”あの人がお父さんです”『エル・クラン』


『エル・クラン』映画オリジナル予告編

 アルゼンチン映画!

 1983年、アルゼンチン。裕福で近所の評判も良いプッチオ家に、警察が突入し家族を次々と逮捕した。そこで明かされたのは、彼ら一家が家族ぐるみで誘拐と殺人を繰り返し、隠蔽していたという驚きの事実だった。家族の中で何が起きていたのか?

 『コロニア』に続き、これもまた南米の実録物。実際にあった誘拐事件と、家族全員がそれを知りつつ隠していたという異常な状況を描いて大ヒットした映画。

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 政権が転覆したことで職を失ってしまった父親が、代わりの職として「誘拐」に手を染めるのだが、こともあろうに自宅に監禁部屋を作り、妻子全員が知っている状況で犯行を繰り返すことに……。
 シュールさまで感じるぐらい、実にさらっと誘拐が始まり、あっという間に家族も巻き込まれていく。お話は主に次男アレハンドロの目線で描かれ、ラグビー選手でもある彼は早くから誘拐の手伝いを命じられながらも、犯行を続けることに葛藤する。
 いや、この親父がいっさい躊躇いなく誘拐と殺人を繰り返す、完全におかしい人なのだが、その父親が家庭内における権力と金の全てを持っているため、家族はそのコントロール下から出られない。スポーツ選手として海外に出た経験があり、将来的には自立を目指しているアレハンドロは、そこから抜け出すという選択肢が実はあり、それゆえに葛藤を強いられる。
 いつの間にか巻き込まれて、片棒をかつがされて……というのは『クリーピー』でも他人同士で行われていた手口だが、家族間でより強い結びつきの中でやる方が、本来は簡単かつ強固なのではないかな。

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 誘拐は繰り返され、夜は監禁部屋から人質のうめき声が聞こえ続ける、という環境だが、おかげで金は入ってくるし、そこにさえ目をつぶれば安定した生活を営める。政権交代や戦争で国が疲弊していることも背景にあるのだろうし、この収入源が失われたり、犯罪が発覚すれば、もう平和な暮らしはできなくなる。生活面で完全に依存している妻と娘が脱却することは難しい。

 実際に実行犯として参加するアレハンドロの視点から描かれるので、後半は続けるか逃げるか、バラすかバラさないかの葛藤と、対照的に全く罪悪感のない父親との対立に物語の焦点が合わさっていくのだが、『ミスティック・リバー』にも通じる家族間の隠蔽、消極的な支持の話として見ても面白い。
 かの作品では、父親の側がある時点で疑問を感じ、それに依存しているはずの妻が逆に「あなたは家族のために正しいことをしている」という、嘘をつかれているはずの方が信じるふりをすることで嘘を強化する「永遠の嘘」が描かれていたが、今作ではそこまでしなくても親父が絶対めげないんだよな。

 実話ということで、冒頭からすでに発覚と逮捕は示唆されているが、逮捕後の展開もまた強烈であったね。少々地味だが、実に胸糞悪くていい映画でありました。

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”男は女以上に、強い者に惹かれる”『高慢と偏見とゾンビ』


「高慢と偏見とゾンビ」予告編

 あの名作のパロディ映画!

 18世紀イギリス。奇病が蔓延し、ゾンビが跋扈する片田舎で暮らすベネット家の五人姉妹は少林寺拳法の使い手。ある日、隣家に引っ越してきた資産家のビングリーの家のパーティに招かれた一家は、そこで当主のビングリーとその親友にして若き大富豪ダーシーと出会う。娘たちの嫁ぎ先を探すミセス・ベネットは大喜びだが、次女のエリザベスはダーシーの不遜な態度と冷徹にゾンビを仕留める手際に高慢さを見るのだった……。

 まったく予備知識ないのも問題ありじゃろう、と思って、原作は読みかけの状態から、キーラ・ナイトレイの『プライドと偏見』を観てから観に行ってきました。いや、この2005年の映画化はよくまとまっていて、確かに面白い。ムッツリしてるのに無駄にカッコいいダーシーさんのいけ好かない、でも無視もできないあの感じ、最高ね。今見るとロザムンド・パイクのおっとり美人は裏があるようにしか見えないし、キーラ・ナイトレイもいつ「Fuck off!」とか口走らないか心配でならないわけだが、そういうことを抜きにしても良くできている。古典の持つ、今現在の少女漫画にまで通じる物語力、シチュエーションの妙を堪能できる一本だ。

