”穏やかな心を持ちながら怒りによって目覚める”『ホワイト・ゴッド』


 犬映画!


 母の旅行中、離婚した父に預けられた13歳の少女、リリ。だが、愛犬のハーゲンを連れて行ったのに、父親は理解がなく横暴で、鉄橋の下にハーゲンを捨ててしまう。飼い主と離れ離れになったハーゲンは、親切な犬に助けられて街を彷徨うのだが……。


 クライマックスにもなる犬大爆走のシーンをまず冒頭に持ってきて、いきなりその躍動感に唸らされる。いやあ、やっぱり本物はいいよお。話はさかのぼり、少女が愛犬ハーゲンくんと引き離される顛末から……。
 雑種犬に重税が課される、というのは頭数管理の発想から生まれた架空の設定なのだろうが、これがかえって捨てられる犬を増加させ、施設への収容、殺処分をも増やす。単純に犬、動物愛護の話とも受け取れるけど、もう少し踏み込んで人間の中の優生思想、マイノリティ蔑視、移民排斥など、古今東西の問題とも重ね合わせられる。


 ハーゲンくん役は犬が二頭でこなしているそうで、割と序盤から区別がつけられる。顔はよく似てるのだが、後ろ姿がシュッとしてる方とモッサリしてる方と……。ワンカットに見えてその中で入れ替わってたりして、なかなか芸が細かい。


 職を失い離婚して屠畜業やってる父親が、新しい男と旅行に行く妻から娘を預かることになって……という序盤から実に嫌な感じで、しばらく離れてたからか娘との接し方のわからない父はむやみに強権的に振る舞い、犬にも不親切。おまけに雑種だからと、同じアパートの女に通報され、税金を払えと警官に脅されて、その苛立ちは頂点に……。
 いやあ、色々とダメな親父だな、禿げてるし……。が、家を抜け出して犬を探し続ける娘が、警察に補導されたところで、急に改心したから笑った。娘が「危機」と呼べるレベルに突入して、やっと自分のしたことの重大さに気付いた、という「鉄道模型を捨てたら夫の様子がおかしい」みたいな話で、「新しい犬を飼おう」とか言うあたりまでそっくりだ! そのあたりもまあダメはダメだが、娘ちゃんは心の優しい子なので、この弱いお父さんを許してあげるのである。これを許せなかったのが妻なのであろう。


 一方、捨てられたハーゲンくん。親切な小さい犬に餌場を案内してもらったり、なんとか野良犬ライフに適応するかと思いきや、ホームレスに捕まって売り飛ばされ、闘犬のブローカーにその素質を見出される……。えっ、こんなのほほんとした犬に?と思うのだが、「虎の穴」に放り込まれたハーゲンは「マックス」と名前をつけられ、そこで猛特訓プラス薬物投与されてしまう! 激戦の末、野生を発揮し一勝をあげるマックスだが、停電に乗じて脱走するのであった。
 野良犬の餌場に戻ってきたが、とうとう捕まって保護施設に収容された彼は、あとは殺処分を待つばかりに……。そこで虐げられた犬たちと共に叛旗を翻し……。うーむ、これもまた一つの『マッドマックス』じゃないかね。飼い主を失ったら残るのは……「MAD」だけだ!


界王様
「あやつはもう……ハーゲンではない……。怒りの戦士……マッドマックスじゃ……」


 マックスを追い回した肉屋、ブローカーや、施設の職員に復讐していく犬軍団。オープニングの街中爆走シーンが繰り返され、人間側は銃を持ち出して市街戦に……! 殺人シーンでは、暗闇から犬が忍び寄ってくるスラッシャー映画のような演出が施されている。本物にこだわるがゆえにざっくり噛みつくシーンなどはないあたりが、これまた古いホラー映画のようだ。


 『猿の惑星』ならぬ「犬の惑星」チックでもあり、製作国ハンガリーにおける様々な問題を表現しているのだろうが、作中で描かれる「犬」という一種の生物に対する向き合い方にやはり惹きつけられる。人間に都合のいいペットの代表格として、愛に満ちた家族・友人のように描かれることの多い彼らだが、やはり一個の生き物であり、感情があり、本能がある。愛されたペットでも、いつでも人間の自由に捨てられるものとしての扱いを繰り返していれば、時に牙を剥くこともある。今作はそこに対して警鐘を鳴らす。


 戦いを終えて迎えたラストは、この誇りある隣人たちをどう受け入れるか、というところに立ち戻っていく。隔離? 殺処分? そうしてまた同じことを繰り返す? 対立する可能性もあるものを尊重できるか? 人種間や国家間にも通じるこの問いかけは重い。


 冒頭の決め絵に対して妙にカメラ振ってるところがあったり、犬と人間のパートの同時進行がもう少しリンクしていたら面白かっただろうに、と目につく粗も多く、映画としてはもう一歩な感じでしたが、犬ものとしてはいいアプローチで楽しめました。

wan (ワン) 2016年 1月号

wan (ワン) 2016年 1月号