イグナショフ「ベスト&ワーストバウト」ワースト5編

 続いて、ワースト5編をお送りします。
 振り返るだけで屈辱的な思いがこみあげてくるこれらの試合。そんな感傷を捨てるために書きました。

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第5位 2003年東京 VS ピーター・アーツ

http://www.youtube.com/watch?v=PomQj_iZseo
http://www.youtube.com/watch?v=wbvL1u57L40

 パリ予選、福岡、大阪、KO4つを含む5連勝……。2003年、レッド・スコーピオンの破竹の勢いは止まる気配を見せなかった。抽選により、決勝大会の初戦は、全盛期の勢いがないと言われて久しく、自身でも2002年に一度下しているピーター・アーツ。誰もがイグナショフの勝利を疑わなかった……そこで我々は、信じられない光景を目撃することになる。

「なんにもできない! イグナショフがなんにもできない!」

 そこにいたのは、大阪までのアグレッシブな戦いぶりはどこへやら……本戦の9分間のあいだ、消極的に立ち回り続けるレッド・スコーピオンであった。温厚そうな見た目に反し、気が強い。練習の虫、勝利に貪欲……。そんなそれまでの認識を、一瞬にして覆す、それほどに衝撃的な姿だった。手も足も出ずピーター・アーツのヒットアンドアウェイに翻弄され、何ラウンド経過しても何の攻め気も見せないその姿……。決定打こそ受けなかったものの、手数で圧倒的な差をつけられながらの延長戦……。みっともないお情けのような延長戦でも何も出来ず、優勝候補筆頭と言われながら、この年、イグナショフはベスト8で消えることとなる。

 イグナショフファンなら、検索をしていて一度はこのインタビュー記事をご覧になったことがあるだろう。

「俺がアーツに負けた理由」

 そう、あれは何かの間違い、とんでもないアクシデントの産物だったのだ。ファンはそう信じた。だが、これ以降、イグナショフがグランプリ決勝の舞台に姿を現す事はなかったのだ。


第4位 2008年オーストラリア VS グレゴリー・トニー

http://www.youtube.com/watch?v=Hr0ENyQc4JA

 な、なんということだ! イグナショフが翻弄されている!? コンビネーションでローキックとアッパーを立て続けに浴び、自分の攻撃はことごとく空かされている! もう立っているのがやっとだ……。ここまでイグナショフに技術で差を見せつけるとは何者? さてはアーネスト・ホーストか? 違う! 世界最強のドアマンだ〜っ!

 2006年、予選大会で二度に渡り敗退、ニュージーランドに渡った彼は、オセアニアで旗揚げされたKOワールドシリーズに参戦する。K-1のベスト8ファイターとして知名度を集めていた彼に、プロモーターはエースとしての期待をかけた。トーナメントの一回戦の対戦相手はグレゴリー・トニー。ヨーロッパでは中堅選手であり、かつてイグナショフが判定でかわし切ったアレクサンダー・ウスティノフに、二度に渡って完敗している選手である。戦績を考えれば、怖れるような相手ではなかった……。
 だがしかし、試合内容は目を覆いたくなるようなものだった。堂々と攻め込んでくる相手に対し防戦一方。前戦でアティラ・カラチを葬った左フックも空を切り、得意のディフェンスワークもまるで通用せずに滅多打ちの憂き目にあう。勢いをつけたトニーはそのまま優勝を飾り、KOワールドシリーズ自体も一年で消滅。イグナショフは再び戦いの場をヨーロッパに求める事になる。


第3位 2004年東京 VS ガオグライ・ゲーンノラシン

http://www.youtube.com/watch?v=jESZEH2T4Pw
http://www.youtube.com/watch?v=B9nDDYeRx3g

 毒針伝説第三章……! アーツ戦での敗退の汚名を返上すべく、2004年のイグナショフの戦いは、快進撃で幕を開けた。まずは総合戦でスティーブ・ウィリアムスをニーリフトで血祭りに。同じく将来を嘱望されていたカーター・ウィリアムスとの若手対決を制し、現王者レミーを破っているシュルトを圧倒。中邑との総合戦では敗れたものの、それさえもK-1に専念するいい機会になると思われた。名古屋ではボクサーとの対抗戦に臨み、相変わらずの強烈なローでアーサー・ウィリアムスを一蹴。ウィリアムス三人を刈り取って、グランプリ制覇への足がかりに。
 ここまで、アーツ戦のような消極性は影さえ見られない。悪夢を払拭し、敗北から学んでイグナショフは復活したのだ……。誰もがそう思った。開幕戦の相手は、わずか78キロのムエタイ戦士、ガオグライ・ゲーンノラシン。この年から始まった、既存の予選とは比較にならないとさえ言われた低レベルなアジア予選を制して出て来た中量級の選手。まずベスト8には悠々と進出すると思われた。

