"それでも私はやってない"『声をかくす人』


 リンカーン映画ラッシュ!


 南北戦争終結直後、劇場で観劇中のリンカーン大統領が暗殺された。主犯の俳優は逃亡中に射殺されたが、共犯者と目される者が次々に逮捕される。その中に、容疑者たちによって共謀が為されたと見られる下宿屋の女将、メアリー・サラットがいた。一味と思しき彼女の息子は未だ逃亡中。北軍の英雄の一人で弁護士になったエイキンは、恩師であるジョンソン議員からメアリーの弁護を頼まれる。リンカーン暗殺犯に怒りを燃やすエイキンは、彼女を一味と決めつけ最初は断っていたのだが……。


 ご存知『リンカーン 秘密の書』と、来年のスピルバーグ監督作『リンカーン』も控える中、ミニシアターではこのロバート・レッドフォード監督作が公開。『秘密の書』を先に観ていると、暗殺シーンで「ヴァンパイア・ハンター、勝ったからって油断し過ぎやろ!」と壮絶に突っ込める一本であった。


 マカヴォイが正義感溢れる弁護士、なのかと思ったら、「有罪に決まってますよ。死刑でいいんじゃないっすか?」とまるで現代人のようなやる気のなさを見せるから笑った。いやいや、いつの時代も若者の方が諦念が先走っておるのかもしらん。しかしながらブツクサと「勝てるわけねえじゃん」と文句いいながらやってる内に、敵のあまりに卑怯でせこいやり口にむかついてきて本気になってくる、というまったく正しきフォーマット。
 しかしまあヒステリックなナショナリズムと、「吊るせ」コール。それを支える事なかれ主義。どこの国もいつの時代もいっしょだね、と思うと共に、だからこそレッドフォードも今この時、リンカーンにかこつけてこれを問いたかったのだろう、という気がします。「IPアドレスが一致したってだけで逮捕するのか!」と怒る声が聞こえて来るような気がするよ。


 容疑者が南部の人で、マカヴォイの演ずる弁護士が北部の軍人ということで、最初から溝が横たわっていて、全然チーム感が生まれない。娘も協力的じゃないし、息子は冤罪じゃなくてほんとの犯人グループ臭いんだけど母親はそれを庇っている、という複雑さ。そりゃあなんでもペラペラしゃべれんわな。意志の疎通が進まない中で弁護するマカヴォイ、相手は嘘上等、捏造上等、しかもそれが裁判官と陪審員によって全部スルーされるという最悪の状況。この孤軍奮闘っぷりが面白い。映画じゃバディ感、チーム感が生まれていくのが定番だが、今作では頭じゃ理解や協力が必要、有利だとわかっていても、どこか内心にそれを拒否してしまう感覚が最後まで残る。おそらく実際の裁判でも被告と弁護士の断絶なんてよくあることで、互いの思惑がずれていくことなんて珍しくもないだろう。さらに、生まれや政治状況によって形成された、文字通り骨絡みの断絶が解消されない。その不快さは決して消えない。
 だけど、それでも法と人権を守るために戦うのだ、やり抜くんだという、大人としての決意。実話であるからして、結末は当然苦いが、絶望をバネに戦い続ける姿も描かれる。


 ケヴィン・クラインが実に救いのない役で出ていたり、『処刑人』ことノーマン・リーダスが実行犯として処刑される役だったりしたのも面白かったね。そして『ギャラクシー・クエスト』のオタクことジャスティン・ロングがピアノ弾いて歌っておったよ。ちょっと儲け役になり損ねた感じでもったいない。
 ロビン・ライトが一ヶ月飯食ってない割には元気そうだったのがちょっとマイナスかな〜。そして、最初聞いた時はいい邦題じゃないかと思ったこの『声をかくす人』ですが、全然黙秘もしてなかったから驚いてしまったよ。まあ秘密がある、ぐらいの意味なんだろうが、外してるな。


 新味はないが骨があって真っ当で、傑作とは言わないが観て損のない一本でありました。