”スーパーアイカツおじいさん”『鑑定士と顔のない依頼人』 (ネタバレあり)


 トルナトーレ監督作!


 一流オークショニアーのヴァージル・オールドマン。人嫌いで知られる彼の楽しみは、自らの仕切るオークションで仲間に落札させた女性の肖像画を密かにコレクションすること。ある日、クレアという謎の女から、両親の遺産の鑑定を依頼されたヴァージルはその屋敷に趣くのだが、依頼人はまるで姿を現そうとしない。彼女が11年以上、屋敷から出ていないということを使用人に聞かされたヴァージルは、遺産の中にあった謎の機械の部品共々興味を引かれていくことに……。


 『マレーナ』以降、全然観ていなかったので、『海の上のピアニスト』以来久しぶりに観ることになりましたね。

 あまり時事ネタを入れると、3〜5年後ぐらいにこの記事を読み返した時に思いっきり古びていそうなのだけれど、今作の主人公ジェフリー・ラッシュは、世に言う「アイカツおじさん」みたいで面白かった。

 「アイカツおじさん」とは……?


http://dic.pixiv.net/a/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%84%E3%81%8A%E3%81%98%E3%81%95%E3%82%93


 今作の主人公、童貞だけど二次元にはまり、実際の生身の女性に対してはうまく接することができないという、戯画的なまでのキャラになっている。家の壁に貼っているのが、アイカツカードコレクションでなく、美術的に価値ある女性の肖像画。女児を押しのけて機械を占有するのではなく、偽鑑定した美術品を仲間を紛れ込ませて安く落札させるという、よりスケールの大きい存在だ!


 孤独を愛し、誕生日にも平然とぼっちで飯を食い、仕事でも部下やクライアントに対して「俺流」を押し通すジェフリー・ラッシュさん。横柄さゆえに、まあ部下には好かれているとは言い難いが、機械屋の兄ちゃんであるジム・スタージェス(『アップサイド・ダウン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130924/1379935418)と同じような仕事をしとるのう)と、オークション詐欺の片棒をかつぐドナルド・サザーランドとは友人関係にある。
 そんな彼のところに、待ち合わせ場所に決して現れようとしない女が電話をかけてきて……。
 約束を反故にしては言い訳を繰り返すその女に、偏屈者の鑑定士は最初はお怒りMAXなのだけれど、彼女の屋敷にある謎の機械の部品に興味を惹かれ、やがて女そのものにも関心を抱く。もうおじいちゃんなのだが、ジム・スタージェスがモテモテなのに対し、彼はそのガールフレンドにもモゴモゴしちゃったりして、おいおい童貞じゃあるまいし……と思ったらリアル童貞だったことが明らかに!
 家に隠し部屋作って、アイカツカードならぬ美女の肖像画を大量に飾って、そこに引きこもるのが最大の楽しみなのだが、それが実際の女の代替物であるわけだな。そんな非モテ、童貞、オタクをこじらせたままもう老人になってしまった男に、降って湧いた運命の出会い! しだいに引きこもりの女が気になり出し、あの手この手で気を引こうとするのであった。


 子供の頃からの引きこもりということで、隠喩的な意味でも実際的な意味でも女は処女であろう、ということで、童貞おじいさんにして見れば、一つコンプレックスを意識しないでいい相手。さらに、広場恐怖症という病気を抱えているということが、また男にありがちな庇護欲や騎士道願望をそそるところでもある。で、頑なに顔を見せなかったところをついに覗き見したらば超美女! 職業も作家ということで、自分と同じく芸術的な職業でもあるし、おじいちゃんが段々と自分のハードルを超えてその気になっていく心理が克明に描かれているのである。


 「これは友人の話なんだが、彼はある美女と……」と、やりチン野郎であるジム・スタージェスに相談するあたり、童貞もここに極まれりで、しかし後に「それって自分のことでしょ」と看破されて、ばつが悪いような照れたような顔をしつつどこかホッとしたような顔をしているあたり、演技も演出も圧巻。


 かくもこじらせ童貞の心理に克明に切り込んだ映画があったであろうか? 終盤、ついに美女に自らの「コレクション」をご開帳するシーンがまた強烈で、それを見た女は「わたしの前にも、こんなにも女性を知っていたのね」というのである。童貞のみならずオタク趣味まで肯定してくれるという、まさに「何が一番嬉しいか」を知っている行き届きっぷり。


 いやあ、おじいちゃんの脱童貞、脱オタクの恋模様を描いた素晴らしい映画でありましたね。



<ここからネタバレ>










 まあ実際のところそんなわきゃあなくて、これはおじいちゃんに仕掛けられた壮大な陰謀だったのである。真贋と美醜を見極める鑑定士であり、その技能と名声を用いて自らのコレクションをも蓄えてきた、まさに大人買いアイカツおじさんの如き彼に、その童貞であるというコンプレックスを痛烈に突いた一撃が見舞われる! 苦労して集めたアイカツカードがっ!
 いや〜、悲しいのう、そして切ないのう。これは男女関係を知り尽くしたモテ男、そしておそらくは女によって仕掛けられた、童貞への世間の厳しさを教えるレッスンであったのだ。
 いやはや、トルナトーレらしい、何だか底意地の悪いところがキラキラと光りますね。これは『海の上のピアニスト』に続く引きこもり映画であり、『マレーナ』に続く童貞映画である。さらに過去作の『みんな元気』は、幸せな家族を持ち子供達にも愛されていると思っていた父親に、そうではない現実が突きつけられるというお話であった。今作もまた独りよがりな自分の世界に浸っている人間にそれが「勘違い」だと突きつけるお話で、それが童貞でオタクなものだから、ある種の男子には強烈に迫る話になっていることは疑いないところであろう。


 『(500)日のサマー』を観てサマーをビッチ呼ばわりしてる童貞のクズには、ぜひとも今作を観てもらいたいですね。本当のビッチというのはこういうものですよ……。
 途中、初めて一夜を過ごしたシーンは朝チュンで処理されているのだが、全てを知った彼がベッドシーンを回想するところで、完全に女が上になってリードしてるあたりも、童貞のわかってなさがより鮮明に印象付けられて爆笑してしまった。
 また、頑なにカフェで世間話しようとしなかった偏屈野郎でありますが、まさにそのカフェに真相が転がっていたという皮肉もナイスですね。
 ラストは時系列をわざと曖昧にして、童貞君は廃人になったわけではなく一つ大人になったのだ、という悲しくも救いのある解釈を残しているあたりも、また嫌な感じ。


 いくら心理を知られてる友達の仕組んだことだと言っても、まさに絵に描いたように計画がハマるあたり、疑問もないではないが、それよりもやはり伏線を軽やかに回収していく手際と、イタリア野郎の美術の壮麗なまでの素晴らしさを楽しみたい映画でありました。

鑑定士と顔のない依頼人

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