 今作はゾンビが大量発生して後のイギリス、五姉妹が暮らす田舎を舞台に物語が始まる。原作を途中まで読んだ限りでは、ひたすら筋をなぞりつつゾンビを登場させていて、正直あまり面白くないのだが……。映画では後半からオリジナルの展開を見せ、EWZ(イングランド・ウォー・ゼット)とでも呼ぶべきゾンビ大戦の様相を呈する。

 サム・ライリー演ずるダーシーさんの、呵責なきゾンビハンターぶりが明らかになるオープニングから、五姉妹登場の本編へ……色々とはしょりすぎで、五姉妹の下から三人がほぼ空気。アクションも挟んでいるのに尺が同じなので、テンポがいいと言うより何か語り残したまま先へ先へと進むような……これはオリジナルに何がしかの形で触れていないと少々しんどいかもな。
 対照的に、力が入ってる部分は異様に頑張っていて、サム・ライリーリリー・ジェームズの大激闘など、パロディとしてこれは絶対にやりたい!というのが伝わってくる。ここだけコントでやっても通じそうな、逆にそれって映画としてどうなの、と思わせられましたね。
 そんなこんなで色々と雑だが、アイディア倒れの原作をより膨らませて、なかなか頑張っているのではないか。

 『ビザンチウム』でも思ったが、相変わらずの「不器用ですから……」なサム・ライリーは最高。ダーシーの気難しさと誤解されがちな感じがハマりすぎ。カッコいいんだけど、なんか感じ悪い、でもカッコいい……なぜだか気になってしまう、イラつく野郎だ……!というヒロインの感じ方が体現され過ぎですよ。日本刀をストイックさの象徴として位置付けてるのもいいですね。でも、不器用なだけで、真面目ないい人なんですよ……! ラスト手前で初めて「ダーシーさんが笑った!」となるシーンも良いですね。

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 原作のロンドンからやってきた貴族と、地元貴族の経済格差や感じ方のギャップ、そこから生まれてくるプライドゆえの行き違い、偏見ゆえの確執……は、なかなか現代人には映像で見ただけでは理解しづらい。が、そのあたり今作では「武術家としての誇り」という少年漫画でもありがちな価値観に落とし込んで読み取ることも出来るので、意外にわかりやすかったところでもある。
 代わりに、ゾンビ関連の盛り上げのために黙示録やアンチキリストまで持ち出してきたので、そっちの素養が必要になった感ありですね。

 Mr.コリンズの噛ませ犬っぷりは変わらない……と思ったのだが、ラストではなぜかちょっと美味しい役回りになってしまうあたり、キャラを拾って立たせる現代エンタメの寛容さみたいなものも感じましたよ。

 全体的にはぬるいが、ところどころ微苦笑してしまう微笑ましい映画であるな。ただまあ、もうちょっとアクションを作り込んだり、設定を詰めたりしていけば、もっと面白くなったのでは、というもったいなさも感じたところ。

 ところでラストはホラー、ゾンビ映画のある意味定型をなぞっていて、もちろんそれでもいいのだが、敢えて言うなら映画版『DOA』形式が良かったな……。いや、こんな感じで五姉妹とダーシーさんが一斉に抜刀して終わるわけよ……最高だろ!?

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”まだ制服でいたい”『ハドソン川の奇跡』


映画『ハドソン川の奇跡』 最新予告編

 イーストウッド監督作!

 2009年1月15日ニューヨーク。離陸直後の旅客機が、バードストライクにより二機全てのエンジンを停止させてしまう。推力を失い、墜落を開始した機を、サレンバーカー機長は必死の操縦でハドソン川へと着水させるのだが……。

 冒頭、事故のシーンから幕開け……えっ、もう?と思ったが、普通に飛行機が落ちてしまった……夢オチだあああ! これは実際の事件の後で、トム・ハンクス機長が見た悪夢。その後も白昼夢でも飛行機が落ちていて、ニューヨークに飛行機が落ちる、というタブーと共に、『アメリカン・スナイパー』でもおなじみのPTSD描写をぶちかます。
 実話ということで、少々刺激に欠ける面もあるわけだが、夢とは言いつつしっかり飛行機を落としてスペクタクルを見せてくれるあたり、最高ですね。

