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”思い出せ”『手紙は憶えている』(ネタバレ)


『手紙は憶えている』予告編

 アトム・エゴヤン監督作!

 認知症の進行する90歳のゼブは、妻のルースが死んだことさえ起きるたびに忘れている。老人ホームで暮らす彼は、友人のマックスから手紙を託される。そこには、妻の死後にゼブ自身がマックスと共に誓ったことが書かれていた。自分たちの家族をアウシュビッツで殺した男がアメリカに渡りまだ生きていること、その男「ルディ・コランダー」を見つけ出して殺すということ……。

 『白い沈黙』はそんなに悪くなかったと思うが、『デビルズ・ノット』はキレがなかったなエゴやん。果たして今回の新作は……?

chateaudif.hatenadiary.com
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 クリストファー・プラマーマーティン・ランドーブルーノ・ガンツということで、すごい老人だらけのキャストだ! 認知症でヨタヨタしていて、妻の死も覚えていないクリストファー・プラマーと、頭ははっきりしてそうだけれど車椅子でのそのそとしか動けないマーティン・ランドーの二人が、立案と実行に分かれて復讐計画を遂行する、というある意味『ミラクルカンフー阿修羅』的なお話ですね。

 動けるプラマーさんは、寝て起きたら記憶が飛んでしまうので、作戦計画を事細かに書いた手紙を持たされている。起きてまず「君の妻は死んでいて……君は認知症で記憶が長続きしなくて……君はこれから我々の家族を殺したルディ・コランダーという男を殺しに行くのだ……」というのを毎回読み直すことに。
 一応出歩けるし、起きてしばらくしたらしっかりしてくるのでまあ行動はできるけど、うっかり電車や風呂で居眠りしたらまたやり直し。とても認知症の老人が出歩くとは思えない他州やカナダまで出かけることに……。標的であるルディ・コランダーという名でドイツから入国した男は四人いて、二人が仇と狙う男、アウシュヴィッツのブロック長だったオットー・ヴァリッシュという名の男は、その中の一人だけ。順番に回って若い頃の写真と突き合わせて、本物だけを殺さなければならない。

 マーティン・ランドー演じる車椅子のマックスが、あらかじめクリストファー・プラマーのゼブに仇敵の写真を見せている……のだけれど、それは観客には開示されない。四人巡るにあたって、出会ってすぐ観客が「こいつじゃない」と思ってしまわないために間を持たせる……という演出ではなく、実際は写真を見られるとまずいことが何かしらあるのだろう、ということは想像がつく。

 そうした点など、伏線含め、丁寧に描いているが故にオチは読めてしまうのだが、そのオチに向かって進むクリストファー・プラマーの演技と演出プランの精緻さが見事で、その転がし、揺さぶりっぷりに心地よく浸れる。




<ここからネタバレ>

 終わってみれば、原題の『Remember』が全てだったな。ラストのタイトルの出方に痺れる。

 穴も多い計画なのだが、もし仮に成功しなくともタイトル通り、マックスさんにしてみれば、彼が「思い出し」さえすれば、それでよかったのかもしれない。本当に許し難かったことは、忘れていることだったのかもな……。もっとも憎い相手が、同胞を装ってのうのうと生きているだけでなく、過去の罪を忘れ去って、記憶まで失って、あらゆる意味でユダヤ人に「なり切っている」ことこそが許せない。家族を、仲間を殺した男が新しい家族を持ち、その口でユダヤ人である妻への愛を語ることが、何よりも許せない、絶対に……。老い先短いとしても逃しはしない、最後に思い出して、自分の罪を数えてから死ね!

 二人目のコランダーが同性愛者であることを告白したことで涙にくれて謝ったり、もはやゼブはかつての若きナチではなく、それなりに現在の価値観をも身につけ、ある意味善人になっているとも言えるし、認知症によって人格そのものが消えていく『アリスのままで』的なテーマに触れているとも言える。一方で、ピアノを弾いた時に何やら酷薄な印象が戻って来たりと、名前、入れ墨、人種の詐称、戦後の長い年月、そして認知症によっていくら人格が書き換えられても、やはり残っているものがあるのでは、とも思わせる。

 展開からして、標的を殺してから逮捕されたり、思い出したはいいが失敗したり、様々なパターンがあり得るし、劇中の展開は100回やって1回たどり着くかもしれないぐらいの結果なのだろうが、仮に結果がどうなろうとも、仕掛けずにはいられない、それだけの凄まじい憎しみと執念を込めた乾坤一擲の策だったのだろうな、と思う。可能性がわずかであろうとも、何もしないままお互いに死ぬことだけは絶対にありえないのだ、と……。

 ナチ信奉者の息子の下りで、実にカジュアルにユダヤ人差別が温存されている現在のアメリカにも触れているし、個人の復讐心に止まらない歴史の一端が垣間見え、さらっと描いてるようで重層的なテーマがちょいちょい浮かび上がってくる。さらに演出と演技の切れ味も堪能できる、非常に良い映画でありました。

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