"そして彼だけが残った"『最愛の大地』


 アンジェリーナ・ジョリー初監督作!


 独立運動をきっかけに勃発したボスニアの内戦は、装備で勝るセルビア人勢力が優勢に立ち、各地でムスリム人に対する虐殺と収奪を繰り広げていた。ムスリム人女性のアイラは、姉と引き離されてセルビア人兵舎に囚われ、レイプされる寸前に将校であるダニエルに救われる。彼はセルビア人だが、かつてアイラの恋人であったのだ。アイラを庇護し、逃がそうとするダニエル。だが、内戦は苛烈さを増す一方で……。


 なんか、ポスター・ビジュアルが怪しいな……この女性はアンジェリーナ・ジョリーじゃないですからね! 本人は出てませんよ! 『ワールド・ウォー・Z』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130813/1376309386)の時にブラピさんと一緒に来日してたが、果たしてちょっとでも今作のプロモーションは出来たのか、ちょっと気になってしまうよ。



 ダニエル・クレイグを思いっきり貧相にしたような警官とヒロインがのどかにダンス踊っていい雰囲気……なのを、突如爆弾が吹っ飛ばす! 内戦の幕開けの唐突さを示しているのだろうが、超わかりやすい。血まみれの中で生き残りを助ける二人。しかし再会した時、女は拉致された捕虜、男は拉致した軍の将校として相見えることに……。
 苛烈を極めたボスニア内戦と、人間の尊厳を破壊する民族浄化の恐怖を、女性である主人公の立場から描き、さらに軍の「慰安婦」として、さらに恋人であったはずの男の愛人としてしか生き延びれない状況を見せ続ける。日常的なレイプに、老女を全裸にしての晒しもの、当然暴力もあり、銃弾への人間の楯とされることもしばしば……。将校の愛人にならずば、悲惨な運命が待つのみだ。
 捕らえられた主人公の境遇のみならず、それを免れた姉のたどる運命を見せることで、どちらにせよ内戦下のこの地獄から逃れる事はできないことも語られる。彼女の赤ん坊が迎える結末に、心底から震えました。
 セルビア人勢力の将校となった男は、父の目指す民族浄化には反対していて、まあ世が世ならば軍人になどなる人間ではないのだよね。貧相なルックスが、いかにもむいてないことをやってる感ありありで、ほんとは美術館なんか行ってのんきに暮らしたいんだ、と思っている。でも立場に縛られ、部下のレイプを黙認し、父親に意見するも相手にされず……。惚れてる女が目の前でレイプ寸前になった時、職権乱用で助け出し、どうにか逃がそうとする。いや、普通に誠実な男だったのだろう、と思うよ。でも、単に個人が個人に対して誠実であっても、彼自身が属する構造そのものがそうでなければ、結局は報復の対象になるし、行き着く先は一つだ。
 だが、父親を含む上層部の方針に必ずしも賛同してこなかった男が、その上層部の生存も定かでない状況で最後に生き残って、自ら「戦犯」と名乗り裁きに身を委ねたことは、一つのけじめであったのだろう。


 全然、作風こそ違うが(ウンコは出ないしね!)、バーホーベンの『ブラック・ブック』を思い出した。「敵」もまた必ずしも悪人ではなく、その彼を葬ろうとする側である主人公たちもまた、すべてにおいて正しいわけではない。そんな割り切れなさを抱えながらも、今、起こっていることに抗うためにはその道を歩むしかない。これまた女スパイものとして『シャドー・ダンサー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130415/1366022301)にも似ているが、こちらの方が女性の目線らしく、「甘さ」も「萌え」も排除した視点で貫かれている。主人公の本心ははっきりとわかりやすい形では語られず、庇護下での濃密な性的関係の中で、そこにわずかでも愛があったのかは観客に委ねられる。


 全編英語なことを除けば、映画のルックは完全にご当地で、少々語り口がたどたどしいが、なんとも骨太なタッチ。重い題材を肩に担ぎ上げて、ゆっくりだけれど一歩一歩進んで行くような、不器用さと志を感じるところ。ジョリ姐らしい、というのはきっとこういうことなのだろう。
 まあしかし、わずか10年ちょっと前のボスニア内戦だが、まったくおぞましい限りで、女性が性奴隷にされるあたり、かつてと何一つ変わらないし、美術館の収奪などは、先日エジプトで起きたことと同じ。どれだけ時代が変わり、場所が変わっても、人間の本性は何一つ代わり映えしないのだ、と暗澹たる心持ちになる。それでも、その現実を訴えかけて行くしかないのだが……。

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アンジェリーナ・ジョリー 思いは国境を越えて

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