”テニスの話をしよう”『ボルグ/マッケンロー』


【公式】 『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』 8.31公開/本予告

 今年2本目のテニス映画!

 1980年ウィンブルドン。20歳から実に4連覇を達成した若き王者ビヨン・ボルグは、絶大なプレッシャーの中で5連覇を狙っていた。だが、アメリカから来た天才プレーヤー、ジョン・マッケンローがそれを阻まんと立ちはだかる。対照的な立ち居振る舞いで氷と炎と称される二人のスター、世紀の激突が始まる……。

 『バトル・オブ・セクシーズ』に続いての2本目。まあ『跡部vs手塚』もOVAの特別上映やってたけどな。

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 ウィンブルドン五連覇を狙う北欧の伝説的プレーヤー、ビヨン・ボルグと、台頭するアメリカの悪童ジョン・マッケンローの宿命の対決を描いた映画。割合は7割ボルグ3割マッケンローぐらいのバランス。
 この二人が試合した、ぐらいのことは知っていて、最終的にはマッケンローがランキング1位になったこともわかっていたのだが、今作の舞台となるウィンブルドンでどっちが勝ったのかは知らずに見た。
 わけがわからないぐらいの人気で、うかつに街も歩けないボルグさん。毎日プレッシャーに悩まされていて、コーチのステラン・スカルスガルドにも「五連覇しなきゃ忘れられる!ゴミだ!」と言うのだが、たぶんこの調子だと、二連覇目以降、毎年ずーっと言ってるんだろうね……。しかし今回、特にプレッシャーがきついのは、連覇を阻まんとする相手の存在もある。氷の皇帝ボルグに迫る、歯に絹着せぬ言動と激しいプレースタイルで知られる、炎の男、ジョン・マッケンロー……。

 決勝で当たるだろう、と予想しつつもウィンブルドンは長丁場。一回戦から苦戦を強いられながら、ボルグは己とも戦い続ける。毎晩、全ラケットのガットの張りを踏んで確かめ、同じテニス選手の婚約者にカバンを寸分たがわず詰めてもらい、同じ車で会場に通い、シートが変わっているとイライラ……。ここまで来ると、もはやメンタルが強いのか弱いのかよくわからなくなってくる。

 テレビに出ているマッケンローは悪口ばかり話題にされ、テニス自体のことが一向に話題にされないとこちらもイライラ。「テニスの話をしろ!」本人はボルグを倒す気満々だが、あまりに雑音が大きい。試合でも初戦からずーっと審判や観客に吠えまくり。
 しかし、その映像を見るボルグ。恋人の「マッケンローは集中できてない」との評に「……いや、違う……」と否定。天才は天才を知ると言うが、逆に驚異的な集中力を嗅ぎとる。
 一方のマッケンローも、共通の知人を通じてボルグが「冷静な男と言われてるが氷山の中身は活火山」と評されるのを聞いて、なんだかシンパシーが止まらなくなる。

 炎と氷、と対照的なキャラクターとして認知された二人だが、実は多分に似た要素があり、凄まじい集中力と勝負への執念はもとより、内に秘めた怒りのコントロールなどメンタル面でもどっちも「炎」なんじゃね?という熱さを持っている。さらにトップ選手としてのプレッシャーや、先行し続けたイメージと自分自身のギャップにも悩まされているところも共通……。
 テニスに限らず、全てのスポーツにおけるトップアスリートが抱える普遍的な問題だろうが、お互い段々と共感しかなくなってくる。

 準々決勝で、マッケンローはダブルスのパートナーでもあったピーター・フレミングと対戦。同じ米国人で友人でもあるのだが……マッケンローの方は全然眼中になし! 最初からボルグしか見てないのは誰の目にも明らかで、フレミングも自分との対戦を忘れるな、とアピールしてきたのだが……相手にもならねえ! 試合前に愛用の踵のサポーターが見つからず、マッケンローが隠したと疑うフレミング、試合後にバッグから出てきたのを見て、マッケンローもさすがに呆れ顔。「そんなこすい真似するかよ、お前ごとき最初から敵じゃねえんだから」……とまあはっきりは言わないけど、露骨に態度で示しすぎ。「おまえはクソだ! 絶対にボルグみたいな偉大な選手にはなれない!」と捨て台詞を吐いて去るフレミング。彼がいなくなってから、一人で謝るマッケンロー……なんなんだ、この「素直になれなくて」劇場……。

 一方、ボルグさんは初戦からヨレヨレしてて、コーチとも揉め、地力が違いすぎるので勝ってはいるものの、いまいち調子が上がらない。若い頃はそれこそ怒りをコントロールできない少年だったが、そのポテンシャルをコーチに見出され、あまりに若いまま勝ち続けてきた。負けられないと言うプレッシャーから一度も解放されることがないまま……。

 下馬評は覆されることなく、1980年決勝はまさに頂上決戦に。やはり調子の上がらないボルグに襲いかかる悪童! しかし動かざること氷山の如し、1セット目こそ失ったものの、皇帝の鉄壁の防壁が機能し始め、2、3セットを取り返す。決勝に来てようやく本領発揮だが、このトーナメントの長丁場の最後の最後にこの底力を残しているのが、最強の絶対条件でもあるのだな……。
 4セット目も攻めが空回りするマッケンロー、ここで終幕かと思いきや、コートチェンジ時にボルグが声をかける。「素晴らしい試合だ。君のテニスをしろ」と。この日のマッケンローは理不尽な判定や野次も相手にせず、ひたすら攻め続けていて、いつもの悪口ぶりは影も形もなし。あるのはテニスをすること、それのみ。かつて会見でも「テニスの話をしろ」と言い続けてきたわけだが、このウィンブルドンで初めてそのテニスの話をしてくれたのは、他ならぬボルグだったのだ。「テニスって楽しいじゃん」。
 吹っ切れたようにさらに凄まじい集中力で、ボルグの猛攻をしのぎ続けるマッケンロー。タイブレークまで行き、7度のチャンピオンシップポイントを跳ね返し、逆転で取ったこの第4セットは今も語り草になる。
 そしてファイナルセットも死闘は続き、観客の誰かはこうつぶやいたかもしれない。「この試合、いつまでも見ていたいな」。
2ゲーム差をつけなければ勝てない地獄のルールで、8ー6で制したのはボルグ。見事にウィンブルドン五連覇を成し遂げる。

 試合が進めば進むほど、余計なものは脱ぎ捨てられ、純化されていき、最終的には二人の強者さえも一つになったかのような錯覚さえ生まれる。余計な言葉も遺恨もなく、もう清々しさしか残らない。
 またその後の空港のシーンが素晴らしくてな。ボルグを見て一秒もためらわずに駆け寄ってくるマッケンローの素直な表情は、シャイア・ラブーフのベスト・アクトじゃないかね。舌禍でスピやんに見放されたラブーフがこのキャラクターを演じるというのが、またシンクロ感を生んだのか。

 記録だけ見れば、マッケンローがウィンブルドンでボルグを倒して世界ランキング1位を取ったのは翌年で、歴史的にはそちらが重要なのかもしれないが、この年にすでにボルグは肩の荷を降ろす準備を始めていたのだな、ということもわかる。全ては自分次第なのだから。

 まあ近年稀に見るさわやかな後味で、感動しましたね。他に何もないけど、澄み切った美味い水を飲んだような清々しさ。いい映画じゃった。

ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男たち (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

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