”妻と浮気と秘密のショーと”『複製された男』(ネタバレ)


 ドゥニ・ヴィルヌーブ監督作!


 大学で歴史の教師をしているアダムが、同僚に薦められて観た映画のビデオ。そこには、自分と同じ顔をした俳優が映っていた。アンソニーという名のその俳優を見つけ出したアダム。接触したことにより、アンソニーもまた自分の人生に疑問を抱くようになり……。


 『プリズナーズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140513/1399992410)に続き、またも新作登場となりました。解答編がなく、謎だけ放り出して終わるミステリのようなもので、解釈は全部観客に放り投げてくる。またまたこの『複製された男』という邦題がミスリードで、このタイトルだと実際に複製した外部の人間がいるようだが、そんな人は登場しませんので……。


 強烈に投げっぱなすオチに、初見ではポカーンとしてしまったわ。後から延々と反芻していると、なんとなくその構造が見えてくる。同じ男が二人いる意味、未婚と既婚の違い、時折挿入される蜘蛛のイメージ……。画面内で起きている事象は、多分にイメージ的で全てが「実際に起こっていること」ではない。これを観たら『プリズナーズ』がいかに懇切丁寧に説明し、伏線となる映像を積み上げた映画だったかよくわかるな。


 ラストシーンを見ればイメージやメタファーとしての映像だらけなのは明白なのだが、そこはなんとか、なるべく筋の通る説明を試みて見たい。
 主人公は二人いて、そのことに驚いているように振舞っているけれど、もちろん同一人物で、二重生活を送っている、ということでどうだろう。実際に一時期、映画俳優だった時があって、何本か脇役で出演したけどブレイクせずエキストラに毛の生えたような役ばかりで、一応事務所には顔を出し続けているけど半休業状態。今は副業である大学の講師に収まっている。
 学校で、同僚に「最近、こんな映画観たら面白くてさあ……」とチラチラ見られながら話しかけられるが、「こいつって、ボーイ役の役者じゃね?」と思われてそういう話題をふられた、と解釈するのはどうかな。半鬱状態の主人公はそんなことは忘れてて、昔の自分と直面してショックを受け、より分裂の度合いを増して行くことになる。
 実際、結婚していて臨月の妻を抱えているのだが、外ではビジネスウーマンのメラニー・ロランと不倫中。二人のギレンホールが存在してると捉えると、教師ギレンホールが住んでるのは彼自身の家のように思えるが、あれは実はメラニー・ロランの家で単にしけこんでるだけ、と解釈出来ないかな。しかしそっちでの性生活もバリバリとはいかず時々拒まれたりして、じわじわと限界が迫っている。臨月の妻はなんだか怪物のように見えてきて、さらにいちいち干渉してくる(且つ自分自身も依存している)母親のプレッシャーも強いので、「妻」と「愛人」、「家庭」と「セックス」どちらにも限界を感じることに。で、愛人との関係を持つ以前の自分、つまりバイクに乗ってた売れない役者時代に戻りたい、という願望が、彼自身を二つに分けてしまったのではないか……。
 妻役のサラ・ガドンが話の鍵を握っていて、彼女が唯一、二人のギレンホールを目撃する人物、ということになっている。が、実際は旦那の精神がおかしくなっていることに気づく役回り、と見てもいいんではないかな。学校で夫に会うシーン、二人いるという前提で観れば、


「わっ、ほんまにそっくりや……!」


と思っていると解釈できるが、一人しかいないとして観れば、


「ああ……とうとう頭いってもうたで、この人……」


と思って引いている、という表情とも受けとれる。全てを知っている彼女は、夫の変化を観察しつつ事態の推移を見守っていて、内的葛藤の末に、役者時代の夫が愛人のところへ飛び出して行き、しがない教師である夫が彼女のところに戻るという結末を迎えたということを喜んでいるのやもしれない。


「今日は学校は?」


という問いは、どちらの夫か確かめるため、というよりも、全てが正常に復したことの確認のような意味なのではないか……。


 エンディングは、どちらの人生を選ぶか、という分岐のようなもので、一つの道は愛人に執着し破滅へ驀進する。もう一つは、「父親」不在の家庭で生まれた男は母親の支配から逃れられず、妻という牝蜘蛛に捕らえられるという道だ。
 冒頭や途中で存在を匂わされるショーで、女が蜘蛛を踏み潰すシーンがあるが、愛人ですらない顔の見えない女が、母や妻を踏み潰してくれるというファンタジーなのかもしれない。なかなかアーティスティックに淫靡かつ美しく撮ってあるが、要は妻や恋人に隠れて見ているAVやエロ動画のようなものだろう。そこで男は自分の欲望を処理するが、そんな世界は実際はこの世のどこにもないのである。


 観ながら、「こ、これはいったいどうなるんだ!」と思っている時間が一番楽しくて、終わってあれこれ頭の中でひねくっているとどんどん盛り下がってくる不思議な映画。わかってみるとしょうもない話だし、テンポもかったるかったなあ。とはいえ、たまにはこういうのもいいですね。

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