"時につかめる一瞬がある"『世界にひとつのプレイブック』

　アカデミー賞主演女優賞受賞！

　精神病院に入院していたパットだが、薬もろくに飲まないまま退院。妻に不倫され、その不倫相手を殴った彼だが、妻とのよりを何とか戻したいと考えている。家族と暮らしながらリハビリする彼だが、カウンセラーからは薬を飲めとダメ出しばかり。そんな時、近所に住むティファニーと出会うのだが……。

　ブラッドリー・クーパーと言えば、いつもはザック・ガリフィアナキスやクイントン・ランペイジ・ジャクソンなんかに比べたら、遥かにコミュニケーション能力の高い人を演じているわけだが、今回はまさかのあちら側の人。頭いいかバカか、いい奴かそうでもないかはともかくとして、女にモテることだけは間違いなかったはずの男が、とにかく怒りまくる人になってしまった。そんな演技できるのか、大丈夫なのか……と思いつつ観たら、うわっ、マジに怖え！「目が澄んでるだろ」とか言ってるが、どう見ても危険ですよ。本当にありがとうございました。
　そんな怒っちゃってどうしようもない病気の人が、やっぱりカッカきやすくて薬飲んでる女の子と出会って……という話。そんな組み合わせで大丈夫ですか、ということになるんだが、他の身近な人、例えば親がいきなりダメな感じ。『ザ・ファイター』（http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110331/1301579597 ）のデヴィッド・O・ラッセル監督ということで、かの作品ともやや重なる家族関係が登場する。お父さんデ・ニーロは事業に失敗した損害をスポーツ賭博で取り返そうとしてて、息子と一緒に観れば勝てる！とか言って全然現実を見ておらん。母親も治療途中で息子を退院させてきたりして、こちらも同じ（『アニマル・キングダム』のオカン役の人）。
　他にまともな人はいないの……という話になるが、ここで兄登場。だけど、何か違うのだよね……。確かに社会性もあって仕事もちゃんとしてて、まともな人物なのかもしれん。だが、あまりに気が合わないし、一言多くてうざいし、兄ちゃんだからかつて贔屓されてたし、ということで、さっぱり噛み合わない。身近すぎてもダメだし、正しいから参考になるのかというと、まったくそんなことはないのだよね。
　友達夫婦も全然頼りにならないし、じゃあいったいどうすりゃいいんだ、とりあえず薬は飲めよ、と八方塞がり状態。しかしながら実人生において、そんな都合よく人生の師になってくれるような人は現れないし、魔法のような体験は起きないのである。
　ブレイクスルーになるようなことはいつまで経っても起きず、切れる人たちとの暮らしがいつまで続くんだこりゃ、一生続くのか……と思わせる。そう、ボクサーならば「タイトル取ってチャンピオンになって人生を変えるぜ！」と目標を定めて突っ走ることもできるが、悲しいかな凡人にはそんな立派な目的が見出せない。どうすりゃいいんだ！
　……で、ヒロインが持ち出してきたのが、「ダンスコンテストに出る」「元嫁に手紙を渡してもらう」という、実に地味な目標。えっ、なんでオレがダンスなの！？と思う主人公だが、とにかくやるしかない。体育教師だったらしいのだが、運動神経もなんか微妙なのかね……。さらに先の賭けですってんてんにすったデ・ニーロ父が、今度は地元チームの勝利と、ダンスコンテストの5点獲得（10点満点）に二重の賭け！
　いや〜、素晴らしい。なんでそこでまたギャンブルなんだ、という壮絶なダメさ。もうちょっと地道に生きようよ……。

　作中で起きる事象、一つ一つを見ていても、そのことによって人生を変えられるような気がまったくしない。別に取り柄もない普通の人たちは、こうして寄せ集まって平凡な目標を掲げて生きていくしかないのだね。だけど、そこで……何が変わるようにも思えなかったまさにそこで、奇跡的な一瞬が訪れる。何者でもない、むしろダメな人たちの日常の営みの中にこそその可能性がある。5.0という点数がその象徴で、それはまったく平凡な、プロから見れば恥ずかしいぐらいのものでしかないのだけれど、それを手にした時にこそ人は輝くのだ。狙って手にいれられるようなものでもないのだけれど、でも変化を繰り返さなければ決してつかめない。

　スポ根ものの定型を飛躍によって外していて、筋があって目的に向かって走っていく話ではない。その不可思議なストーリーテリングをまとめてしまうセンスとリズム感が面白いね。役者陣の好演も光る。ついに天下取りとあいなったジェニファー・ローレンスちゃんもいいし、前述のブラッドリー・クーパー、病気も治まって何となく自信を取り戻してきたところで、いつものイケメンオーラが急に噴き出してきたからびっくりしたわ。そうか、気を抑えていたのか……。