"君から見ればそういう風に見えたかもしれないけれど僕の解釈では"『フレンチアルプスで起きたこと』(ネタバレ)


 スウェーデン映画!


 トマスとエバのスウェーデン人夫婦は、二人の子供とともにバカンスにフランスまでやってきた。仕事の忙しいトマスの、たまの家族サービスとなる五日間。だが、二日目の昼食どきに起きたある出来事により、家族は崩壊の危機を迎える……!


 かつての東南アジア沖の地震津波に見舞われたジェット・リー、自らの子供を抱えて二階に駆け上がって事なきを得た……というのは有名な話。かつて僕が古本マニアの集まりに参加していた時に「あの人は、阪神大震災の時に、子供のことよりも古本を守ろうとして離婚されてんで」と後ろ指を指されていた人がいたのは別に有名じゃない話。


 スウェーデンから遥かフランスまでバカンスにやってきた一家。夫、妻、子供二人。楽しくスキー三昧して、レストランのテラスで昼食を取っていたその時、雪崩が襲いかかってくる。日頃から人為的に起こしている小規模な雪崩が偶発的に大きくなったもので、レストランの壁面を直撃し雪煙を巻き上げたものの大きな被害はなし……。が、警戒する妻に対し最初は「プロの仕事だよ、大丈夫だよ」と言っていた夫が、雪崩が迫ってくると真っ先に逃げ出してしまったのであった。あああ……かっこ悪い……スマホだけ持って子供を放ったらかしてトンズラ……。
 さらに、雪煙の中、こそこそと戻ってきて、まるで何事もなかったかのようなふりをして飯を食い続ける。妻がカリカリしてると、「何を怒ってるんだよ〜」。これは……きつい……。


 妻は夫の情けない姿に直面した時、夫は妻の前で頼りない一面を見せてしまった時、その夫婦はいかにするのか……。


 当然、逃げ出した男が100%悪いに決まっているし、弁解の余地はない。ただまあ、正直言って災害に強いわけでもない平凡な男なんだから、当のジェット・リーが『ターゲット・ブルー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110908/1315402964)で言ってたことでもあるが、「訓練を受けていない貴方が、とっさに身体が動かず彼女を守れなかったのは仕方ないことだ」ということ。
 幸い、子供の身に何かあったわけでもない。仕方ない、弱くて臆病な男なんだ、ごめん。次は努力する……とまあ、ありのままを受け入れてさっさと謝ってしまうのが、もっともましな方法だと思うのだが、残念ながらそれが簡単にできたら苦労しないのである。それが男、夫、父親という、日頃から権威たらんとしている生き物の性なのだ……。


 「あなた、逃げたよね」と事実を突きつけられているにも関わらず、「いや、それは見解の相違だ」「起きたことをどう解釈するかだ」などと、それを認めずに愚にもつかない詭弁を弄するあたり、まさに最悪の悪手である。そうしてプライドを守り、なんとか現状の関係を維持しようとするあたり『ビッグ・アイズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150130/1422618310)や『オン・ザ・ハイウェイ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150724/1437751437)なんかも思い出すところ。しかし、無理な理屈をこねて相手に理解を強いても、それはより怒りを買うだけである。


 一向に逃げたという事実を認めようとしない夫に対し、妻はショックを隠せない。対比として、同じ人妻だが家族を人任せにして浮気バカンスに来ている女を登場させ、会話の中でこの妻の真面目な性格を強調する。「家族に対しての責任」がある……それは自分だけでなく、当然夫にも適用される。彼のしたことは、それに背く行為なのだ。その裏には、自分の描いていた「夫や家族に恵まれていないから、わざわざ浮気している女」に対する優越感のようなものもあったのではないか……?


 認めない夫に対し、妻は人を巻き込んで客観的な目のある場所で白状させようとし、ついにはスマホの映像という動かぬ証拠まで突きつける。つまらない屁理屈をこねる夫を、それ以上の理で持って粉砕する。
 かくして、夫の権威とプライドは粉々に打ち砕かれる。逃げ出した男にはそもそも正義も理もないのだから当然の結果であり、いずれこうなることは目に見えていた。だからこそ、夫は傷口が深くなる前に降伏すべきであるし、妻も実のところここまで攻撃を加えることを望んでいたかどうか。100%の理があるのだから、追い詰めていけば必ず勝つが、その結果として今の関係性、つまりは結婚生活をも破壊することにつながりかねない。本来なら、そこに至るまでに「落としどころ」を探さねばならなかった……。


 追い詰められた夫は、ついにプライドも何もかも投げ捨て、「ぶえーん、僕は情けない男だよう、こんな性格、自分でもいやだけど、逃げられないんだよう」と妻子の前で泣きじゃくる。いやあ、やっと素直になれたね……と言いたいところだがあまりにも泣きすぎで完全に幼児帰りしている。夫の権威を打ち砕かれた男は、妻を母へと昇格させることでその保護下にある子供となり、泣いて許してもらうのだ。


 そうしてあらゆる権威を失った夫に、再生の道はあるのか? 無論、ある。それは、今度こそ「男」を見せることに他ならない。吹雪の中でスキーをする四人。姿が見えなくなる妻。助けを求める声を聞いた夫は、二人の子供の前で妻を助け出す……。
 ……おお、何たる茶番。あまりに嘘っぽい再生の儀式。だが「頼れる夫に支えられた家族」というステレオタイプを再び取り戻すためには、この茶番劇がどうしても必要なのである。


 かくして短いバカンスは終わり、崩壊しかけた家族はどうにか四人連れ立ってフレンチアルプスを去ることになる。だが、帰りのバスで再び事件(?)が起きる。曲がりくねった急な下りで、バス運転手のたどたどしい運転に恐怖を感じた妻は他の乗客と共にバスを降りてしまう。浮気バカンスの女だけは残り、やがてバスは……そのまま走り去る。何事も起きない。
 冒頭の雪崩と対になったこの事件においては、危険のレベルは雪崩よりさらに低く、夫も逃げ出さない。ただ、妻のヒステリックな反応だけが強調される。夫は普段吸わないタバコをふかし、幼児帰りしてたのが反抗期の不良少年にクラスアップしたように見える。彼の頭には、こんな言葉が渦巻いてはいないだろうか。


「きみはいつも騒ぎすぎなんだよ」


 もちろん、これを言った途端にすべては再びぶち壊しになる。妻は雪崩の時の夫の醜態を永遠に忘れないだろうし、そういう意味ですでに「弱味」は握られている。だから夫は黙ってタバコをふかし、妻の間違った選択にも見かけ上の尊重を見せるという「落としどころ」に着地するのだ。これこそが夫婦であり、家族であり、それに縛られない浮気バカンス女だけが気楽に走り去っていくのが象徴的である。

フレンチアルプスのそよ風

フレンチアルプスのそよ風