇宙人の住処で、全身タイツの彼らと思いもかけずコンタクトすることになる。
 80年代頃、『スターマン』とか『花嫁はエイリアン』とか、見た目は地球人そのまんまだけど宇宙人と言い張るB級SFが色々あったが、それに久々に触れたような感覚を受けましたね。舞台は70年代後半で、最近はこの頃を回顧する映画が多いな……。

 エル・ファニングちゃんは宇宙人ということで、まあ「無垢」なわけで、そういう子だからこそ主人公のパンクも受け入れてくれる、という都合良いボーイ・ミーツ・ガールではある。しかし陳腐な話と低予算で安いビジュアルだから、安っぽくてつまらない……のかというと、まったくそうではないのである。
 妙な間と無表情が徹底された宇宙人たちの演技が、そこはかとない説得力を生んでいつしか作品世界をそういうものだと納得させてしまう。主人公たち三馬鹿のそこへののめり込み様、距離の縮まり方も絶妙で、エル・ファニングちゃんとお近づきになりたい気持ち、ニコール・キッドマンのキャラのいい加減さがそれを後押しする。

 宇宙人の住処に乱入したところ、身体で壁を作って遮られるんですが、これって『少林サッカー』のあの陣形じゃないの……?とちょっと思ってしまったよ。観てるのかな……。

 オチも割とベタなところに持ってくるんだけど、それもまた心地よしですね。主役の人は、高校生役よりもラストの方が実年齢に近いのな。

”命を愛して”『ユダヤ人を救った動物園』


映画「ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命」予告編

 ジェシカ・チャスティン主演作!

 1939年、ポーランドワルシャワは、第二次大戦の皮切りとなるドイツの侵攻を受ける。ワルシャワ動物園を経営するヤンとアントニーナの夫妻も戦火に巻き込まれ、動物園もまたナチスの徴発を受けることに。占領下で動物園の存続を願う二人は、密かに友人のユダヤ人を匿うのだが……。

 さて『女神の見えざる手』も大好評だったジェシカ・チャスティン、今年2本目の主演作が来ましたよ。ナチスに隠れてユダヤ人を匿い国外へと逃し続けた、ワルシャワ動物園を経営する夫婦のお話。

chateaudif.hatenadiary.com

 バカ広くて、園内をフリーダムに動物が駆け回ってる、すごくいい雰囲気の動物園だったのだが、そこへナチスの爆撃がドカンドカンと降り注ぐ。生き残った動物たちも、占領下で次々と射殺され、ナチの科学者であるダニエル・ブリュールが希少種だけは保護してドイツへと運び去る……。宣伝で出てるホワイトライオンの赤ちゃんもここでお役御免ですからね!

 たまにドイツ語やポーランド語をしゃべってみつつ、肝心なところは英語で通すなんちゃってヨーロッパ映画ではあるが、ジェシカ・チャスティンは今回は大人しめのキャラをさすがの演技力で見せますね。ダニエル・ブリュールは夫役ではなくて、彼女に気があるナチの科学者兼将校役。そもそも爆撃した側のくせに、恩着せがましく動物を保護しているようなことを言って、自分は尊敬や感謝を受けるべきと思ってる勘違い野郎で、しかも段々とヒロインの好意をも求めるようになる……なんか既視感を覚える役だな、と思ったら、『イングロリアス・バスターズ』とまったく同じキャラやがな。
 ジェシカ・チャスティンの側は全然気がないんだけど、中盤以降、ユダヤ人を匿い出してからは、地下で物音を立てたのをごまかすために抱きついたりして、ますます勘違いされてしまう。調子に乗って手を握るブリュール! それを見てジェラシーを抱く夫! これはごまかすためのお芝居だからと主張するチャスティン!

