『運命のボタン』


 リチャード・マシスンの短編を翻案。


 ある夫婦のもとに届けられた一つの箱。中には、ボタンのついたスイッチがあった。届けた男は二人にこう告げる。ボタンを押せば100万ドルあげよう。だが、代わりにどこかで誰かが死ぬ……。


 ん〜、マシスンの原作短編は、本当にこれだけの話で、押した瞬間にオチはついてしまう。このラストは映画の中の台詞でほんのちょいとだけ匂わされている。
 が、これは二時間もある映画なんで、新設定を色々と付け加えて後半はどんどん展開していく。


 しかしね、単に因果応報というネタを語りたいなら、原作で必要十分なわけで、そこになんでこんな蛇足な設定をわざわざ入れて映画化したのか、よくわからない。しかも、原作のもう一つのテーマであるコミュニケーションの断絶については、ほとんど触れられていない。夫婦愛……家族愛……お決まりの自己犠牲……それらが因果応報と必罰に絡まり、鼻持ちならない話に染め上げられていく。それらを実現するのが超越者の存在だ。


 世の中には、人が間違いを犯して不幸な目にあったりすると、即「因果応報」「自業自得」とか言いたがる人がいて、そういう事を言う時、その人はものすごく楽しそうなんだよね。ほとんど絶頂に達してるんじゃないか。でも、現実にはそういうことが常に起きるわけではなく、その種の人には不満ばかりが溜まっていく。「あなたの大切な人が犠牲になるかもしれない(あなたにとっての他人も誰かの大切な人である)」というシンプルなテーマを外れ、報いが下ることを賛美し、それを甘受することを礼賛するような話になってるのは、そういう人たちを慰撫するための物語になってることに他ならず、製作者にとっても自慰なんじゃないかね。


 あ〜気持ち悪い。見る価値なし。

運命のボタン (ハヤカワ文庫NV)

運命のボタン (ハヤカワ文庫NV)


↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い


人気ブログランキングへご協力お願いします。