"預貯金、投資に大激震"『奪命金』
ひさびさ、ジョニー・トー監督作が公開。
銀行勤めで成績が芳しくない営業担当であるテレサ。妻にマンション購入の決断を迫られるチョン警部補。ボスや仲間のために金集めに奔走するヤクザのパンサー。金に関わる三人の運命が交錯したその日、ギリシャで金融崩壊が起きた……。身辺が慌ただしくなる中、三人がそれぞれにとった行動とは……。
去年は『強奪のトライアングル』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20121021/1350822481 )があったじゃない、と言われても「ああ……まあ……うん……」と言うしかないね。アジアン映画祭のおかげで『高海抜の恋』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120321/1332344243 )が観られたけど、相変わらず公開状況はお寒い。『MAD探偵』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110308/1299510758 )以来の劇場公開だ! 東京はまあまあ好調という話も漏れ聞いたが、地元ではおなじみの客入り、客層という感じであったな。
金融危機の一日、三人の主人公の行動を追ったサスペンスで、銀行勤めのデニス・ホー、警部補のリッチー・レン、ヤクザのラウ・チンワンをそれぞれ描く三軸の物語。時系列は前後するが、さほどややこしくなく、三人の物語を一人ずつじっくりと順番に描写する。
投資信託の売り込みがうまく行かず、営業成績の落ち込んでいるデニス・ホーの、現場での針のむしろぶり、解雇危機による切羽詰まった感。金絡みの傷害事件を追う傍ら、妻にマンション購入の決断を迫られるリッチー・レンの優柔不断ぶり。そしてボスの誕生日会を企画し、仲間の保釈金集めに奔走し、同郷の会社社長の破産危機にまでつきあわされるラウ・チンワン。三者三様の「金」へのスタンスがそれぞれに示され、またそこに絡む脇の登場人物たちのそれぞれの立ち位置との齟齬が重なって物語を引っ張って行く。
キャラクターの立ち位置がまず明確に示されるから、地味なやり取りにも強烈な緊張感が生まれる。これはもちろん映画だから、我々観客はこのあと何事も起きない、なんてことがまずないのを知っているので、デニス・ホーが欲張りの顧客にリスクの高い商品を売り込む展開が、当然この後裏目に出ることを予想している。小さなやり取りの中、幾度も幾度も呈示される「今なら引き返せる、やり直せる」という瞬間の度に、嘆息させられてしまう。いみじくも「煩雑な説明」と作中人物に評されるこの展開に込められた含意の強烈さと来たら!
実生活でも結婚を渋ってドニー・イェンにはっぱをかけられていたリッチー・レンだが(http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=67520)、仕事を言い訳にマンション購入に踏み切る決断をしないでいる。そうこう言ってる内に年の離れた妹まで引き取ることを迫られ、要決断状態にどんどん追い込まれていくことに。グズグズしてるうちに嫁が業を煮やして事を進めてしまうのだが、それが金融危機で裏目に出てしまうのだね。やっぱりグズグズしてて正解だった……とももちろん取れるのだけれども、マンション買う決断もできない男が、こっからのピンチにどう立ち向かうのか、が一切想像できないあたりも絶望的。
そしてヤクザのラウ・チンワンの敏腕幹事っぷりと、仲間の保釈のために金をかき集めるやり手ぶり。なのだけど、自分自身は金への執着が薄い、というかむしろ鈍感なわけだね。自分の懐には収まらず、常に右から左へと通過させるだけの役回り。同郷の友達が社長になって大金を稼いで巨乳の秘書をはべらしてるのと対照的である。
序盤に提示される三人の主人公と、それを取り巻く周囲のキャラクターの相関関係が、金融危機の瞬間に激変。絵面は一向に変わらないのに、一大スペクタクルのようになって迫ってくる。ほぼ「災害」のようなそれに翻弄され、人々の運命がくるくる狂々と変転していく。そのギャンブルに大金を投じていた者は一時にどん底へと叩き落とされ、荒波へと飲まれていくことに。だが、去らない波もない……。
襲いくる破滅と、その後の皮肉に満ちたユーモラスなラストが素晴らしい。一喜一憂することの愚かしさと言えばそれまでだが、この金融危機と言う「人災」を顧みれば、笑ってばかりもいられない。不景気なこのところ、明日のために不労所得をつい夢見たくなるが、それはあまりにも危険だ……。資産運用には気をつけましょう。
ところで、金貸しのおじさんが、まあしぶとくも図々しく嫌なキャラですごく立っていたのだが、実はデニス・ホー銀行員のことも気遣ったりして、ジョニー・トー映画では珍しく女性に心配りできる男である、という指摘を読んでなるほどと思ってしまったわ。カッコいいけど嫁の気持ち全然わかってないとか、そんな奴ばっかりだからな!
そんなわけで、悪く言うならば「スカした邦題のついたノワールもの」よりも遥かに一般向けで、誰にでも薦められそうな映画であったことにも驚いたね。必見ですよ!
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