"ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ♪"『裏切りのサーカス』


 トーマス・アルフレッドソン監督の最新作!


 英国の諜報機関MI:6、通称サーカスの内部に、KGBの二重スパイ「もぐら」がいる? 長年の作戦失敗や機密漏洩にその影を見たサーカスのリーダー・コントロールは、「もぐら」の正体を暴くべく、ロシアに諜報員を送り込むが無惨な失敗に終わり、引退を余儀なくされる。共に失脚させられたコントロールの右腕スマイリーは、直後に謎の死を遂げたコントロールの遺志を継いで密かに「もぐら」探しに乗り出す。コントロールがかつて睨んだ、サーカス上層部の四人、通称「ティンカー」「テイラー」「ソルジャー」「プアマン」……「もぐら」はこの中にいるのか?


 『ぼくのエリ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100901/1283317628)でも「うっわ〜、説明台詞入れねえなあ、この監督……」と思ったものだが、今作のストーリーと登場人物の複雑さと錯綜っぷりに対しても、堂々と己のスタイルを貫きおった! さすがにこちらもあっぷあっぷで、ええーっと誰だっけ?となりかける。しかし原作だけ読んでる人の話では、「本名とコードネームが両方出て来て覚えられへん」ということだったのだが、映画では「あっ、トム・ハーディ!」「コリン・ファースや!」と役者で覚えられるのだから、あながち映画だからわかりづらいということもないのかもしれない。そう言いながらもジョン・ハートイアン・マッケランを間違えかけて余計にあっぷあっぷになったものだが……。


 コントロールとスマイリーが作戦失敗の責任を取って首になり、ティンカーが代わりにトップに立つ。それまでテーブルの下座にいたティンカーが上座へ、テイラーやソルジャーがそれを囲む形で座り直すわけだが、鬱々した表情で首になったコントロールたち二人が出て行くシーン含め、ほんとに絵だけで見せる。またスパイだから、そんな大げさに喜んだりしないのよね。英国諜報部(サーカス)内部に充満するスパイならではの殺伐として明日をも知れない気配に加え、「もぐら」と呼ばれる二重スパイの存在が組織内における不信感をも煽り、誰にも心を許せなくなっている。


 確かに説明的なところはなく、全体にわかりづらいところは多い。が、映画における「説明台詞」は、観客に状況や感情を把握させるためにあるものの、この虚実入り乱れる世界では登場人物の台詞そのものを単に「説明」として受け止める事は不可能だ。何が説明で何がミスディレクションだったのか、台詞が増えれば増えるほど混乱が招かれ、複雑になっていく。最初はきついんじゃないかと思われた演出だが、見終わってみるとむしろこの映像だけで見せ切るスタイルこそが、もっとも適切であったのかもしれないと思うようになった。わからない、誰も信じられない、そうそれこそがスパイの世界であり、自分の観た情報だけで全てを判断しなければならないその状況に、我々観客を放り込んで追体験させるのだ。我々は、人を殺さずには生きていけない吸血鬼と同じく、人を騙さず裏切らずには生きていけないスパイの世界、その倫理と論理に触れ、自ら考えることを余儀なくされる。


 そして、その冷えた世界観の中で、変わらず燃える人の熱情をも描く。そうして誰も信じられない中だからこそ、誰もが何か一つだけ、どうしても信じたいものを持っている。愛だったり、妻への思いだったり、特定の誰かとの友情や仲間意識だったり。登場人物一人一人のそういったものを読み取っていくと面白い。だが、敵は、「もぐら」はそういうところにもまたつけ込んで来るのだ。
 封じ込められていた感情が徐々に高まり、ついに解放されたかのようなクライマックスとラストシーンは、勧善懲悪でも救いがあるわけでもないのに、奇妙なカタルシスに満ちている。


 英国の中年俳優がずらりと並んだ光景は、なんとも壮観なのだが、先述のテーブルのシーンからして、何か文科系の部活や生徒会をやってるみたいに見えるホモソーシャル感。部長とその子分が首になり、新部長誕生! 一見オフィスのようだけれども、やってることが単なるルーチンワークから外れて、経験に基づいた話し合いで決まる事が主。政治的、とも言えるが、それよりもスパイという職業ならではのアーティスティックな側面から見ればむしろ文化的な活動をしているようにさえ思えてしまう。場所も時代も全然違うが、例えば『スパイ・ゲーム』なんかもこういう雰囲気だったのだよね。スパイ映画の伝統的スタイルだな〜。
 そんなメインアクトたちの愛、友情、忠誠は静かながら激しくフェティッシュだ。そして「スタンリー・トゥッチの切り離した悪の心が成長した姿」などと悪役ばかりやってることをTwitterで揶揄されていたマーク・ストロング(んなこと言ってたのは誰だ? オレだああああ!)が、今回は結構いい役! 反面、トム・ハーディは扱いが軽かったなあ。気にするな、君はまだ若い……。


 吸血鬼の倫理からスパイの論理へ、共に「人ならざるもの」、魑魅魍魎の世界と、そこに生きる人間たちの姿を、堂々と描き切った監督の手腕は素晴らしい。センス溢れる秀作。わかりにくかったとこも、もう一回観たらたぶんわかるよ、うん!

ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]

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