”ヒ素はダメだからな!”『ボヴァリー夫人とパン屋』


 ジェマ・アータートン主演作!


 ノルマンディーの田舎で家業を継いだパン屋のマルタン。退屈を持て余しているところに、イギリス人夫婦が越してくる。ボヴァリーという姓の夫婦の妻の名はジェマ。愛読書である「ボヴァリー夫人」と同じ名に驚いたマルタンは、奔放なジェマが浮気を始めたことから、次第に妄想を深めていく……。


 フランスの片田舎が舞台。都会で挫折して、田舎に帰ってきてパン屋を継いだ男マルタンが主人公、ということで、どこか『やさしい人』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150225/1424874067)を思わせる設定だが、もうおじいちゃんで妻子がいるところが違うところ。田舎暮らしに情熱を燃やせず、退屈していたところに、愛読していた本と同じ名前の女が……。


 「ボヴァリー夫人」ことジェマ・アータートン、なんだか貧相な感じの旦那と共に、ロンドンからフランスの田舎へと引っ越してきた女。今回もこの人の個性が爆裂しているな……。
 物語はマルタンが後々に彼女の日記を読んで回想しているという体裁なので、どこか虚実ないまぜになっている感もあるのだが、かの古典のごとく展開していく。田舎暮らしに飽きて、若い男と浮気を始めるジェマさん。これは「ボヴァリー夫人」と同じ展開だ! と色めき立つマルタン。当然、行く末に待つのは悲劇……!
 ジェマ・アータートン、まだ二十代後半なのに「THE 人妻」的貫禄がムンムン。ちょっと変わった顔で年よりも老成して見えるのと、今回もムチムチとしたけしからぬバディを景気良く披露! 序盤、「ダイエットしなきゃ……」とか言ってジョギングしつつ(揺れているぞ!)、カロリーの少ないパンを買おうとするのだが、浮気を始めるとあっという間に忘れてクロワッサンを食ってるいい加減さ、最高!


 現夫、浮気相手の年下の男に加えて、昔の男まで登場してくる。これまた「ボヴァリー夫人」的展開だ!と興奮するパン屋、なんだが、パン屋に当たるキャストがいないので(当たり前だよ!)本人は興奮しつつちょっと悶々としている。で、手紙を送る役に無理やり名乗りを上げてみたりして、どんどん事態をややこしくしていく。


 ジェマさん、正直言ってあまり頭は良くないキャラで、お人好しで欲望に弱くて利用されやすい感じ。自分じゃそれが全然わかってないんだけど、でも心の底で誰よりも自由と幸福を求めているんだな。これって『ビザンチウム』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20131008/1381227951)のキャラにも通じるところではないかね。
 そんな彼女に対し、妄想を投影するパン屋を始め、貞淑な妻や都合のいい愛人イメージを押し付け、願望を叶えようとする男たち……。そのものズバリで「私は自由な女よ」という台詞があるのだが、物語のキャラが意思を持つかのようなメタ構造にも感じられて面白い。
 うーむ、原典の「ボヴァリー夫人」を熟読していればより面白いのであろうが、筋ぐらいしか知らんからな。こっちが先に公開されていれば良かったのに。



 冒頭から悲劇的な結末は示唆されていて、まあ原典とは違う形でそうなる……んだけど、どこか彼女は永遠に自由になったかのような爽やかさを感じずにはいられない。『(500)日のサマー』を思わせる?ラストも秀逸ですね。妄想ばかりのパン屋をまさに生暖かい目線で見守る妻と息子のキャラがいかにもフランス人ぽくてナイス。

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)