”黒炭の街で”『薄氷の殺人』(ネタバレ)


 グイ・ルンメイ主演作!


 一人の男の屍体が、バラバラにされて15箇所の炭鉱で発見される。残った衣服から、炭鉱の計量係の男と断定され、担当刑事のジャンは配送に関わっていた兄弟の運転手に狙いをつける。だが、逮捕に際して容疑者たちは抵抗。ジャン以外の刑事を道連れにして死に、事件の真相は闇に消えた……。5年後、被害者の男の未亡人ウーの周辺で、またもバラバラ事件が起きる。被害者はウーと親密であったとの情報を受け、すでに退職していたジャンは首を突っ込む形で捜査に加わるのだが……。


 青春映画の傑作『GF*BF』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130331/1364614827)も記憶に新しいグイ・ルンメイ様ですが、今作では未亡人役です。うーん、チョン・ジヒョンが人妻役(『四人の食卓』)だったりすると「オレのチョン・ジヒョンが!」とイラッと来るのと対照的に、この人が幸薄い女役なんかやってるのを見てしまうと、余計にムラムラときてしまうものがある。どっちも好きな女優だけど、この違いはなんなのだろうね……?
 最初の夫をバラバラ殺人で失って以来、出会う男出会う男、次々に死んでいくという謎の女役。


 それに接触する元刑事がリャオ・ファン。『ライジング・ドラゴン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130419/1366282712)でジャッキーのチームにいた人。妻と離婚したばかりの頃に最初の殺人に遭遇。容疑者との銃撃戦で、現場にいた仲間をすべて失うという経験をする。そのままやさぐれてしまい、酒浸りになって退職。「女房」と「仕事」という、男の甲斐性を示すステータスを立て続けに失って、自己を喪失してしまったような状態に。
 うーむ、美しいグイ・ルンメイに対して、この元刑事の男は実にいけてないなあ、と思っていたが、段々とその印象も変わってくる。薄幸な未亡人との出会いと、再び起きた同じ手口の殺人。これを一度に解決すれば、失ったものをまとめて取り戻せる……。


 原題は炭鉱の炭の黒色と、雪の白色を対比させている。まあ実に寒そうなロケーションで、娯楽がスケートとかもう勘弁してくれよと思っちゃうね。大陸の寒々とした街並みで起きる殺人は、冷え切った身体の奥で一見してもわからないが密やかに煮え滾っているような暗い情熱が感じられる。
 登場シーンでは顔を隠していて、なかなかカメラの方を向かないグイ・ルンメイもまたその儚げな容貌のから伺える諦観の奥にもう一つの自分を隠している。中国映画だからか、あまりズバリとは描かないのだが、クリーニング屋の店主からも執拗に身体を弄られ、もはや諦めきり投げやりになったようにされるがままになっている姿は、男に支配され肉体も尊厳も何もかも失っているようだ。
 ある種の男が持つ、庇護欲、支配欲、所有欲……。その種の男を、望みもしないのになぜか刺激し惹きつけてしまう存在。リャオ・ファン刑事もまた、そこに惹かれる……のだが、元刑事として事件の真相を解き明かす、というワンクッションと客観性が幸いして、どハマりしてしまうまでには至らず。それに加えて、この人はなんかでかい図体とおっさん臭いルックスに対してちょっと子供っぽいところがあって、マジに女を口説けるかというと何だか照れがある。一回、嫁に逃げられているが、その愛情表現が身体を求めることしかなく、お別れ前夜も最後にやらせてもらってるあたり、非常に幼稚な感じ。その離婚のショックを引きずってこじらせ、酒浸りになっていたわけだが、そうして立ち直れないでいるその弱さ、ナイーブさが、実は黒炭と薄氷ぐらい見た目の違うヒロインとの共通する部分であり、真犯人を含む他の男たちにはないところだったのかもしれない。
 身体を求めることしか妻への愛情表現を知らなかった男が、そんな執着心でしか求められてこなかった女に対して、ようやっと違う形で寄り添えた……というラストが光る。
 下手なダンスをソロで踊ることで、己の解放と自立を表現。しかしその上でせっかく手柄を立てたのに「俺だって逮捕されたって構わないぜ!」という覚悟で花火を乱射しまくった挙句、カメラに映ろうとさえしない奥ゆかしさ。まあやっぱり子供っぽく不器用な照れのある男のままでありました……でも、これこそがその不器用な男なりの「手向け」であり、その心意気は彼女に届いた。ほんの少しだけ……。うーむ、ええ歳こいて、『あの頃、君を追いかけた』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20131022/1382454223)級の不器用さだね。しかし、これがこじらせ男というものなのだ……!


 冒頭のドキッとさせる銃撃戦のインパクトから、あの運転手たちも絡んだ遠大な陰謀があるのかと思いきや、ミステリ部分である事件の解決は至ってシンプル。解決のあたりも、普段無口なキャラクター達が訥々としながらしっかり語ってくれるので、わかりやすい。そこらへんは別に眼目ではなく、冷え切った大陸の空気や閉塞感、その中で鬱屈する男女の情念などをスクリーンの端々に求めていく、ノワールっぽい映画でありました。

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