”ガードしてスイッチして”『サウスポー』
ジェイク・ギレンホール主演作!
怒りをエネルギーに変えて戦い続けてきた王者ビリー・ホープ。妻にも心配されてきたボクシングスタイルをだったが、ある日、不遜なチャレンジャーの挑発に応じて喧嘩をしたことで、妻が銃の暴発によって事故死してしまう。自分を見失い、輝かしい経歴も財産も娘も全て失ったホープだったが……。
シリーズ物でもない、実話ベースでもないオリジナルストーリーのボクシングもの映画。原案はなぜかエミネム。
主人公はライトヘビー級の4団体統一王者……うわっ、すごい肩書きをいきなり持ってきたな! しかも43連勝、どんだけ強いという設定なんだ……? が、試合になるといきなり打たれまくっていて、その殴られ顔、怒り狂ったファイトスタイルが演技として見所なのはわかるが、それでそんな連勝できないっしょ。
勝つには勝ったが、将来パンチドランカーになっちゃうよ、とレイチェル・マクアダムス妻にたしなめられる……。
ここ十数年、現実でも3〜4団体の統一王者はいないわけじゃないが、それは大変な偉業なわけで、映画で主人公に箔付けするだけの設定に使うのは、どうも安直。この設定で下駄履かせすぎなので、その後やってることにも違和感がつきまとう。
4団体統一王者→WBA世界王者
43連勝→10連勝
伝説的王者→遅咲きながら売り出し中の王者
……ぐらいに現実に即してダウングレードした設定にしても、お話は完全に成立すると思うんだが、それではフックが足りないのか?
その設定が重大な傷なので、「打ち合いを避けてディフェンスとフットワークを重視したスタイルでカムバックする」という流れが、いやそんな基本から始めるのかよ!という突っ込みどころに変わり果ててしまうのである。
試合でつい殴り合いしちゃうのは孤児院育ちで喧嘩っ早い性格に問題があって、その孤児院からずっと連れ添ってきた妻もそれを心配しているという設定。引退後のセカンドキャリアを見据えてチャリティでスピーチさせたり、将来設計のためのアンガーマネージメントにも余念がない。レイチェル・マクアダムス、人間が出来てる、エロい、幼馴染とこんな完璧な妻役があろうかというキャラで、序盤からその出来た妻ぶりで人物の良さ、スピーチシーンでの涙で演技力、ラブシーンに水着に下着とサービスも怠りない。まるで生き急いでいるような……と思ってたら、出番は序盤で終わりだったのでしたあ! 事故ながら射殺されるショッキングな退場。『シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム』とどっちが早かったかな? あれはブロマンス、こっちは娘との絆のためというお話の都合で退場となったわけですが、しかし今作は最後までずっと「妻の不在」を意識させるので、やっぱり存在感のない並の女優じゃなくレイチェルじゃなきゃだめだったな、とは思わせてくれました。
レイチェルロスでショックなギレンホールチャンピオン、あっという間に経済的に苦しくなり……ここも43連勝ならもう充分稼いでいそうだから、急に破産危機とかおかしいよね。良妻がついてたわけだし……。だから10連勝ぐらいにしておけばいいのに。
50セントマネージャーに煽られて試合したものの、敢えなくKOされ無敗伝説も連勝記録もストップ、ついでにレフェリーに頭突きしてライセンスも剥奪。薬やって事故って家も差し押さえ、マネージャーもトレーナーも去り、娘も裁判所に取り上げられる。
雪だるま式にマイナスが膨れ上がり、あっという間にどん底に落ちるギレンホール。一人だけ友達が残ってくれて、立ち直るために新しいジムに移籍を決意。場末のボロいジムで子供を指導するコーチ……フォレスト・ウィテカーだ! 孤児院に片目のコーチというとどうしても「あしたのジョー」を連想するところ。43連勝の中、唯一金で判定を買った実質的負け試合があり、その相手側のコーチが彼だった……ということでコーチングを依頼。ボロアパートを借りてジムの掃除をして生計を立てることに。
そもそもレイチェルが死んだ事故のきっかけが、ライバルの挑発に乗っかって喧嘩したことだったのだが、その喧嘩っ早さはボクシングの試合における殴り合い上等スタイルと一体で、自らをコントロールしディフェンスとフットワークを磨いて小さなパンチも使わなければ勝てない、ということが語られる。ボクシング自体とストーリーの流れ両面でアンガー・マネージメントしていこう……。
この流れ自体は筋が通っているんだけど、結局それ以前は4団体制覇王者だった人が、そんなぺーぺーの練習生みたいなレベルからやり直すってどうよ。ライバル役はミゲル・ゴメスで、『ストレイン』のガス役でこれも元ボクサー役を演じてましたね。彼のキャラクターは技巧派という設定なので、テクニック対決ならもはや遥か先を行ってるんじゃないかなあ。『ロッキー・ザ・ファイナル』では「もうテクニックでは歯が立たないから、一発の重さで勝負」と言って肉を殴ってて、それこそありえないとは知りつつファンタジーの領域まで突き抜けた設定だったわけだが、今作は変に大げさな設定と、妙に地味なリアリティが混在していて座りが悪い。
ストーリーとしてのボクシング映画はもう出尽くしてて新味がないので、必然的に設定も展開もどっかで見たようなものになる。今作もその例に漏れず泣けそうな設定をてんこ盛りにぶち込んでるのはいいが、入れすぎてあっさり終わっちゃってるものも多い。ジムで仲良くなる子供の話が、孤児院の過去と合わせて貧困問題に目配せを送ってるようで、死んでしまったことが台詞でひょいと語られて終わり、というのも逆に悲しいな……。貧困から成り上がってチャリティ打てるまでになった男が、また転落して自分のことでいっぱいいっぱいになるという脚本にやっぱり問題があったか……。経済的に失墜しただけでなく、精神的にも退行しているかのようだ。
序盤レイチェル、中盤ギレンホール、終盤ウィテカーとみんな熱演してるのでどうにかテンションをキープしてるし、試合シーンなどもテレビ中継を模したようなアングルや絵作りが迫力あるのだが、如何せんドラマの魅力が発揮されず、展開も起伏に欠ける。一番の見所が娘との絆なのだが、面会シーンや法廷シーンを漫然と三回入れるあたりも何か工夫がない印象。最後も娘は「控え室で見る」と言ってるわけだが、あそこは最終ラウンド、いても立ってもおれずに観客席の元レイチェルのポジションに来なきゃダメだろ!
そのどことなくレイチェル似の子役ちゃん含めて役者陣はみな素晴らしい。ギレンホールもライトヘビー級ということでごつい身体してるけど、あれでも普段の体重より5キロ絞ってるのね。最後まで退屈せずに見ることこそ出来たが、ベタをやり切れたかどうかぐらいでパッとしない映画でありました。やっぱりアントワン・フークワって並の監督だな……。タイトルの『サウスポー』が普段のスタイルじゃなくて、最後のスイッチだけを指すのはちょっと面白かったね。
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