 夫の方はもう動物がいなくなった動物園を存続させるために、豚を飼っていいか、とナチスにお願いする。厩舎は維持できるし、ドイツ軍に肉を提供できて経営も回るし……何これ、天才的なアイディアだな。そして豚の餌のためにゲットーに生ごみを取りに行き、ごみの中にユダヤ人を隠して運び出す……さらっと描かれているが、もうここまできたら悪魔的な知恵としか言いようがないぞ。
 動物運び込み用の地下通路を通ってこっそり隠れるあたり、まあ重たく悲しい話なんだがちょっぴりわくわくするし、ここに『ライフ・イズ・ビューティフル』の父子がいたらどれだけ大盛り上がりしただろうね。

 クライマックスは、地下に踏み込んで来たブリュール以下のナチ野郎どもが、もぬけのからなのに気づいたところで、ジェシカ・チャスティンが爆弾のスイッチを非情にカチッ! 全員生き埋め!だろうと想像していたが、まあ今回はそういうキャラではありませんでした。
 地味で盛り上がりには欠けるんだが、実は相当すごいことをやってますね、この人たち……という実話力を感じさせる一本。ワルシャワ動物園には、一回行って見たいな!

”ナイフから包丁へ”『ミスター・ロン』(ネタバレ)


「MR.LONG/ミスター・ロン」予告編

 チャン・チェン主演作!

 六本木での暗殺の仕事に失敗した台湾の殺し屋ロンは、間一髪、田舎町に逃れて身を隠した。そこで心を閉ざした少年やその母親、気のいい住人たちに助けられたロンは、日本語もできないままに得意の料理で屋台を営むことに……。

 チャン・チェンが邦画に出演、ということで、ナイフ一本で標的を切り刻む、台湾の凄腕の殺し屋役。しかし仕事を請け負って日本に来たのはいいが、なぜかナイフがポッキリと折れて失敗、袋叩きにされるのであった……。
 危うく始末される寸前だったが、ボスに恨みを持つLDHが乱入したことでぎりぎり逃れて廃屋に逃げ込む。そこで近所の少年に野菜をもらって自炊生活を始めたところ、周辺の村の人たちが手を貸してくれて、台湾麺の屋台を出すことに……。

 チャン・チェン本人が「なぜこんなことに……」と言うこの設定からしてまああり得ないが、この後の展開も超絶的にファンタジー感を増して来る。SABU監督って初めて見たけどこんななのな。
 近所の少年の母親がシャブ中になっていて、村人にも「シャブ女」と呼ばれている。それには深いわけが……ということで、彼女とその男であるLDHの人が登場する回想パートが始まるのだが、これがまた映画の流れをぶった切ってめちゃくちゃ長い! LDHの人はチャン・チェンを結果的に助けることになりつつも死ぬのだが、この回想の方が遥かに出番長かった。製作側の大人の事情を勘ぐってしまうぐらいに長くて、そうでないならこの女の方が主人公なのであろうか、とさえ考えさせる。

 チャン・チェンはこの女にシャブをやめさせ、子供に屋台を手伝わせて生活再建の道筋を作る。自分も村人についでに廃屋を直してもらってしっかり住み着くことに。ここらへんは田舎の人情ということで、ホロリとさせるいい話ではある。が、そうしていい話げに撮られていつつも、三人が温泉に行ってお土産を買って来ても、「ロンちゃん」の周りには村人が群がるが、「シャブ女」は輪の外でガン無視されていたりする。ああ、田舎もんの排他性……。

 ファンタジックな展開と裏腹に、バイオレンスはしっかり撮られていて、人情の対極の暴力性が、まさにナイフのごとく突き刺さる。ナイフバトルは『アジョシ』でも見た数回刺して戦闘不能に追い込むスタイルで、ロンvsヤクザ軍団のクライマックスは、非情の殺し屋の本領が悲しくも発揮されて最高ですね。

 エンディングはまさにこの映画の全部を煮詰めたようになっていて、一人台湾に戻り殺し屋稼業を再開しようとしたロンのところに、村人たちが子供を送り届けて来る。まあ感動的なシーンで、ロンちゃん本人が「みんな、なんでこんなところに!?」と突っ込みつつ特に回答はないところがいいですね。ロンにとっても子供にとってもこれで良かったが、村人的には実は厄介払いしに来たのではないか、という気がするところも……。

 エンドロールを見たら、「野良犬」小林聡が出ていたらしいのだが、初見ではまったく気付かず。ヤクザ役のどれかかな……。もうちょっと役者としてもバリューがあれば、チャン・チェンのカミソリ八極拳とキックボクシングの対決が見られたかもしれない。

牯嶺街少年殺人事件 [Blu-ray]

牯嶺街少年殺人事件 [Blu-ray]

”ハイエナと踊れ”『カンフー・ヨガ』


映画『カンフー・ヨガ』 本予告

 ジャッキーがインド映画とコラボ!

