"虚実交わる時"『ザ・ウォーター・ウォー』


 ガエル・ガルシア・ベルナル主演作!


 コロンブスの新大陸発見を題材にした映画を撮るためにロケ地のボリビアにやってきた製作陣。現地で集めたエキストラや俳優を使いロケを済ませるはずが、街では欧米企業によって水道事業の民営化が行われ、水道料の異様な高騰が起きていた。後に「水戦争」と呼ばれる暴動に、酋長役に抜擢したボリビア人のダニエルも参加してしまう。製作の遅れにやきもきする監督とプロデューサーだが、現地の異常な状況にやがて感化されて行く……。


 「未体験ゾーンの映画たち2013」で観た二本目です。ラテン・ビート映画祭2011でも公開されたそうですね。ま〜、正直、オフ会前の話のネタ作りぐらいのつもりで観たのですが、どうしてどうして、面白かったじゃないですか。
 ちっちゃいイケメンことガエル・ガルシア・ベルナルが映画監督で、もう一人、プロデューサー役のルイス・トサルとダブル主役。わざわざボリビアまで来てロケをやるということで、雰囲気を出すために現地の人間を役者に起用しようとしている。しかし定員がわずかなところを大量の募集が押し寄せ、プロデューサーは迷惑顔。監督は甘っちょろい人で、同情して全員のオーディションを指示。さらにしつこくオーディションを要求した男、ダニエルを主役級で起用してしまう。
 後から起こることを考えれば呑気そのもののこの冒頭、あっという間に関係性とそれぞれのスタンスを理解させる。


 現地人で、風貌も主人公たちとまるで違うダニエルは、冒頭の声高さと頑なさが合わさって、いかにもコミニュケーションの取れなさそうな男に見える。その個性や風貌は役にぴったりだけど、いかにも扱いにくそうで、それをわざわざ起用したベルナル監督は、悪くいえば芸術家肌で映画のクオリティのことしか頭にない男。実務タイプのトサルプロデューサーからしたら頭の痛いところ。
 反面、監督はヒューマニストでもあり、撮影現場で危険な作業をスタッフにやらせて金が浮いたと喜ぶプロデューサーに、ついていけない物も覚えている。
 多数の人間、多数の金や思惑が絡み、かくも難物である映画作りの現場。これだけでも苦労がいっぱいなのに、なんと現地では水の所有権を巡って暴動が起きてしまう。そして主演に起用されたダニエルもその「水戦争」に参戦し、主演なのにボコボコの顔にされて逮捕され……。


 南米で米企業主導で進められた「小さな政府」と新自由主義が、現地からの搾取によって政情の不安、治安の悪化を引き起こし、無残な状況を招いたことは、我々日本人、あるいは映画製作にやってきただけの外国人にとってはなかなか現状の理解も及ばないことである。が、一度現地に足を踏み入れれば、事は大きな現実感を持って迫ってくる。
 人が生存するために絶対に必要なインフラである「水」が水道もろとも利権まみれの政治家によって売り渡され、私企業の収益のためだけに利用される。やっとの思いで掘り当てた井戸も、警察や軍隊という暴力装置によって奪われ、生存が脅かされる。
 はっきり言っちゃって、現地の人にしてみたら映画どころじゃねえええええ!というぐらい大変な話で、「撮影ガー!」「契約ガー!」と叫ぶ監督やプロデューサーがバカみたいなのだが、本人らにしてみればそうも言ってられない。こうして外国人と現地人の溝は深まり、役者からは帰国したいという声も上がってさあ大変。これにて頓挫という話になるかと思いきや、ここからじわじわとその「映画」が効いてくる。奇しくも撮影中なのはコロンブスのお話。欧米人が新大陸にやってきて、手前勝手な法と価値観を押し付けて、しかし彼らは決して屈しないのだ……という映画を撮っておきながら、今まさにここで行われている現地での収奪に無関心でいられるわけがない。人道を訴えた牧師役の人が逃げ帰りたがったり、侵略者コロンブス役の人が「俺は残るぜ〜!」と言い出したり、虚実ないまぜの構図になってくる。映画はもちろん完成させたいけれど、今ここで起こっていることから目をそらすことはできないし、現地人を起用した時点でもはや当事者性をも帯びてしまっているのだ。
 最後の撮影シーンの、ややドキュメンタリーっぽく引いたショットも印象的。火をつけるシーンとか、ほんとはもっと気を使ってやりそうなところだけど、このシーンではまるで現実のようにいきなり着火しているあたり、映画なのか作中作なのかドキュメントなのか、その境目さえも曖昧になるような効果がある。


 マスク同様に性格も甘い監督のみならず、映画を完成させることしかなかったプロデューサーも、クライマックスにきてついにほだされるあたり、なかなかのツンデレムービーでもありますね。もちろん、ほんとにツンデレだったのはダニエルさんなんだがな!


 ラストシーンも印象深く、当方ものほほんと観光に行くことについて考えさせられてしまった渋い映画である。

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