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”天窓の向こう”『ルーム』(ネタバレ)

映画


映画『ルーム』予告編

 ブリー・ラーソン主演作!

 ママと二人で、天窓しかない狭い部屋で暮らすジャック。ついに5歳の誕生日を迎えた彼だが、部屋の外には何もないと教えられている。鍵のかかったドアの向こうからやってくるのは、食べ物を持った「オールド・ニック」だけ。ニックのくる夜は、ジャックはクローゼットで眠る。ある夜、ママとニックが言い争い、翌日、部屋の電気が止まってしまって……。

 近頃、とみに注目度の増しているブリー・ラーソン。『ドン・ジョン』の脇役とかいい味出してたけど、もうああいう役はやんねえだろうな、というぐらいにビッグになってしまったよ。真面目に見えるが一方でどこかやさぐれた個性も感じられるキャラなのは、『ショート・ターム』でもおなじみ。今作ではアカデミー主演女優賞ゲット!

chateaudif.hatenadiary.com
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 映画は基本、子供目線で展開される。小さな「部屋」に住む母子は、その部屋から一歩も出ず、息子である5歳の少年ジャックは外には何もないと教えられて育っている。テレビに映っているのは作り物、本物は母と自分と、時折夜中にやってくる「オールド・ニック」だけ。ジャックはこの部屋で生まれ、5年間一度も外に出ていない。それもそのはず、母親のジョイは7年前に誘拐されてこの部屋に監禁され、レイプと妊娠の果てにジャックを生んだのである。

 本邦に留まらず、誘拐・監禁のコンボは世界中にあるわけだが、この部屋の不衛生さと狭さ(大層なドアだけはついてるが納屋ですから……)は大変胸糞が悪い。それでも母親は、住んでいる以上はその本心を押し殺してここが家だと息子に教えていかねばならない。薄汚れた家具や流し一つ一つに声をかけるジャック少年! 人生の全てを奪われたブリー・ラーソンは、そうして母となることで自分を押し殺し、この環境に適応していく。
 5歳になって少し大きくなってきた子供目線で始まるので、より修羅場的だったと思しき誘拐初期のことは台詞で語られるのみ。当然存在するエログロは、ぎりぎりのところで見せない。もちろん我々は大人なので、息子ちゃんがクローゼットで寝かしつけられた後、オールド・ニックがやってきて何をやっているかは知っている。そこは想像するのみだ。その終わりのないおぞましさたるや……。

 原作もディテールが凝ってるのだろうが、こうやって観ると『チェインド』とか結構面白かったな……。が、この映画、監禁を題材にした映画なら当然クライマックスである脱出シーンを中盤に持ってきて、一気に状況を変転させる。痛ましいながらも日常であった数々のシークエンスが、ヒロインにとっては世界との「再会」、息子にとっては初めての出会いを経ることで、その異常さを露わにしていくわけだ。

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 5歳の子供と一時的に離れてまで全てを賭ける、ブリー・ラーソンの脱出作戦。まあ粗いにも程があって、計画段階からヒヤヒヤするしかない。子役ちゃんが可愛すぎで、こういうことをやってのけてくれそうな「たくましさ」を感じるかというとそれは全然ないのね。
 初めて見る大空のカットなど、思わず唸ってしまうぐらい鮮烈なのだが、いやいや空とかいいから、お母さんに言われたとおりに車から飛び降りるんだ!とハラハラする。しかし、そもそも五歳児なのに加え、普段全然走ったりしてないし、ベッドより高いところから飛び降りたことがないので運動能力が絶望的に低い! もたもたと飛び降りた時にはあっさり見つかってしまっているのであった。
 子役ちゃんが髪が伸びっぱなしで、まるで女の子のよう。あとで「お嬢ちゃん」と呼ばれるネタは絶対あると思ってたが、ここで犬を連れたおじさんが声をかけてくる。これも初めて見る犬、初めて見るおじさんだ! ほぼジャック少年を捕まえていた誘拐男、「help」という弱々しい声を聞かれたと見るや、ここであっさり彼を離してトンズラ! いや……全然肝が座ってなかったな……。
 誘拐・監禁された女子大生や、子供からは巨大な強い男に見えても、世界から見ればちっぽけな人間に過ぎないし、社会の中では一労働者に過ぎない。しかし、仕事がなくなって「俺がおまえらを養ってやってるんだ」と言い出したのには呆然。誘拐が趣味の豚野郎がてめーの都合だけしゃべくってんじゃねえぞ、タコ!

 おじさんが通報してくれて、パトカーで保護。何をしゃべっていいか、そもそも母親以外と話すのも初めての少年に、辛抱強く問いかける黒人の女性警察官。白人・男の相棒は「保護したから十分だろう」と全然やる気がないのだが、異常なものを嗅ぎ取った彼女は、断片的な情報から逃げ出してきた「部屋」のおおよその位置をつかむ。このあたり、伝説として記録されるべき働きっぷりだな……。
 パンパカパーンと「部屋」に助けに現れるヒーローなどどこにもいないが、この世界に生きる我々は、このおじさんや警察官のような「善意」の持ち主にはなれるのではなかろうか。かかる時に無関心という悪意と決別して、このように振る舞えるか否か。

 映画はたっぷり後半が残っていて、助け出された母親との入院生活、そして祖父母との出会い、日常への回帰が描かれる。祖父はウィリアム・H・メイシー、祖母はジョアン・アレン……これは『カラー・オブ・ハート』だっ! 理想のアメリカの夫婦! なんだけど、娘が行方不明の7年の間に、二人は離婚しているのであった。なんで?と思ってたら、名前に傷がつくと世間体を気にして報道陣を遠ざけ、「孫」をまともに見ることも出来ないメイシー……。すげえ! 安定のメイシー力、なんというダメさ。こんなだから別れられたんでしょ、ということが丸わかりなのであった……。
 一方、ジョアン・アレンはあまりに強そうで、最初に映った時は捜査に来た刑事かと思ったわ。

 祖母と、その新しいパートナーであるレオさんとの新たな生活が始まる。このレオさんがなかなか気配り上手で、距離も作らないが踏み込みもしない、ぎりぎりのラインをキープしつつ世話を焼くという離れ業を見せる。子供との接し方も上手いじゃないか。そうした中でジャック少年は世界との接し方を学んで成長していく。階段を登れないとか、そういうディテールが素晴らしいですよ。
 同じく止まった時を再び動かして人生を取り戻そうとする母親は、心ない報道や両親との確執の中で疲弊し、世界に唯一の存在だった息子と距離が生まれるのをなかなか受け入れられない。
 この後半は一気に時間の流れが加速して、重要なエピソードをつまんでつまんで進んでいくので情報量が多い。それもまた「部屋」との違いなのだね。

 終盤にクライマックスらしいクライマックスはないんだけど、いやいや、もう盛り上がりとかいいから、ひっそりと終わらせて、この人たちに普通の人生を返してあげて、と思っちゃうね。犯人は発覚後に「部屋」にも戻らずに逃げて捕まったらしく、その後は登場はありません。

 ラストは子役ちゃんが持って行くか、と思わせといて、またブリー・ラーソンが声にならない一言で持って行き返すあたり、「こやつ……やりおるわい!」と思ったね。あまりにも小さく見える「部屋」を後にして、生存者たちはその後の人生へと歩みだす。世界にはあまりにも多くの悪意があり、そこに善意もまた混在している……。

 まあ出来れば後半の展開を何も知らずに見たいところですが、予告も原作のサブタイトルもきっちりネタをばらしているからな。あまりこだわらず、ディテールに触れながらこのシリアスな問題について考えたい映画ですね。