 だがしかし、そこに思わぬ落とし穴が待っていることを、誰が予想したであろうか……。
 115キロという緩んだ身体で来日した彼は、動きまわる軽量ファイターについていけず、飛び込み様の打撃をいいように浴び、自らの攻撃はことごとく空かされた。「ロシアのニセムエタイは、本物のムエタイに遠く及ばない」……そう言われても仕方ないような、それは技術の否定であった。そして、アーツ戦に続きまたもお情けの延長……。必死になって前に出たイグナショフだったが時すでに遅し。会場の空気も、大きな相手に果敢に立ち向かうムエタイ戦士に支配されていた。結果はスプリットの判定負け。ボタに敗れたバンナと共に、番狂わせを演じてしまうこととなる。

「太ってしまったんだもの」

 試合後、涙目でそう語った彼を指して、こんな渾名がついた。「デブナショフ」……。


第2位 2008年韓国 VS ユ・ヤンレ

http://vids.myspace.com/index.cfm?fuseaction=vids.individual&VideoID=53834447

 え? 誰? これ……。失礼な、何を言ってるんですか! ちゃんとK-1に出てるファイターですよ! 

ユ・ヤンレ プロフィール

 日本の若手二人と戦って、しょっぱい試合を展開し、共に敗れている選手。立ち技において日本より後進国である韓国の、日本と同じく層の薄いヘビー級の選手、世界基準で見ればまったく大したことのない、下の方の選手ですね。これ以前には新日本キック全日本キックにも出場経験があり、あの内田ノボルにもKO負けを喫しています。

 しかし、そんな彼も、K-1で世界第3位になったこともあるほどの選手に対し、判定2-0の接戦を繰り広げた経験があるのだ……。対戦相手はヤンレのプレッシャーに必死に対抗し、膝を突き上げるもののクリーンヒットを奪えない。パンチをもらって下がる場面も……。終了のゴングを聞いて、そこまでの戦いの苦しさを物語るように両手を突き上げたその選手は……イグナショフだ〜っ!
 グレゴリー・トニー戦での完敗後、アジアでの復帰戦。K-1では低レベルなアジア予選にエントリーするのがお似合い(翌年参戦し一回戦敗退)の選手に対し、ぐだぐだの泥仕合で勝利し大喜び。見ながら、もうやめてくれ!と言いたくなるような姿であった。もっとも、ここからブレギー、ポトラックと三連勝し、本人的にはなにか切っ掛けをつかめた試合だったのかもしれない。
 ワーストバウト中、唯一の勝ち試合だが、勝っても素直に喜べなかったのを覚えている。


第1位 2006年オランダ VS グーカン・サキ

http://www.youtube.com/watch?v=exRrN0tg4c0
http://www.youtube.com/watch?v=Rs4_tdHW2S8

「まるで蛇に睨まれた蛙ですね」

 解説の谷川Pが1ラウンド終了時、対戦相手のサキを評して言った台詞である。
 今でこそベスト8〜16の選手であるサキだが、当時は日本では無名。この予選でもリザーバーとしてのエントリー。体格も出来ておらず、スーパーヘビーのイグナショフと対峙すると、ガオグライほどではないがまるで大人と子供であった。一回戦、ボンドラチェックを仕留めたイグナショフが、ここもあっさりと片付けて決勝に進出する、と思われた。
 だが、上記の台詞で、まさかイグナショフが蛙の側であったとは……!

 ペチッ……ペチッ……

 試合は終始この効果音に支配されていた。サキがローを蹴って下がる、回る、この繰り返しだ。イグナショフは追って行かない。いいようにこのローを浴び、徐々に脚が鈍っていく。幾度かあったサキが近い距離に入って来たチャンスも、漫然と見送る。

 ペチッ……ペチッ……

 待ってるだけ……様子見なだけ……そう信じていたファンの前で、イグナショフはローを受け、ハイキックをかわして下がり続ける。

「ナイススウェー」

 褒めるところがなくなった谷Pが、こんなことを言い始めた。

 ペチッ……ペチッ……

 刻一刻と流れて行く時間……。襲いかかるデジャヴ……いや、既視感なんかではない。あの時と同じだ。アーツ戦と全く同じ、何の闘志もなく、ただ時間が流れるのを待っているかのような無気力ファイト……。

 ペチッ……ペチッ……

 ついに最終ラウンド終了のゴングが鳴った。判定を待たず、コーナーに駆け上がって歓びを露にするサキ。この数十分後には、ブレギーによって紙細工のように叩き潰される彼に、イグナショフは何も出来ずに敗れ去ったのだった。
 不可解な失速……だが、「またか」と思った時点で、もう終わりだったのだ。アーツ戦の敗北は何かの間違いではなかった。この無気力さは、この選手の魂の部分に刻みつけられた、消えることなどありえないものだったのだ……。

 そしてさらに4年後、念願のK-1復帰のかなったバダ・ハリとのメインイベントで、我々はまた同じ光景を目撃する事になる。
 彼が現役を続ける限り……我々は必ずや、このような無気力試合を目撃することになるだろう。何を求めているのか、何のためにリングに上がるのか、何も伝わらないもはや「戦い」とも「試合」とさえも呼べない何かを、何度も何度も、見る事になるだろう。裏切られる度に期待は摩耗していく。僕はハリ戦を見てももはや、「ああ、またか(苦笑)」としか思わなかった。

 きっと5月の予選もまた……そんな光景を見る事になるんだろうなあ……。

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