"座って、目を見て、私と話そう"『リンカーン』
スピルバーグ監督作!
4年間続き、未だ収束の気配を見せない南北戦争……。奴隷解放を宣言した時の大統領リンカーンは、黒人の解放のため憲法を改正すべく、下院での議決を勝ち取ろうとしていた。だが、民主党による反発は激しさを極め、賛成票がまだ二十票近く足りない状況に置かれていた。危機的な中、リンカーンの下した決断とは……。
『声をかくす人』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20121110/1352521599)、『リンカーン 秘密の書』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20121113/1352802574)に続いて、ついに大物が登場です。アカデミー賞でも主演男優賞をゲット! 最初は渋ってたけど、デカプーにプッシュされて出演を決めたというダニエル・デイ・ルイス、いやはや、さすがの熱演ですな。全身特殊メイクしたような出で立ちでリンカーン大統領になりきっております。もはや本人は原型さえ留めておらぬ……。
トミー・リー・ジョーンズのヅラやら、見たような顔ぶれが大量出演した俳優陣のせいで、実は物凄くコスプレ感覚に溢れているのだが、名も無き死体の積み重なる戦場の美術や、ヤヌス・カミンスキーの自然光を活かした撮影で絶妙なまでのバランスを取っている。史実と映画の嘘が交錯するダイナミズムを堪能しましたよ。
そんなリンカーン大統領の人心掌握術が芝居がかり過ぎてて、「座って相手の目線で離す」「去り際に肩に手を置く」「立っている→横のテーブルに座る→椅子に座って正面から目を見る」などなど、さりげなく相手の心をつかむテクニックがあざとい! まさにカリスマですね。カリスマとは「一対多の状況の中で、自分に対して一対一だと錯覚させる人」と言いますが、「大統領はオレの事を見てくれてる!」「私を必要としてくれてる!」と思わせてしまうテクニック。
……だけどそれこそが、黒人差別という問題、アメリカ社会の問題、人類の未来という問題にコミットするか、という事に大きく関わっているのだね。積極的に黒人を蔑視するのではなくとも、今行動しない人、自分が参加しても世の中は変わらない、あるいは参加しなくてもなるようになる、なんて思われている状況もまたリンカーンの敵で、何かを変えるためにはそういった事なかれ主義……それは決して中立、フラットなものではなく、差別を放置する現状を追認するもの……を動かさなければならない。そのためには一人一人に丁寧に問いかけて行くしかないということ。
理念を声高に連呼する事よりも、政治的な譲歩や腹芸が必要……ということももちろんあるだろうが、下院の議場に集った百数十人の議員たちは、そうした我々一人一人の代表であり、リンカーンは彼らを通して当時の人たち一人一人に問いかけた。またこういう多くの人が一度に見る映画という媒体を通して、今も我々に問いかけ続けている、ということなのであろうな、と思いましたよ。
でもそんな問いかけと矛盾するのが、息子JGLに対しての態度ということになるんだよな。北軍に入って戦うこともまた、この時代における行動の一つであり、それを縛らねばならない、という相反する行為……。
序盤の説明シーンでは見事に寝ましたが、去年の『戦火の馬』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120310/1331372673)よりはずっと面白かったなあ。JGLの影の薄さ含め、犠牲になった家庭生活においても粘り強くバランスを取り続けたあたりの描写も良いですね。サリー・フィールドも本物に似過ぎでした。メアリー・エリザベス・ウィンステッドは似てなさ過ぎ。カミンスキー撮影も最高で、JGLが大量の生足、違った、切り取られた脚だけを目撃するシーン前後の、逆光を受けるあたりの美しさ……。
文句のつけようもない偉人を巨匠が撮った大作……ということで、はいはい、そりゃあいいに決まってるでしょ、という感もあるし、別に好きな映画ではまったくないが、たまにはいいんじゃないでしょうか。
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