”常にフェアプレーで”『不屈の男 アンブロークン』


アンジェリーナ・ジョリー監督作品『不屈の男 アンブロークン』予告編

 アンジェリーナ・ジョリー監督作!

 イタリア移民のルイ・ザンペリーニは陸上選手としての才能を開花させ、ベルリンオリンピックでも代表に選ばれる。だが、太平洋戦争が始まり従軍した彼は、乗っていた爆撃機の墜落によって、漂流し、ついには日本軍の捕虜となる……。

 やたらと反日だ日本人が人肉を食うだと話題になっていた映画だが、すでに本国で鑑賞した向きからは、そんなシーンは全然ないよ、という情報が入っており、バカなデマに踊らされて公開が遅れる阿呆らしさに悶絶ですよ。

 前作『最愛の大地』がなかなかに重厚感に溢れる映画だったのだが、今作は主人公がアスリートだからか、題材に反して奇妙に爽やかな感触を残すものに。冒頭、日本軍機との大空中戦からの長期間の漂流、そして日本軍に捕まって後の収容所生活がおおまかな流れだが、その合間合間に少年時代と陸上選手時代を入れ込んで、ランニングシーンを繰り返す。途中でMIYABIさんとも出会う。

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 しかし、いちいち手を抜かない人だなジョリ姐は……冒頭の大空中戦のスカスカの爆撃機、スピード感ある零戦、耳元を通り過ぎていく銃弾の中で、無名キャストたちが汗水垂らす! いや、ここはかなりの臨場感で良かった。で、ここで撃墜されるのかな、と思いきや、一旦基地に帰って陸上のトレーニングしてたりして、脚本は結構のんきなのよね。荒くれ兵士たちが集まり、全員が上半身裸で集合写真を撮って……うーん、キャスリン・ビグローといい、なんで武闘派女性監督が撮ると軍隊では裸の男がキャッキャウフフするのだろうか。いや、それこそが本質なのか……?

 次の出撃であえなく撃墜され、生き残りが三人で漂流することに。いや、ここがまた長い! しかも上手く魚を捕まえたりして結構粘るので、ディテールが茫漠としていた『白鯨との戦い』の漂流シーンよりずっと長く感じる。ここでの見所はサメで、もちろんジョーズみたいに馬鹿でかくないし、リアリティ溢れるサイズ感。噛みつかれそうになるサプライズ、逆に捕まえて内臓を引きずり出す大反撃、水中でのサメ同士の共食い……。なんというバラエティ。まさに『白鮫との戦い』だな……。CGまで投入して、こんなに鮫に力入れんでもええやん、と思うのだが、決して手を抜かないジョリー監督。

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 一人がついに力尽きるも、あっさり水葬して人肉とか一切匂わせない、潔いな! その直後、ついに主役の人とドーナル・グリーソンが日本軍に救助され捕虜となる。爆撃機のことを尋問され、いい加減にしゃべってる内に裸に剥かれ、いざ処刑か拷問か……と思ったら水ぶっかけられて洗われて、本土に移送されるのであった。このシーン、主役の人はまずまず常識的な絞り方なのだが、ドーナル・グリーソンがアバラが見えるほど激痩せしていて衝撃的。『オデッセイ』のマット・デイモンじゃなくてダブルの人どころじゃない。『ウォンテッド』バージョンのジョリ姐に、「もっとよ!」と言われてどつかれながらダイエットしたのであろうか? しかしそこまでして減量したのに見せ場はここで終わりで、その後主役の人と引き離されて別の車に乗せられる瞬間の「えっ?」という表情が、「ボクの出番はこれで終わりなの……?」という風に見えて切ないのであった。

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 『サウルの息子』じゃないので、別にジェノサイドやってるわけではない大日本帝国の収容所は「まあまあ非人道的」なぐらいで、所長が陰湿な性格のMIYABIさんじゃなければもうちょいマシな場所だったんではないか、と思われるような描写。主人公に降りかかる苦難の起因が個人的感情に還元されているので、どうしてもスケールが小さく感じられてしまうな。
 コンプレックスまみれの嫌がらせに、アスリートのフェアプレー精神で対抗する主人公。そこにはナショナリズムはなく、二つの情念があるのみだ。まあそこが物足りないと言えば物足りないところ。

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 しかしながら、この手の映画のお約束で、ラストで本人の写真とかその後の生涯が出てくると実話力が大爆発。そのすごさにいきなり圧倒されたよ。まさに不屈の男だったんだな……。それを踏まえると、そこまでの描写も逆算で良かったように感じられるのだから困るね。