 古代、天竺と唐の争いによって失われた秘宝を求め、中国の考古学者ジャックと、インドの考古学者アスミタは協力して調査を開始。一枚の古い地図の謎を解き、秘宝の鍵となる「シヴァの目」を探す。だが、秘宝を追う謎の一味が迫り、チームにも裏切りが……。

 ワールドワイドに活躍するジャッキー、アジア圏においても韓国や日本の役者を起用して若手のフックアップを図っているのだが、今作ではついにインド進出と相成りました。
 近作『スキップ・トレース』ではロシア行ったりモンゴルを横断してたりしていたので、まあ今更どこへ行っても驚くことはないだろうと思うんだが、さあインドはどうかな……?

chateaudif.hatenadiary.com

 結論から言うと、まったくいつものジャッキー映画であり、前述のロシアやらモンゴルやらがインドに変わっただけだったな……。まったくジャッキー映画の文法を壊さず、『THE MYTH』(一応、これの続編らしいぞ)や『ライジング・ドラゴン』でもおなじみの宝探し系の新作として、「文化財を守ろう!」という熱い正論を語るジャッキーメッセージ。その中でちょいちょいと小技アクションを披露……。大掛かりな(と言っても数m飛んだり車の屋根に飛びつく程度だが)アクションは若手にやらせて、ジャッキー自身は決めどころでちょいちょい頑張る感じね。

chateaudif.hatenadiary.com

 ドバイで水着でオークションしたのちカーチェイスするあたり、激しく既視感を覚えるワイスピっぷりだったりするが、特筆すべきはインド描写で、笛吹いて縄を立てたり蛇を操ったり空中浮遊している行者の側で戦うあたり、さすがにちょっとベタ過ぎやしないか、フジヤマゲイシャレベルの扱いにインドの人は怒り出さないのか、と心配になってしまう。

 宝探しの達人だ!と持て囃されるたびに、「一介の学者ですよ」とたしなめるジャッキーの謙虚さこそが今作のテーマで、大量の金塊を前にしても「お宝に目が眩んではならない」と諭す。その割に資料価値高そうな古文書で人を殴ってたりするあたりが、やっぱりいつものジャッキー映画で最高なんですがね……。

 NGシーンはないんだが、クライマックスだけはインド映画らしく群舞で締める。いや、これを観るために100分観てきたような多幸感。登場人物もスタッフも全員参加で、悪役も改心?して混じっている。ダンスは途中でもうちょいやっても良かったかもしれないが、まあいいか……。

THE MYTH 神話 [DVD]

THE MYTH 神話 [DVD]

“ガス室の穴"『否定と肯定』


映画『否定と肯定』予告

 ホロコースト映画!

 著書「ホロコーストの真実」で、イギリスの歴史家アーヴィングのホロコーストはなかったという主張を批判したデボラ・リップシュタットは、名誉毀損でアーヴィングから訴えられる。被告側に立証責任のあるイギリスでの裁判に、英国の腕利き弁護士たちが揃い、歴史的な戦いが始まった……。

 歴史学者リップシュタットが訴えられた実際の裁判を映画化。「ホロコーストは実際にあったのか?」論法というのは結構根が深くて、例えば全然関係ないように思える日本のTwitterでも、ちょいちょい「ガス室はなかった」と、今作のアーヴィングそっくりのことを言ってる人がいるのである。いったいどういう心情でドイツの話をしてるのかと思うが、返す刀で「南京大虐殺はなかった」「慰安婦はいなかった」とやりだすので、ホロコーストプロパガンダの産物である、という思考を、日本の戦争犯罪の問題にも適用しているのだな、とわかる。
 そういう意味では今作における歴史修正主義というのはまったく他人事ではなくて、本邦にも援用できる話でもある。そもそもアーヴィングはイギリス人で、ドイツと戦った国の人間なのにこういうことになるのだから……。

