『さえずる舌』明野照葉

さえずる舌 (光文社文庫)

さえずる舌 (光文社文庫)

 新進気鋭の産業カウンセラーとして活躍する友部真幌は、新たなスタッフとして、知性、美貌など全てに優れた存在である島岡芽衣を加える。
 優秀な彼女の働きによって、順調に売り上げを伸ばすオフィス。だが、徐々にスタッフの間に奇妙な歪みが生じて行く……。


 計算とも功利ともつかない虚言癖に、心理を読めるはずのカウンセラーが翻弄される……という非常に繊細なストーリー。曖昧な読後感を残して終わるのだが、その曖昧さにこそ意味がある。得体の知れないものを最後まで理解できなかった、という敗北感、徒労感に今作の恐怖の根源がある。
 そのテーマを表現するために、ホラー・サスペンス小説としては恐怖を煽るべきところをわざと弱めている感あり。犯人側の心情を描いて「モンスター」なのか否かと問いかけを残す。犯人と同種の人間がもう一人登場し、「モンスター」は複数いて、「今そこにある危機」はまだ続くことを中盤から示唆する。主人公側の反撃はおおむね功を奏することなど、相手は完璧な敵ではない、などなど……。


 ある意味、娯楽性を捨ててこういう表現をしているわけだから、もう少しテーマに切り込んで欲しかったな、というのが印象。ややもったいない。ただ、これ以上を書ける作家ではそもそもないのかな……。