”狂い合い、殺し合う陰で”『哀しき獣』(ネタバレ)


 今年二本目は韓国映画。『チェイサー』は未見。


 朝鮮自治州でタクシー運転手として働くグナム。しかし、韓国へ出稼ぎに出る妻のためにビザを取得した借金に追われ、賭け麻雀でする毎日。帰って来ない、金も送らない妻に怒りが募る中、密航を仕切るミョン社長からある話が持ちかけられる。韓国へ密航し、そこである男を殺して来い、というのだ。借金の帳消し、行方知れずの妻を捜すことができる、二つの目標を得て、グナムはこの話を引き受けるのだが……。


「浮気してるに決まってるよ!」


 朝鮮族自治区から、韓国に出稼ぎに行った妻を待つ夫に投げかけられる言葉だ。終わってから考えてみれば、この台詞に対して何を思うか、が、この映画に対する捉え方を象徴しているように思う。「そうだ! そうに決まってる!」と思う人は……そう、彼らと同じなのかもしれない。夫が未練がましく結婚写真を貼ってることに苛立つ人は、ちょっと考えた方がいいのかもしれない。


 かなり難解な話、と聞いていたので、ちょっと身構えて観に行ったのだが、4章構成に分かれた1〜2章は、完全に主人公の主観的視点でのみ撮られていて、解釈の余地もない。逆に「ああ、ここで数々の伏線が張られているのだな」と思い、ディテールに目を凝らしていたのであった。果たして、3章から急激に登場人物が錯綜し始め、2章ラストに起きた急展開がいかに謎に満ちた出来事なのか、を強調し始める。予定の任務を終えたはずの主人公は、依頼者に裏切られて中国に戻れなくなり、事件の真相を追うのだが……。


 シンプルに見えていた出来事の裏に、実は意外な真相が隠れていた、という狙い所はわかるんだが、ずーっと主人公の主観で通していたところの裏側を見せるんなら、そちらもそれ相応に整理して描かないと何と何が呼応しているのか、非常にわかりにくい。3章以降も主人公の主観は寸断されながらも継続されているのに、突然、俯瞰的な視点が投入されるので、急に感情移入がスパッと切断されるような感覚もあり、はてさて、どこに注目して良いのやらわからなくなってしまった。
 事件の動機と真相を解き明かすべく、二大社長に突然フォーカスが当たり、さていったいどんな謎が隠されていたのか、ということになるのだが、それら社長たちの行動をつぶさに観ることの出来る我々観客と、主人公の得た情報が全然一致していないので、ピントの合っていないボケた印象になってしまう。また、目的を失った主人公は、わけもわからず翻弄された結果として、事件の裏に何が隠されていたかを追求するようになる、というのはまあ筋は通っているが、それもこのピンボケ感を終盤で辻褄合わせるためにそう設定したように思えてしまうのだよねえ。「真相を知りたい」と、やけにはっきりと台詞で言うのが象徴的。嫁に対しては会いたいのか帰ってきてほしいのか憎んでるのか復讐したいのか、全部曖昧で、それがリアルさにつながってたんだけど、ここだけはっきりしているのは物語上の都合のように思えてしまう。
 この主人公のキャラが何か常に薄ぼんやりとしていて、仕事は真面目なようでいて、勝てもしない麻雀につぎ込むし、子供は大事にしてるようでいて自分の母親に預けっぱなし。結婚もどこまで能動的だったのやらわからない。それが初めて大勝負に出る、という展開だが、せっかく見せたやる気も、実は誰かの思惑の中、という皮肉。もう密入国の辺りから、予定に縛られて流されっぱなしなんだから、推して知るべしだよね。自分で決めたつもりでも、実はレールの上を走ってるに過ぎない。
 ちょっと映画の言いたいこととずれるかもしれないが、これが「朝鮮族」の貧困層の寄る辺のなさであり、中国でも韓国でも偏見の対象になり、終わりなき不遇の日常を生きる彼らを象徴しているのかなあ。


 しかし、時々あることだけど、韓国映画ならではの面白ガジェット(犬の肉とか)が、少々物語から浮いてたなあ。カーチェイスもそうだし、「社長が斧もって大暴れ!」というところも肝心なとこを端折ってるではないか。社長登場!→暗転→全滅……ん〜、なんだこりゃ? 最初の襲撃返り討ちのところはあれで良かったんだが、途中の最大の見せ場が省略……って良く考えたら、主人公と関係ないとこでの殺し合いなんだから、ほんとはわざわざ見せる必要もないよなあ。だったらこれで正しかったのか……と思いつつも、それにしては血みどろに力入れ過ぎで、何だか釈然としない。