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 飛行機事故→回避→英雄視→疑惑浮上→公聴会という流れは同じ事件を題材にした『フライト』と当然同じなのだが、こちらは実話としてタイトにまとめている。わずか90分少々なのだが、冒頭の夢オチを含め、飛行機事故のシーンは三回! 途中は乗客視点、最後はコクピットの音声記録を元に、操縦していた二人の視点中心に見せる。『フライト』で不満だったもう一回ぐらい飛行機飛ばさないと盛り上がらないんじゃないの、というお話し上の弱点を見事に処理していますよ。

 英雄視からそれを疑惑視される展開は、マスコミと市民は常に持ち上げムードのままで、公聴会に向けての聞き取り調査だけが嫌な感じになっている。まだ世間の目は温かいが、結果次第でそれもひっくり返ってしまうのではないか、という恐怖感。パイロットの職、副業、家のローン……わずか数分の判断の結果によって、すべてが変わってしまう。『グラン・トリノ』や『アメリカン・スナイパー』でもあった、まさに過去が追いかけてきて現在における精算を突きつけてくる展開で、実直に実務を実行してきたサリー機長には降って湧いたような出来事。しかも、飛行機着水させて全員無事に脱出させたのにこれだから……。

 この実話を「何人か死んだらもっと大変だったよ?」「実はアル中だったんじゃないの?」「背面飛行ぐらいしないと盛り上がらないよね」と脚色しまくったのがゼメキスの『フライト』で、やっぱりあいつどうかしてるな……人間観が出過ぎですね……。

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 おなじみトム・ハンクスが品行方正な人を演ずるということで、下手をしたらどん底までつまらなくなりそうなのだが、歳下で若干直情的な副機長を演ずるアーロン・エッカートがバランスを取っている。聞き取り調査や公聴会でも率直に怒りをあらわにし、逆に機長を余計に冷静にさせていくような役回り。シミュレーションで墜落という結果が出た時に、横ですごいニヤニヤしていたのが、これまた若干不謹慎で最高ですね。人が死んでるんだよ!(死んでないけど)。
 嫌がらせ、責任をおっかぶせたいとしか思えないシミュレーションにはさすがに悪意を感じたところだが(こういうのを「彼らも仕事してるだけ」と言い切れるのか、果たして)、クライマックスで示されたニューヨークの善意の清々しさがそれを押しつぶし、後味も非常に良いですね。

 細かな演技も良かったが、機長の妻役のローラ・リニーも『ミスティック・リバー』の怪物とは打って変わって穏やかな雰囲気。『真実の行方』の頃の彼女だったら、トム・ハンクスが「しばらく帰れないよ……」とか言ったら怒鳴り散らしてるよな。
 イーストウッドももう少し若ければ自分が機長役をやっていたのかもしれないが、『グラン・トリノ』でビール飲みすぎだったし、この役はトム・ハンクスで良かったんじゃないか。

 非常に安定した代物で、誰でも楽しめそうな名作映画ですね。全編IMAXカメラでの撮影もみどころですね。

”離陸許可は取り消す”『コロニア』


エマ・ワトソン主演 映画 『コロニア』 予告編

 エマ・ワトソン主演作!

 ドイツからチリにやって来たキャビン・アテンダントのレナは、現地にいるジャーナリストの恋人ダニエルと久々に会っていた。だが、突如クーデターが起き、ダニエルは反政府活動家として密告され逮捕されてしまう。彼が表向きは慈善施設として知られる「コロニア・ディグニダ」に送られたことを知ったレナは、一人潜入を決意するが……。

 エマ・ワトソンが初めてハードコアな社会派ドラマに体当たりの熱演!という触れ込みを読み、結構楽しみにしていた映画。共演はダニエル・ブリュール君! 『シビル・ウォー』の大活躍も記憶に新しいですね。

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 舞台はチリ、ピノチェト軍事政権誕生前夜。当時の大統領を支援する活動に参加していたブリュール君と、彼を訪ねて来た恋人のエマ・ワトソン。慌ただしいバカンスを過ごすはずが、クーデター勃発により、ポスターを描いたり写真を撮ったりしていたブリュール君が反政府活動家として逮捕されてしまう。釈放されたエマ・ワトソンは捕まった彼が送り込まれた「コロニア・ディグニダ」という施設の存在を知るのだが、ここがまたとんでもないところだった……!

