"牢獄、そして心の檻へ"『サイド・エフェクト』(ネタバレあり)


 ソダーバーグ、これにて引退?


 インサイダー取引で逮捕され、職も人脈も失った夫マーティンの出所を迎えたエミリー・テイラー。だが、夫の四年間の服役生活の間に患っていた鬱が再発し、自動車で自殺未遂を起こす。診察に当たった精神科医のジョナサンは、彼女の精神状態を察し、自らのカウンセリングを受ける事を勧め、薬を投与する。思うように治療の効果が上がらない中、ジョナサンはエミリーの前の主治医シーバート博士に接触するのだが……。


 ついこないだ『マジック・マイク』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130821/1377052729)を見たところですが、またもソダーバーグとチャニング・テイタムのコンビ。チャニング・テイタムって、若くして結婚して苦労したり失敗したりする役が多いよなあ。金や学歴はないけど熱意は人一倍というキャラが多く、それは単に役柄であるはずなのに、ストリッパー上がりの過去を揶揄されているようで、時々気の毒にもなる。
 今回はインサイダー取引がばれて刑務所にぶち込まれている役でした。華やかな生活が逮捕でぶち壊されて、愛妻ルーニー・マーラはその間に鬱病になってしまい……。
 しかし、『ホワイトハウス・ダウン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130828/1377700769)や『君への誓い』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120603/1338698187)では、失敗や挫折もあるけど、それを糧に頑張っていくぜ!というキャラだったのに対し、今作では、まったくこりずに同じことを繰り返そうとするキャラクターであったのだな……。
 せっかく治ってきていたルーニー・マーラ嫁は、その不安からか再び鬱を再発。今作は、その鬱病の治療を受ける妻と、新たな主治医になったジュード・ロウのお話。


 冒頭から、いかにも軽々しく薬を飲みまくるアメリカ人の現状が語られ、脇のキャラがみんな何種類も薬を飲んだ経験を持っていることが明らかになる。当然、主治医ジュード・ロウも自分の妻にまで薬をこっそり処方していたりして、実にカジュアルに薬の名称も語られる。
 そんな中で、通院歴があって、いくつかの薬をすでに試した過去を持つルーニー・マーラには最初に処方した薬が効かず、冒頭から自殺未遂をやらかしているためにやや判断を急ぐことに。以前の主治医キャサリン・ゼータ・ジョーンズに助言を仰ぎ、「アブリクス」という薬を処方することになる。が、これが悲劇の始まり。その副作用を見過ごしにしたことが思わぬ結果をもたらし、薬物社会の暗部を明らかにしていく。


……というのが、表向きの話なんですがね!




<ここからネタバレ>



 ここは印象付けておきたいところなんですよ〜!という意図と思しきカットが、序盤から頻発するため、まあ何か裏があることは見当がつくわけである。ネタとしてはグレゴリー・ホブリット監督のアレを思い出したが、より丁寧にやっていて、まあその結果としてオチもだいたいわかってしまうわけであるが……。


 事実は、夫を殺したいがための、ルーニー・マーラ詐病であったことが明らかになる。精神科医であるキャサリン・ゼータ・ジョーンズを共犯とし、夫を葬り、ジュード・ロウを操って薬物による心神喪失を認めさせ、自分は「アブリクス」株の急落を受けての他社株の高騰によって金を手に入れる……。
 こんな危ない橋を渡るかよ、という突っ込みはさておき、クスリの蔓延し切った薬物社会の裏をかいて、全てを手に入れようとする試みはある意味痛快ではある。自分を文無しの鬱病に追い込んでなお、同じことを繰り返そうとする夫への怒り……。しかし、関係のないジュード・ロウを利用しようとしたのが運の尽きで、裁判を心神喪失による司法取引で切り抜け、後は治療終了と共に退院するだけというところで阻まれることに。
 ジュード・ロウは利用されたせいで、危ない薬を処方した医者、ということで社会的地位を著しく傷つけられ、妻子にも逃げられる。が、彼もまた薬物業界側の人間で、それを処方し、治験を行うことで収入を得ているわけで、無辜の存在とは言い難いわね。果たして彼は業界から切られる寸前に陥るわけで、そうならないためにどうするかというと、薬物のスペシャリストとして、積極的に業界の尖兵として動くことになる。
 薬物社会へと挑戦状を叩きつけたような格好になったルーニー・マーラに待ち構えているのは、本人の思い描いていた「異常なし→退院」の流れなどではない。薬物の副作用によって殺人を犯したということになっているはずの彼女に待っているのは、さらなる薬漬けの命令だ。薬が起こした事をさらなる薬物で糊塗しようとするこの矛盾。未だ担当医であるジュード・ロウが申請するがままに下される、薬物投与……。詐病でなければそのまま『チェンジリング』のようなドラマにもなりそうな、不可解極まる事態だ。
 自分の名誉と地位の回復、ある種の正義のためにそうしているはずのジュード・ロウ医師だが、彼が利用しているそのシステムの歪さゆえに、喜々として薬物投与の命令を出す彼こそが、怪物のように肥大した薬物社会の権化のように見える。俺に、俺たちに逆らうとこうなるんだ……!


 システムの裏をかこうとした、巨大な薬物業界への反抗の代償として、詐病、すなわち異常などなかったルーニー・マーラが精神病院で薬漬けにされる末路は、人間の尊厳を残らず剥奪されたに等しいが、それは殺人に対する裁きを超えた、奇怪な力による暴力とも思える。そこに立っている女、薬物漬けにされた彼女は、今はいったい何者なのであろうか?


 映画のファーストカットは、夫婦の暮らす自宅の窓である。そこは、女にとっての牢獄であった。夫は刑務所にいたが、彼女もまた檻に囚われていた。そこから逃れようとした彼女は、刑務所に入るまいとして精神病院に入る道を選ぶ。だが、そここそが本当に恐ろしい牢獄であり、薬物による心の檻と合わせて二重に囚われる結末を迎える。ラストカットの病院の窓は、無論、オープニングと対になっているわけだ。


 ぞっとするような虚々実々。魑魅魍魎うごめく薬物社会の断片。そこではもはや誰の人間性も信じられない。
 ジュード・ロウは妻子と復縁してハッピーエンドのように体裁をつけているが、実に薄ら寒い気分にさせてくれた良き映画でありました。いやいや、監督、これで引退なんてもったいないだろう。腕折られたり刺し殺されたり、散々な目に遭うチャニングを、また主演にして映画撮ってあげて下さい!

トラフィック [DVD]

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