『そこに、顔が』牧野修

そこに、顔が (角川ホラー文庫)

そこに、顔が (角川ホラー文庫)

 いや〜、今年になってまったく本を読めずにいたのですが、こういう時こそ強い味方のホラー文庫。中でも安心のクオリティのマキノさんです。


 「そこに、顔が」そんな言葉を残して死んだ大学教授の父。それ以来、同じ言葉を残して同じ大学の人間や、仕事仲間のカメラマンまでが奇怪な死を遂げていく。父の遺品の日記を読んだ高橋は、その中に登場したある実験に鍵が隠されているのではないかと思い、真相を追い求めるのだが……。


 天井の染みやらスーパーの袋のしわが、なぜか顔に見えて怖い、と思ったのは小学校低学年ぐらいまでだったと思うんだが、それが見えてしまうと死んでしまう、というお話。おそらく誰にも覚えがあるだろう事象をフックに、リアリティがあるのやらないのやらわからない実験の描写など交えて膨らませていく手腕が巧み。おなじみのエキセントリックなキャラクター群がそこに加わり、事態がどんな方向へ進むのか予断を許さない。


 自分はあまりホラー小説に、「ああ、この作品のために取材して来たんだな」というガジェットが登場するのは好みではない。今回は「ミラーニューロン」がその辺り。だが、多くの作家が「リアリティ」の補強のためにそういう科学ネタをぶち込もうとするのに対し、牧野修はそれが関係あるのか無いのかわからない不条理なレベルでの関与に留め、逆にホラー的な座りの悪さばかりを強調してくる。ここらあたりが巧いんだよな。


 『夢魘祓い ――錆域の少女』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100331/1270021891)のグロファンタジックさとはまた違う、正統派ホラー。
 しかし高いクオリティを誇った牧野修のホラー文庫作品も、ほとんど絶版か……。嘆かわしい限りである。

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