”羅刹女襲来”『メビウス』


 キム・ギドク監督作品。


 近所に住む女と不倫する父。それを知り、嫉妬に悶える母……。ある夜、思い余った母は父の寝込みを襲ってその男性器を切り取ろうとする。目覚められ失敗した母は、今度は息子の性器を切り落とした……! 病院に運ばれ処置を受けた息子の傍で、父は罪悪感に悶えるのだが……。


 『嘆きのピエタ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100901/1283317628)も強烈でしたが、今作はまたまたすごい! 性器切除! チンコ切断映画!


 いや、ほんとチンコという存在は面白いですね。大きくなったり小さくなったり、起き上がったり垂れ下がったり、何か出したり出さなかったり。男の強さの象徴のように語られる反面、柔らかくてか弱い存在でもある。自分の身体の一部なのに言うことを聞かなくて、必要な時に全然役に立たなかったり、いらん時にビンビンになったりする。見た目もグロテスクなようなユーモラスなような、かわいくて大事なんだけど厄介なあいつ……という感じでしょうか、男性からすれば。
 俗称として自分自身とか、分身とか、息子とか言われるチンコですが、要はそれだけ大事な存在ということです。そんなチンコがばっさり切られてしまったあああああああ!


 浮気しまくりの夫に嫉妬した母が、チンコを切ろうとして失敗し、代わりに息子のチンコを切ってしまった、という大変なお話。いやいや、本人のを切らないと意味がないではないか、浮気してるのはそっちのチンコなんだから……と思うのだが、何しろ「息子」でもあるわけで……というのはこじつけか。


 まあとりあえず排泄には苦労するし(その部分は『ぼくのエリ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100901/1283317628)モザイクなし版ほどにも映らないので、機能的にどうなっているかは謎である)、それ以上に毎日の気持ちいいことができないっ! 不倫を楽しんでいたお父さんからしても、息子が自慰も出来ずこのままセックスも知らずに生きていくのかと思うといたたまれない! そんな息子は、父の別れた不倫相手に密かに接近するのであるが……。


 ここで重要なのは、あくまで竿がないだけであり、玉はあるのだということ。性欲はまったく衰えないのである。発散する術がないだけで……。
 しかし偉大なるグーグル先生のおかげで、チンコがなくてもエクスタシーを得る方法が発見され、さらにはチンコ移植の技術の進歩までが明らかに……。


 台詞一切なしの映画であるわけだが、前衛と言うよりは、単に台詞でチンコチンコ言ってたら必要以上に笑えてしまうからばっさり切ったのではないか、という気がする。
 どんなに真面目な顔をしても、


父「オレのチンコを、おまえに移植する方法が見つかったんだ!」
息子「やったあ!」


とかいう会話が出てくれば、もはやシリアスには観られない。人類最初のギャグは下ネタというからな……。


 父の息子が息子自身に……というあたりから、話はどんどん観念的になってくる。父のチンコは移植先では愛人には勃起せず、妻にはなぜか大きくなるのだが、それは今は息子のものだから、母親にしか勃起しないということになるので……。理屈で考えるとおかしいのだが、まあイメージとしてはわかる、という話。
 主人公はまさに「男性」であり「チンコ」なのだが、高校生の少年ならではの部分は薄く、父親とセットで描かれる。これはキム・ギドクさんの中の二つの面なのであろう。
 反面、女性観はものすごく単純化されていて、「母」と「愛人」しかいないし、どっちも同じ女優がやっていて、裏表としての父子への愛憎しかないというシンプルさの極み。世界中のほとんどの女は、この父子のチンコになんて興味ないと思うのだが、そこは興味ある女が世界の全てになるわけだ。


 しかしここまでチンコにこだわり、チンコの戯画性と重要性を描き切った映画が未だかつてあったであろうか。
 個人的な愛読書である山田風太郎作品なども思い出したところで、切り取ったチンコを持って逃げ出すシーンなどでは、チンコを外して女房の貞操帯にする『忍者枯葉塔九郎』や、人のチンコと自分のを取り替える『忍法とりかえばや』などを無性に連想してしまった。あれだ、忍法肉鎧を使っても、射精直後のチンコは固くならずに豆腐のように切り落とされた、なんて話もあったな……。


 ありがとうチンコ、愛してるチンコ、そしてさようならチンコ。たどり着いたのは祈りの境地……。まあ何とも大変な映画でありましたが、思っていたほど怖くなくむしろ笑ってしまったのは、やっぱりチンコさまの人徳と言うしかないな。

山風短(4)忍者枯葉塔九郎 (KCデラックス ヤングマガジン)

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