"酒瓶を抱いて飛べ"『フライト』(ネタバレ)
デンゼル・ワシントン主演作!
アトランタ行きの飛行機を操縦する機長のウィップ・ウィトカー。前夜の御乱行で睡眠不足と二日酔いの彼だったが、熟練の操縦技術で乱気流を乗り切り、目的地へと到達するかに思えた。だが、不意の機体トラブルによって、飛行機は墜落の危機に。冷静さを失わないウィトカーは決死の背面飛行を成功させ、不時着に成功するのだが……。
予告では大飛行機パニック映画かと思ったが、これがまさかの序盤で終了! 予告で見せすぎだろ、といういつものパターンかと思いきや、まったくのさわりだったので驚いたね。
冒頭からこれでもかこれでもかと示されるデンゼル演ずる機長のダメっぷりが最高! てっきり「まあお酒はちょっと飲んじゃったけど、あくまで飛行機のトラブルだから冤罪みたいなもんだよ」という大筋かと思いきや、前夜から飲みまくり! パイロットはスッチーとセックス三昧、という都市伝説は本当だったのか、という、乳と尻が画面を横切りまくるオープニングで、早速迎え酒と目覚めのコカインをキメる! あまりの酒の臭いに、馴染みの乗務員は苦笑い、初顔合わせの副機長は絶句。とどめに機内販売用のウォッカの小瓶を三本投入!
圧倒的なアル中っぷりで、事故を起こす起こさないに関わらず完全にアウトだろ!と突っ込んでしまう強烈さ。搭乗前にパイロットの呼気検査なんかはないのか……あるわけないよな……。
しかし、自動操縦にお任せして爆睡していたところに事故発生! たまにやる『トレーニング・デイ』『デンジャラス・ラン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120909/1347193667 )などのワルモードで酔っていたはずが、ここでいつもの『クリムゾン・タイド』とか『マーシャル・ロウ』の頼れるモードデンゼルに変身! テキパキとパーフェクトな指示と操縦を見せて、墜落必至の状況から奇跡の不時着をキメる! あ〜、あかん、安定のデンゼル。蘇る『サブウェイ123』、『アンストッパブル』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110111/1294725473 )……!
ワルデンゼルと頼れるデンゼル、一本の映画で両方楽しめるだけでお得というものですよね。しかし死者六名で抑えたものの、大事故は大事故、酒飲み飛行がバレたら本人は終身刑。セックスしてたスッチーまで子供を助けて死んでしまい、航空会社は大損害の危機。公聴会に備えて、組合と弁護士と組んで、何とかアル中の事実を隠蔽しなければならない。しかし、ワルデンゼルは、友達で組合員のブルース・グリーンウッドや弁護士ドン・チードルの言うことを全然聞かない! 一度はコカイン持ってきたジョン・グッドマンも断って、酒をやめる決心をするんだが、プレッシャーに負けてまたあっさり手を出す。ビールもウイスキーも全部流しに捨てたのに、また買ってきたりしてもうどうしようもない。
同じ病院に担ぎ込まれていた麻薬中毒の女と仲良くなるものの、彼女が麻薬から立ち直ろうと努力しているのに対して、自分は中毒ではない、好きで飲んでいるんだ、と全然自分を認められない。だが、そんなこと言ってるのは自分だけで、別れた妻も、息子も、誰もが彼をアル中だと知っている。中毒患者の集まるセミナーに行くのだが、一人だけ仏頂面ですぐに帰る! 登壇した人の「私はずっと嘘をついてました」という告白が、グッサグッサと胸に刺さる……。
今回、こざっぱりして超頭良さそうなドン・チードル弁護士が素晴らしい手腕を発揮して、どんどん証拠をもみ消して行き、こんなめちゃくちゃなのに公聴会は結構有利な見通しになってくるんだね。デンゼルも、おまえは監視されているぞ〜と脅かされてたのに、結構バレバレな行動を取ってるんだが、どうやら大丈夫らしい。
全然電話に出ない元嫁のところへ怒鳴り込むが、息子と二人がかりでアル中呼ばわりされて、けんもほろろ。玄関入ってすぐのところで怒鳴り合い、追い出されて外へ出たら報道陣が……。
ここで再び登場するデンゼル”頼れる”ワシントン! 変身!とか声をかけてそうな見事な変わり身。「家族を巻き込みたくないので」とか何とか沈痛な面持ちで語る! 演技力がガンガン発揮されて、見事にその場を取り繕ってしまうのだが、これも俳優デンゼル・ワシントンのパブリック・イメージを考えながら観るとなかなか面白い。どっちのデンゼルが本当? いや、どちらも同じ人間なのだ。だが、人間は常にペルソナを使い分けて生きているのだ……。
テレビに映ったことで友達に散々怒られ、ついにデンゼルは彼の家にこもって完全断酒を決行! 公聴会まではあと10日だ! 組合員の友達ブルース・グリーンウッドとドン・チードル弁護士が、ここに来てコンビのようになり、水も漏らさぬ完璧な公聴会対策を伝授する。すでにアルコールが検出された血液検査の結果ももみ消し済み、あらゆることに対して反論を用意。あとは一晩ホテルに缶詰して、公聴会の朝を迎えるだけだ……。高級ホテルの一室を用意し、冷蔵庫にソフトドリンクを満載して、準備万端! 缶詰された部屋で水飲みながらステーキを食べるデンゼルのしょぼくれた顔が最高でしたね。
ああ、しかし天がここでまたしても悪さを……。いやあ、完璧なはずの計画が崩壊する瞬間って、なんでこんなにワクワクするんでしょうかね。なんと隣の部屋に通じる扉に鍵がかかっておらず、デンゼルはアルコールがぎっしり詰まった隣の冷蔵庫の存在に気づいてしまう〜! ここのゼメキス演出のハラハラ感が最高で、ちっぽけな小瓶一つが全てを崩壊させる危険を秘めていることを、嫌という程煽るのだね。デンゼルは一旦はその小瓶の栓を開封するも、置いてその場を立ち去……ってなかった〜っ!