 不倫、不倫、不倫……。女、女……。結末はその錯綜した状況に相応しく、とっ散らかった非常にしょうもないもので、分かってみれば虚しさが漂う。実際にレールを引いていた者たちがいなくなり、その上を走らされていた者も……。残ったのは女たちだけ。ただまあやっと、ここら辺りから全体の構図が見えてきたように思う。
 最後の銀行員の下りは非常にわかりにくいが、彼が教授の奥さんと不倫していたとしたら、銀行で窓口越しに会ってるのは不自然だよね。不倫を匂わせる描写はそれまでもまったくないし……。あるいは彼による殺しの依頼というのも、奥さんの方は全く与り知らぬ横恋慕の結果のようなものではなかったのか? 教授を消せば、その妻を自分のものにできるという思い込みを抱き、それを酒場でぶちまけた結果、事が動き出した。銀行の金に手をつければ、法外な額も動かせるかもしれない。主人公を見た銀行員の青ざめた表情に対し、奥さんの動じてないような表情が印象的。彼女は実際は何も知らなかったのではないか。だからこそ、夫の死に最初は恐慌をきたしていたし、実際に黒幕だったとしたら最後のシーンは「決定的な場面」を抑えられた、と言える状況なのに、少しも動じていない。そもそも、二人で組んでの計画的犯行ならば、人目のつくところで会うのを避けるようにするのが普通だろう。
 主人公はその教授の奥さんの何も知らないような顔を見て、傍らの骨壺を省み、そこで初めて自分や社長たち、あるいは魚屋の男などが翻弄されていたものの正体、すなわち自分たち男の、女への執着心と独占欲に気づいたのではないかな。そしてそれこそが「妻」を殺したということに。
 主人公と妻のセックスは夢で、テウォン社長と愛人のセックスは現実として、それぞれ描写されるが、実は動機とされる「不倫」は、どれ一つとして実際には画面上に明示されないのだ。


 不倫が疑われる組み合わせは、

  1. 主人公の妻→魚屋の男 ニュース映像によって説明。
  2. 教授の妻→銀行員 銀行員の酒場での言動に匂わされる。
  3. テウォン社長の愛人→教授 テウォン社長が発言。


 これら三組だが、実は明示されていないのは最後の銀行員と教授の妻の顔合わせだけでなく、他の組み合わせも全てそうなのである。テウォン社長にせよ、彼自身がそう思い込んでいたのは間違いないが、確たる証拠を示したわけではない。実はそれらは全て、疑心暗鬼の結果の思い込みであり、誤解であり、実際は何もなかったのではないか?


 ラストで駅に帰って来る主人公の妻も、あまりにあっけらかんとしていて、自分を巡って何があったのかも知らないようだ。女たちが知らないところで、それを巡って争い、狂う。それこそが冒頭で語られる狂犬病の意味であり、痩せ細った獣は、最後に孤独に息絶える。だが、黄海に沈んだ亡骸は掘り起こされて喰われることだけは決してない……それが唯一の救いだ。


 そう考えると、犬の肉を食ってる社長たちも病気に感染していってる隠喩のようにも取れるし、女たちの内面の見えなさにもつじつまが合うのではないか。あれは男たちは全然わかってないよ、ということを示しているのだ。後半のとっ散らかりっぷりも、まさに「狂犬」の行動を描いたものとしたら納得なのである。
 ただまあ「狂気」を描きたいのに後半を理詰めのサスペンス仕立てにしたのはやはり構成に無理があり、結果として非常にわかりにくいものになったような気がする。さらに、もっとも狂ってるように見えるミョン社長のキャラクターは、女に執着する男性原理とはあまり関係ないよね。彼は「仕事」でやっているに過ぎないんだから。もっともたかが「仕事」のためにここまで狂ったようなことをやってしまうことこそ、また違う意味で男性的なことなのかもしれない。


 ここまで考えて、やっとだいたい解題できたような気がするんだが、こうして頭を絞ったからと言って傑作と褒めちぎれないのがもったいないところ。まあ面白いとは思いますが、やっぱりちょっととっ散らかった作品。

 身内? ソウルメイト?(笑)諸氏による参考記事。
 うろおぼえ日常 http://d.hatena.ne.jp/yosinote/20120110/1326200672
 The Cinema Show http://d.hatena.ne.jp/rino5150/20120110/1326211780

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