 表向きは宗教施設で、聖職者である男が運営している……はずだが、なんと元ナチス党員! ナチス残党が南米に多数亡命したというのも有名な話ですが、まあここまでおおっぴらに権力握っちゃってるというのは驚きですね。
 地上にはカルト宗教施設の団体、地下には軍と結託した拷問用の施設。敷地は全て高圧電流の流れる鉄柵で覆われ、カルト宗教に洗脳された構成員が武装し無償で守る……まさに無敵の要塞ですね。
 そこに監禁され、頭に電流を流され、仲間の居場所を吐かされそうになるブリュール君! 拷問は続き、結局吐いちゃったのかどうか不明瞭だが、ついに昏倒して病院送りに!
 そしてエマ・ワトソンは恋人を救うため、迷える入信者を装って施設に侵入する……。こちらはカルト宗教の教義に辟易! 教祖シェーファーを演じるのはミカエル・ニクヴィストさん。悪役多いな〜。エマ・ワトソンにブラウスをはだけさせ、「この娼婦め!」と説教!

 しかしブラジャー見せただけで体当たりの熱演か……と、この時点でちょっと思ってしまったあたりから、少々雲行きが怪しくなってくる。ここまではなかなかの緊迫感だったのだが、わりとあっさり信用されたエマ・ワトソンに続き、ブリュール君も病院でつかんだひらめきで、脳を破壊されたバカのふりをするという作戦が功を奏し、まったく疑われなくなる……。いや、アイディアはいいと思うんだけど、もう一つ信用されるに足る熱演が欲しかったところ。
 全年齢映画だからか、教祖様の小児性愛趣味も匂わされるだけだったりと、全体的にぬるめなのだが、これから拷問されるかと思われたエマ・ワトソンがビンタ一発で済んでしまったり、ビジュアルがぬるいのに加えて、展開もぬるい。施設の実態を描くのが主眼ではなく、思いの外エンタメ寄りで、テンポも良くて急に1ヶ月ぐらい経過して、やたらとポンポン進んでしまう。それらが全て主人公二人にいいように作用し、どうしてもご都合主義的に見えてしまうな。
 終盤は脱出計画が中心になるのだが、この計画も綿密とは言いがたく、また二人が施設内を自由にウロウロしすぎに見えるので、すべてにおいてラッキー過ぎに見える。どこに出るかもわからんまま決行とか、何も考えてないではないか……。

 また、本来なら隠されたまま平然と存在し続けるはずだった施設が、ブリュール君が撮影し、決死の脱出を成功させたことによって、写真という形で世界の明るみにさらされる……ということなのだが、「拷問用に使ったマットレスのないベッド」とか「暗い廊下」とかのいかにも迫力のない写真がキーアイテムのようなそうでもないような、うっかり忘れられたり杜撰な扱いをされているのを見ていると、?マークが脳裏を駆け巡るのを止められないのである。
 つまらないわけではないのだが、実話ベースにしてはどうも軽く、同じ宗教施設ものなら『サクラメント』の不気味さを混ぜればもうちょっと締まったかも……? あれは短すぎて駆け足過ぎたが、今作の4ヶ月はちょっと長かったかもな……。

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 まあラストは『ハドソン川』に続く機長の英断がズバリと決まったので、良しとするか……。ああいう時に決断できるかどうか、まあいいや飛んじまえ、と思えるかどうかが歴史の分かれ目になる、というのはなかなか重要なテーマじゃないかね。主役があまり関係ないですが……。

”先は全て読めている”『ある天文学者の恋文』


ある天文学者の恋文 予告編

 ジュゼッペ・トルナトーレ監督作!

 大学の恩師である天文学者のエドと、六年に渡って密かに交際中のエイミー。だが、ある日、彼の訃報が届く……。悲嘆にくれるエイミーだが、エドからは変わらずメールや手紙が届き続けていた。エドは彼女に何を残そうとしているのか? よく旅行に行ったサンジュリオ島を訪ねるエイミーだが……。

 『鑑定士と顔のない依頼人』の記憶も新しいですが、またも持って回ったタイトルの新作がやってまいりました。主演はジェレミー・アイアンズ天文学者、その若い恋人がオルガ・キュリレンコ
 冒頭、いちゃいちゃホテルデートのお別れのキスから始まり、二人の関係は6年続いていることがわかる。オルガ・キュリレンコは実年齢36歳だが、もう少し若い設定かな? ヨーロッパじゃ大学に通うのが遅くても珍しくないし、20代ぐらいからの付き合いだろうか。