豪遊っ……! デンゼル、豪遊っ……!
組合&弁護士コンビが、朝なのに出て来ないのを不審に思って踏み込んだところ、部屋中に酒瓶の山! 全ては終わった……! トイレで頭から血を流して熟睡中のデンゼル。いったい何をどれだけ飲んだらこんな状態になれるのか、まったく意味不明なぐらい部屋が無茶苦茶になっていて爆笑もの。しかし公聴会はおじゃん決定で、コンビは顔面蒼白。だが、そこでジョン・グッドマンがコカインを持って再登場! これを吸えばシャキッとするぜ、という吸い方。立ち上がり、グラサンでキメて出撃するデンゼル……!
冒頭で飛行機パニックがあったんだから、クライマックスでももう一回飛ばないと映画にならないんじゃないの、と思っていたが、この公聴会の前のシークエンスが、フライト前の展開をよりスケールアップさせてなぞっているのだね。より酔い、より多量のコカインを吸入し、さあ公聴会! ここでまたも姿を現す、頼れるデンゼル……! すべての質問に淀みなく答え、一時の危惧はどこへやら、あのフライトの時の再現のように、真顔で平然と、まるで人格者のように振る舞う。段取り通り、あとわずか……。
……だったんだけど、本当に最後の最後の質問で、言い淀む。機内でウォッカの小瓶を開けたのは、事故の時に死んだスッチーだったのか?と問われて……。いや〜、あのオープニングで乳と尻を延々と映すのが、最後にまさかつながってくるとは思わなかった。冗談ぽく言って一笑に付されてたけど、結婚まで口にしてたぐらいには情もあった。彼女にも同じアル中の前歴があった。もちろん実際は彼女は酒を飲まず、子供を助けて死んだ……。
良心、と言うと単純なんだが、コカインによって治められていた荒ぶるワルデンゼルと、どんなに酔っていても着実に任務を遂行してきた頼れるデンゼルが、数十秒の間に凄まじい葛藤を繰り広げたのが目に見えた。「もう一回お願いします」「すいません、もう一回聞いて……」無論、質問自体は聞こえていたんだが、答える取っ掛かりが欲しい時ってあるよね。自由と、名誉と、会社の損害と信用、すべてをかなぐり捨てる時がやってきた……!
完璧な計画が崩れ落ちる瞬間がまたしても訪れ、ドン・チードルは茫然、ブルース・グリーンウッドが裁判でもないのに異議ありと絶叫……! ここまでお膳立てしてきてこの結末、いささか同情を感じないでもないところではあるが、この公聴会シーンに至って、彼らがヒソヒソと悪巧みしてる悪役に見えてきていたこともまた事実。かつて情を通じ、あんだけ乳と尻をお楽しんだ罪もない女に死人に口なしとすべてをおっかぶせる、このあまりに破廉恥な行為だけは自分に許すことができなかった。争いの果てに二人のデンゼルは統合され、たった一人、ようやく自分を認めた本当の彼が姿を現す……。
「わたしはアル中です。今も、酔っ払ってます」
やだ、なにこの人、カッコいい……。うーむ、どんなに無様でみっともなくとも、あるがままの己を率直に認めることはなんとカッコいいことなのであろうか。呆れるほどの自己欺瞞の果ての嘘は、自らの本当の姿を隠蔽するために他者を歪め傷つけることにつながる。人を傷つけるよりは、己をさらけ出そう、という……。
最初から最後までダメな人の話かと思ったら、クライマックスはまさかの感動だからびっくりですね。しかし、たかがアル中男の話なんだから、枕は別に自動車事故かバーでの喧嘩かなんかの話で良さそうなところを、一大飛行機パニックにしちゃったあたりが意味なくてすげえ! デンゼルの演技から、ゼメキスのサスペンス演出、すべて堪能しましたよ。
しかしちょいと見方を変えれば、背面飛行も、最後の告白も、「酔った勢いがあったからできた」ように取れないでもないところがまた怖いね。酒は恐ろしい! 身を滅ぼしますよ!
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