”誇り高き草原の神よ”『神なるオオカミ』


神なるオオカミ

 ジャン・ジャック・アノー監督作。

 1967年。下放政策によって内モンゴルを志願した学生、チェンとヤン。遊牧民の村で暮らし、彼らの生業を学んでいたが、ある日チェンは禁じられた道を辿り、村人が神聖と崇める狼のテリトリーへ入り込んでしまう。命拾いしたチェンは、それ以来、狼に魅せられていき……。

 大自然大好き、動物大好き監督の最新作が『未体験ゾーンの映画たち』にて公開。傑作『子熊物語』で熊、凡作『トゥー・ブラザーズ』で虎を描いた監督が、今度は狼を題材に選びました。

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 舞台は文化大革命時の中国。教化のためにモンゴルへと派遣された学生が、現地の習俗に触れ成長していく姿を描きます。いや、冒頭、大量の大型バスが出発するシーンから大迫力で、中国のデカさを実感させられますわ。ちょっと後に見た『ドラゴン・ブレイド』からあまりスケール感を感じなかっただけに、やっぱり撮り方なんだね。

 モンゴルに行って、都会とまったく違う文化を学ぶ主人公とその相棒、というシチュエーションからは、上記の動物ものよりもブラピinチベットこと『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を連想させられる。あの時は丸ごとセットだったが、今作は事実上の中国映画で、まったく時代は変わるものである。現地と中央との軋轢もかなりネチネチと描かれていますよ。

 羊と馬を養って暮らすモンゴルでは、狼との共存が生活の大きな柱になっている。土地の人間にとって害獣ではあるが、獲りすぎると草原のバランスを崩し、草を食べる生き物が増えすぎてしまうことも経験から理解している。その両面から、神聖視することと恐れることを両立したスタンスが生まれ、今なお語り継がれている。
 主人公は作家志望で、狼を調べ土地との関わりを本にしたいと考えているのだが……捕まえた子狼を「天に返す」文化に早くも悶絶! 袋に入れて振り回して放り投げ岩にぶつけて殺す、という乱暴極まりないアクションに、現地人でも幼い子供は泣いてしまう。それぐらい、子狼はかわいいのだ! で、耐性のない主人公はそれが眼前で繰り返されるにつれダメージを蓄積させ、ついに子狼を一匹、こっそり飼い始めてしまうのであった……。
 最初のうちは隠せていたのだが、段々大きくなって鳴き声も大きくなり、あっさり見つかってしまう。「他の狼を誘い出す囮に」「捕まえておいて狼のことを研究すべき」などと毎回違うことを言って切り抜けるのだが、立ち位置ぶれすぎだろ!
 「少狼」(シャオラン)と名付けられた子狼は段々成長して牙も鋭くなり、ついには主人公が世話になってる家の子に噛み付いてしまう!

 子狼が清々しいぐらいに人間の役に立たないのが当然といえば当然のリアリズムで、そこにしがみつく主人公のバカさがガンガン強調される。が、あの可愛さに何も感じない奴は人間じゃねえ!という気もするしな。そういうせめぎ合いを通して異文化を表現しているのだ……ということだが、これは作者本人による実話でもある。いや、ほんとに現地でこのブレっぷり大迷惑ぶりを晒した上で本に書いてるなら、それは「パンツを脱いでいる」と言えなくもないぞ。

 人間ドラマも見所だが、やはり素晴らしいのはリアル狼の姿で、群れをなし山羊を追い凍った湖へと追い込み凍死させるチームワークは、かつてこの地で馬術を駆使して戦った部族の戦法そのものであると語られる。狼は必ずしもすべて現実に即して描かれているわけではなく、神話的な象徴として、そこはかとなく超自然的な要素をまとっている。
 中盤、人間の進出で餌を失った狼たちが、中国政府肝入りで飼育されている馬を襲う大スペクタクルシーンがあり、ここは本当に最高の迫力で、先の山羊狩りと合わせて、今までに見たことのないものを見た感があって感動しましたわ。
 そして、滅びに向かう彼らの矜持と、それを目の当たりにした人間たちの胸に去来するものとは……。

 現地に居着く選択肢を持ちつつも、その地の文化を世界に伝える役目を背負って帰るラストは、まさしく『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の正統な後継でありました。