”小さな心、大いなる力”『西遊記 はじまりのはじまり』(ネタバレ)

 
 チャウ・シンチー監督作!


 師の下で妖怪退治に励む、駆け出しの妖怪ハンター玄奘。水辺の村を襲った魚と獣の妖怪を食い止めようとするが多くの犠牲を出し、同じく妖怪ハンターの美女・段に手柄も取られてしまう。落胆する玄奘だが、今度は猪の妖怪と戦うことに……。


 『ミラクル7号』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120327/1332836188)以来の、ひさびさの新作がやってきました。あの映画でもチャウ・シンチー自身は脇役だったが、今作では完全に退いて監督に専念することに。うーん、もう役者チャウ・シンチーは見られないのかな。カンフーやらないと気が済まないけど身体が動かんとかそういうことだろうか。多分、続編では何かの役でチラッと出るんじゃないかと思うが……。この後、七作ぐらい作る予定らしいし……。


 映画はおなじみのチャウ・シンチー映画で、得意の繰り返しがくどいギャグは出るわ、過去作に出演してた人もちょいちょい出るわ、豪快なCGの使い方も相変わらずであった。序盤のシーソーのあたりは、まあわかってるんだけどなんだかんだ言って笑ってしまう。『少林サッカー』から反則チームのキャプテンと、饅頭屋で踊る人が登場しているが、他には目立った顔ぶれはおらず、シンチーが映画を撮っていない間に、みんな廃業してしまったのではないかと心配になってしまったね。


 主演はウェン・ジャンで、ジェット・リーの息子(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110724/1311485181)・弟子(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120821/1345547619)・後輩(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140520/1400590573)を演じていた俳優。今作は『白蛇伝説』に近いキャラクターで、玄奘役。そう言えば『海洋天堂』では亀仙人と出会っていたか……。天然で真面目なキャラとして設定され、愚直に妖怪退治に邁進する。その妖怪退治のミッションそのものが、師による修行の過程になっている。
 その彼と出会うオリジナルキャラクターの妖怪ハンタースー・チー。『スティル・ブラック』とか『ゴージャス』のあたり、98年ぐらいから観てるけど、この人も延々映画出てるな……年に4、5本出てるから、しょっちゅう見かけるし。そして全然見た目変わらんけど、いったいいくつなんだ、と毎回思う。オレより一歳上だった。チャウ・シンチー映画には初出演だが、ビッグネームらしい存在感。


 笑いあり涙あり恋愛ありアクションあり……で、香港映画らしいごった煮になっている……はずなのだが、そこはチャウ・シンチー映画らしく、物語に彼らしい筋が一本通っていて、王道の愛の物語として着地させる。いや、このあれこれぶち込んでおいてからまとめ上げる力は、香港映画の中では一線を画しているな。


 話の筋なんかは強引そのもので、スー・チーとの恋愛ものにシフトするあたりで、猪の妖怪までが追いかけてくる。いやいや、猪にして見れば、いくらやられかけたからって、地元での人肉集めをほっぽり出してそんなしつこく追いかけてくるであろうか。このあたり、悟空以外の妖怪は全然パーソナリティが描かれないことを逆手に取っている。


 猪八戒がわりと強力な妖怪ということになっているが、このあたりのパワーバランスは原作に近い。だいたい悟空=八戒+悟浄ぐらいの等式が成り立つ実力なので……。人間じゃあそりゃなかなか歯が立たないだろう。原作の敵では、例えば金角大王・銀角大王あたりが有名だが、一対一でも猪八戒がそこそこ戦えるレベル。これは実はかなり凄腕だわな。単に孫悟空が強すぎるから目立たないだけで……。


 その孫悟空、誕生のエピソードから封印されるまでは割愛されているが、その怪物的な強さだけは最初から強調されている。洞穴に封印されるまでは、その恐ろしさを散々煽りまくるのだが、その見た目は猿でさえなく貧相なオッさんの姿で……。演じているのは『101回目のプロポーズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20131030/1383142756)のホワン・ボー。とてつもない強さを持つはずの人物がみすぼらしい格好をしている、というのは『カンフー・ハッスル』の火雲邪神ことブルース・リャンでもおなじみですね。
 普通ならNGテイクでしょ!というダンスシーンなど入れてひたすら緩く進行し、本当に強いの、こいつ……と思わせたところでその真の力が……。


 悪名高き実写『ドラゴンボール エボリューション』に製作で関わってしまったこともあるチャウ・シンチーだが、今回はその罪滅ぼしと言わんばかりに愛してやまない原作『ドラゴンボール』へのオマージュを捧げております。大猿変身は言わずもがなだが、死体が粉々にされてしまうあたりは、フリーザクリリン殺しを彷彿とさせますな。その瞬間、主人公の覚醒が訪れるわけだ。
 クライマックスで火を噴くのは、あの『カンフー・ハッスル』における伝説の必殺技。おそらく今作の形こそがオリジナルであり、『カンフー・ハッスル』で登場したのは武術家がそれを模して編み出した技なのではないかな、とか考えると楽しいのである。わらべ歌の本のあの形など共通する点も多く、セルフオマージュというよりは、チャウ・シンチー映画は全て一つの世界観に根ざしていると見るのが良いか。


 そして、Gメン75のテーマ曲で強引にまとめたラストも、終わってみればすべては因果の糾える縄のごとし……という、まさに仏教っぽい設定で片付けてしまう剛腕ぶり。実はかなり殺伐としていて、子供から大人まで人もバンバン死ぬ話なのだが、その殺した側である妖怪を引き連れて旅立つあたりは、償いの物語として今後も昇華されていくのであろうか。
 いやはや、6年ぶりにチャウ・シンチー節を堪能しましたわ。まだまだ隠居するには早すぎる。とりあえず続編でも新作でもいいから、次を作ってくれ!

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