 リップシュタットはアメリカ人だが、裁判はアーヴィングの出身地であるイギリスで起こされる。講演会にアーヴィングがカチコミをかけてきた1994年から、実際に訴訟が起こされるまでは約二年。裁判が始まり、やがて佳境に入るまでさらに数年。控訴が却下されて判決が確定したのは2001年だから、相当に長いスパンの話。
 裁判自体も華麗なる逆転とは程遠い、地味かつ砂を噛むような論証が続くハードなものに。被告であるリップシュタット側に論証責任があるのだが、この論証の過程そのものに歴史を紐解く作業との共通性があるんじゃないかと思うね。
 リップシュタットを演じるのはレイチェル・ワイズだが、アメリカ人ということで言論には言論で対抗し、議論に徹底的に応じるのも辞さないぜ、というスタイル。要は短気で喧嘩っ早いのだが、イギリスの裁判のスタイルがアメリカと違うのと同様、イギリス人の喧嘩作法もアメリカ人とはまたちょっと違うのだ……。
 歴史修正主義者は法的に「与し易し」としてイギリスで裁判を起こすのだが、それは確かに一面的にはその通りなんだけど、「ちょっと待て、だからって通しゃしねえよ」と言うイギリス野郎どもの意地がうかがえる。

 ホロコーストはあった・なかったの二元論、つまり邦題『否定と肯定』状態に持ち込むことが修正主義者の狙いだが、リップシュタット弁護団の狙いは、あくまでアーヴィングの主張を突き崩し、彼の発言の不正確さや欺瞞を立証することである。複数の陪審員に裁かれるとなると、どんな価値観が持ち込まれるかわからないので、裁判長一人による審理に持ち込み、徹底的に証拠を突きつけていく。実話ではアーヴィングが裁判長に対し、うっかり「総統」と呼んじゃうひどすぎる展開があったそうだが、さすがにわかりやすくダメ過ぎたのか映画ではカット。致命的だろ……。

 リップシュタットさんが、なかなか弁護方針に賛同しきれずフラストレーションを溜める展開に、イラッとしがちな関西人もつい共感してしまうのだが、次第に戦術が功を奏していく感があり、さらに事務的に見えた弁護士たちの熱いハートも垣間見得たりして、徐々に納得と信頼を深めていくあたりがいいですね。
 しかし論証は好調だったが、判決直前、裁判官が「アーヴィングが捏造してるんじゃなく、本気で信じてるとしたら、それは故意とは言えないんじゃないか」と、とんでもないことを言い出す。あれだな、あまりにフルボッコにしすぎたせいで、相手が嘘や捏造を繰り返す「悪い」人間であることを証明するはずが、あまりに馬鹿げた間違いや矛盾が大量にあるから、わざとではなく本物の「バカ」なんじゃないか、と裁判官も思ってしまったのではなかろうか。バカだから本気で信じている可能性がある、と……。

 相変わらずお美しいレイチェル・ワイズ様だが、今回はいけてないスウェットなんか着てる学者を好演してて、短気さと知性のバランスが上手かったですね。アーヴィング役のティモシー・スポールは太った役が多かったのに今回はげっそりと絞り込み、思わず卵を投げつけたくなる憎たらしさで、こちらも最高の演技でありました。

 裁判の結果は史実の通りだが、その結果にも関わらずアーヴィングが懲りずに修正主義の言説を発し続けることも示される。彼らには歴史の学問的積み重ねや、法の場での論証などもどうでもいいし、ひたすら難癖をつけ続けることで『否定と肯定』に持っていけばそれでいいのだ。だが、我々もまた主張し続けるだけだ……。
 アーヴィングはその後、賠償金を払えず破産したり、オーストリアで逮捕されて「ナチスユダヤ人を殺した」と認めたりしていて相応に痛い目にもあったのだが、彼のやってきたことが消えたわけでもないので、逆にそこまで描かないラストにしたのかな。アーヴィングがいなくなったとしても、同じような言説を発する人間はごまんといるわけで、あくまで警鐘を鳴らし続けるわけだ……。

否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)

否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)

ホロコーストの真実〈上〉大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ (ノンフィクションブックス)

ホロコーストの真実〈上〉大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ (ノンフィクションブックス)

ホロコーストの真実〈下〉―大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ

ホロコーストの真実〈下〉―大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