"その遺体を得る者が頂点に立つ"『レイン・オブ・アサシン』


 ジョン・ウー監督最新作!


 かつて中国に渡り、そこで即身仏となった聖人・達磨。死の直前に奥義を生み出したと言われる彼の遺体を手に入れた者は、武術界の頂点に立つと言われる。暗殺者集団・黒石もその力を追い求め、分断された上半身を略奪する事に成功。だが、組織の女暗殺者・細雨は組織を裏切り、その遺体を奪い取ると姿をくらませる。それから数年、顔を替え、市井に潜む彼女の元に、追跡者が迫る……!


 かなり壮大な話かと思いきや、冒頭に出てくる暗殺シーンで、ほぼ登場人物はすべて。中核となる暗殺者集団も一枚岩ではなく、じょじょに登場人物それぞれが違う思惑を見せ始め、分裂していく。組織内部の人間模様が物語の中心だ。後々明らかになるのだが、そもそも首領役のワン・シュエチーさんからして、非常に私的な裏の目的を抱いている。昼の姿と正体、顔と声を隠し、力と恐怖で人を支配する男。そんな人間の下につく者も、忠誠心溢れてるわけがない。ケリー・リン→ミシェル・ヨー演じる主人公の裏切りを皮切りに、それぞれが動き出す。


 それまでの生き方に不満や悔恨を抱え、違う人生を歩みたいと願う者たち。そのきっかけとなる物こそが「達磨のミイラ」。偉人の遺体を追うと言えば『スティール・ボール・ラン』も記憶に新しいところだが、今作の遺体も物理的な力と象徴的な意味合いを兼ね備えている。上半身と下半身の二つに分かれていて、両方を手に入れなければ意味がない。


 この遺体をめぐってそれぞれの思惑も交錯し、ある者は自由、ある者は富、ある者はその物理的な力を求める。 遺体に秘められた力は、達磨が編み出した気功であり、その統べるものは驚異的な回復力だ。地位や権力、名誉、財力なんかに比べて肉体の問題というのは小さなことに考えられがちだが、それは「持てる者」の感覚でしかなく、一部の機能を失った者にとってはとてつもなく重要な問題。もとより人間は自分の肉体を通してしか世の中と関われないのだから……。しかしながら生者たる自らの肉体の問題を解消すべく死体を追う、という行為が、「それよりもまず生き方を見直せ」というテーゼに否定されるのは、残酷ながら真理であるか。
 それは顔を変えて新しい人生を手に入れようとする主人公ミシェル・ヨーにしても同じことで、必ず過去が追いかけてくる。自分の今までの人生を否定はできないし、周囲もまた決して許さない。


 相変わらず3~4番手役という感じのショーン・ユーなんだが、今回は内心違和感を覚えつつも、組織とボスに尽くすことを選ぶキャラクター。ブラック企業的な組織が軸になっているのだが、裏切り者が続出する中、家族がいるがためにそこを離れることも選択しきれない。
 組織を裏切ったミシェル・ヨーの後釜として選ばれたのがバービー・スー演じる殺人花嫁で、こちらはお色気担当。これもある種の身体性の表現と言ってもいいかな。男を求め男に求められることを生きがいとし、シュエチーさんにも求められたい。それによって安心を得たい、逆に支配したい……彼女だけはあまり遺体を欲していないのは、その美貌と肉体に自信があるゆえの傲慢からでもある。
 そして終盤にその正体が明らかになるシュエチー演じる輪転王もまた、遺体に取り憑かれて強烈にそれを欲している。組織も、部下も、その最終目的の道具でしかない。唯一、バービー・スーのキャラクターのみをその後の「報酬」として求めているのだが……。


 正直、悪玉のキャラクターの方が面白く、ミシェル・ヨーチョン・ウソンら主人公側のキャラクターがむしろ薄く感じた。特にお坊さんのキャラが何か都合よすぎで、愛やら武術の弱点やらみんな教えてくれた挙句に死んでしまうという、アイテム的な存在に。死体に執着する悪玉側のキャラクターに対して、今生きる生や現世的な幸福の大切さを表現するはずのキャラクターたちなわけだが、夫婦愛にせよ少々綺麗綺麗過ぎて、生身の狂気とでもいうべき妄執を掲げたシュエチーらの方が優位に見える。終盤に来て愛ゆえの自己犠牲の境地に辿り着き、執着するしかない者らを倒す、という流れは美しいのだが、そこに行き着くまでの描写には少々不満も残った。

 とはいえ、豪華キャストのワイヤーチャンバラを堪能し、毎度ながらのキメキメな映像美も味わった。各キャラの見せ場も存分に楽しめるし、香港映画ファンには楽しい映画である。

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