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 天文学者ジェレミー・アイアンズは、妻子があるという設定……妻はすでに離別か死別したか出てこない。キュリレンコさんと同い年の娘と、さらに歳の離れたまだ幼い息子。ずばり不倫かというと少々ぼかしてあり、まあ歳の差恋愛ですね。しかも学生に手を出している。ヒロインはかつて父親を交通事故で亡くしているということも語られ、ファザコンぽさも想起される。

 さて、前作は相当に底意地の悪いお話だったので、今作にも期待していたのですが、悪い意味で壮絶に裏切られたな……。
 ジェレミー・アイアンズが生身で登場するのは冒頭だけで、あとは訃報が届いてのち、メールや動画で登場するのみ。実は彼は少し前から死期を悟り、キュリレンコさんの行動を先読みして数々のメッセージを残していたのだ……!
 まあこの設定がすでに『四月は君のなんちゃら』とか『彼女は嘘をなんちゃら』とかの少女漫画の映画化のよう。生前から彼女の行動を先読みするのが得意だったが、死後も出先に手紙を送り、タイミングを合わせてメールを送り、事前に撮影しておいた動画を送る……。いや……一本ずつぐらいならまだしも、まだどっかで生きてるんじゃないのと錯覚してしまうぐらいに届きまくる、これは危険な香りがする……!

 よほどの恋愛体質の人ならすんなりと受け入れられるのかもしれないが、まあ死してなお延々と出没しまくるおじいちゃん、なんだかストーカーのようだぞ……? もうちょっとドライな人ならいくら惚れててもちょっと引きそうな気がするが、キュリレンコさんはベタ惚れなのでメッセージが届くたびに随喜の涙にくれる……。
 手紙や荷物を預かってる人も大勢いて、皆、個人の指示通りにそれをキュリレンコさんに律儀に私にくる。それ疑問を持って断ったことを描かれたのはかかりつけの医者一人だけ。全部が全部「いい話」として撮られているので、客観的な視点がなさすぎて普通にキモい映画になってしまっている……。
 医者の他には娘が、自分を顧みず若い女に入れあげている父に怒っているのだが、途中で敢えなく「父に愛されていた貴女の幸せがうらやましかった……」と認めてしまう! もっと突っ張れよ!

 NG映像が発見されたり、手紙届くタイミングを間違えたりして計画は完璧ではないのだが、そこもまた可愛い!みたいに思ってしまうキュリレンコさん、マジかよ……。一回、疎遠になってる母親と和解しろ、と説教ビデオが来て、カチンときてメッセージ受け取りを拒否してしまうのだが、即後悔……。ここらへんの展開もウジウジウジウジと死ぬほどうぜえ。
 無駄に2回ぐらいヌードも披露するキュリレンコさん、めちゃめちゃ可愛く撮られているのだが、これまたおっさんの願望のようでかなりキモいですよ。この可愛いレンコちゃんに僕は愛されているんだあ〜。彼女は大学に行く傍、スタントの仕事をしている(あだ名はカミカゼ)。これはかつて事故で父親を亡くした自責の念による自殺願望、という設定がついているのだが、こういう奇抜な職業をチョイスしているあたり、実に漫画っぽいですね。スタントのシーン自体は、ダラダラした恋愛ものに多少なりとも動きを生んでいるのでまあいいと思うが。

 それでも二人だけの世界で完結しているならまだしも、レストランだろうが図書館だろうが劇場だろうがガンガン携帯に着信入る逆マナーCM状態、人を巻き込まずにはおれないこの心性。こんな話を映画にするぐらいだから、みんな〜見て見て見てえ〜という気持ちがありありなのだろうが、マジに共感されると思っていたのだろうか……?

 だいたい『鑑定士と顔のない依頼人』では、童貞おじいちゃんに冷水をバシャーンとぶっかけて楽しんでいたくせに、ヤリチンじじいにはこんなにも甘くていいのかよ! この許し難いダブルスタンダードは、おそらくトルナトーレの中では一貫していて、二作品はセットであり、モテるオレ様こそ至高、非モテに価値なしということなのだろうな……。これは童貞おじいちゃんに死ぬまで殴られるといいね!