"オレは生きる! 生きるぞおっ!"『127時間』(ネタバレ)


 ダニー・ボイル最新作!


 行き先を誰にも告げず、キャニオンランズ国立公園へと出かけた登山家のアーロン・ラルストン。だが、目的地のブルー・ジョンと呼ばれる谷において、かれは滑落した岩に右腕を挟まれ、身動きが取れなくなってしまう。わずかな食料と水で生きながらえながら、彼が目にしたもの、そして最後に決断したこととは……?


 実話っつうことで、まあオチもだいたいわかってるわけだが、アカデミー賞の授賞式や予告なんかで観た映像から受けた印象とは、ちょっと違いましたな。
 基本的に、主人公一人が同じ場所から動けない話なわけですが、序盤で描かれた出発前の状況で、家族や職場の人間との距離感を少しだけ匂わせる。途中で出会った女性二人や、別れた恋人との、親密そうでいて最後には距離を保とうとしてしまう。主人公は決して非社交的な人間じゃないんだが、こうして一人で山野に繰り出して、どこかネジの外れたところ、孤独に生きてしまう性癖を感じさせる。
 オレ、一人旅好きなんですよね〜。まあ今はiphoneがあるし、どこでも連絡がつくわけだが、時々、どこへともなく消えてしまったり、あるいは意図的にそうすることもできるんじゃないかと考える。さて、実際にそうなっちゃったらば?


 外界と隔絶された場所に取り残されてしまう、ということだが、物理的に助けがくる可能性がまずないことは早々に明らかになる。主人公は地理的な知識も豊富で、自分が如何に辺鄙なとこに来たかも重々承知。だから割合早くから、遺言めいた映像を残し始める。なまじ知識があって状況を想定して準備してきただけに、食料と水の残り、命の残りが客観的に量れてしまい、あとどれぐらい保つのか?ということもほぼ明確になる。最初のうちは時間経過が気になり、よく時計を見る。
 何を今持っていて、何が欠けているか?をテンポよい映像で見せる。あれがあれば、これさえあれば……。最終手段に関しても、早くから考えつく。それしかないのは明白……だが、手持ちのナイフはあまりにも切れないし、ちっぽけだ。
 中盤まで、その描写はあまりに理性的で、ともすれば諦観の空気が漂い始める。辛うじて身体を固定して眠ることを可能にし、残りの水を消化し、排泄し、小便をまた溜めて……。タイムリミットが徐々に近づいて行く。
 そして、居場所を誰にも言ってこなかった後悔。あの時たった一言伝えてれば、あの電話に出ていれば……! 渇くほどに逆にテンションは高まる。一人芝居が痛切だ。


 物理的な限界をきっちり示され、じゃあもう諦めてしまうのか? いや、心も身体もそうは往生際が良くない。先の後悔に拍車がかかり、いくつもの幻想を見ることになる。本当なら今頃行っていたかもしれないパーティ、かつての恋人との出会い、まだ疎遠でなかった自分が幼かった頃の家族の姿……。繰り返される昼と夜、辛うじて時間の感覚を保ち続けているはずだったのに、いくつもの夢の中でそれさえも曖昧になっていく。その中で、ただ帰りたいという気持ちは高まり、身体もそれを欲するかのように激しく心臓が脈打つ。
 その時初めて、ちっぽけなナイフを岩に囚われた右腕に突き立てることに成功するのだ。
 実を言うと、この中盤は少々乗り切れず。序盤のリアルな臨場感が奇妙に揺らぎ、現実と幻想とが混沌とする中でブレイクスルーが訪れる、というのは演出意図としては理解できるし、上手いとも思うし、あるいは実際の人もこんな風に感じたのかもしれない。のだが、ちょっとわかりやすすぎるのと、この監督、なにか興奮状態を撮る時、例えばドラッグでトリップする映画でもたぶんこんな感じに撮りそうで(笑)、そういうことを考えていたら少し醒めてしまった。


 一人芝居をする気力もとうになく、そもそも声が出ない。もう尿も出なくなったカラカラに渇いた状態で、それでも心臓の鼓動は高まる。まだ生きている。まだ心臓を動かすだけの力はある……! 結局、ここまで追い込まれないと「最終手段」はやっぱりとれないのだな。
 隣に座ってた兄ちゃんがクネクネと悶えてたけど、来るとわかってたこのシーンはやっぱりすごかった。プロセス説明するだけで痛いのでくわしくは書かないが、観ながら自分にこれができるだろうか?とずっと考えていた。ぎりぎりまで追い詰められたら、僕も家族のことを思い出したりするのかな? 最後まで諦めずに、やり遂げられるかな?


 それが終わっても、ようやく忌々しい岩から逃れたに過ぎない。まだ出血は続いてるし、当然痛いし、全然人がいないのには変わりない。誰かが即助けてくれるわけもなく、これから歩いて帰らなければならない。
 ああ、だけど、ようやく太陽を浴びた時、これから降りる崖の上で遥か以前に打ち込まれたハーケンを見つけた時、真っ茶色の泥水をガブガブとあおった時……一歩一歩踏みしめるごとに希望が湧いてくる。まだ力は残ってる。腕一本で崖を下りる技術も体力も身につけてる。方向だって知ってる。さっきまでの状況に自分を追い込んでしまったものが、今度は助けてくれる。
 そこから音楽が異様に明るくなって、まだ映画は終わってないんだけど、テンションがまるでエンドロールになる。今まで散々、幻ばかり見てきたから、人の姿が見えても信じられない。叫ぼうとしても声が出ない。台詞の声消してる演出なのかと思ったら、ほんとに声が出てないんだよね。やっと出会った人たちは……なんか超イケメンでいい人に見える! 事態を悟って顔真っ青。なんだか笑えて来る。おかしいのか嬉しいのかわからない。


 中盤ちょっとダレたが、序盤の素晴らしい臨場感と、後半の解放感に酔った。単純なシチュエーションで、もしかしたら起こりえることかもしれないと、絶対に自分に引き寄せてみてしまう。あなたはその時、どうしますか? 僕は……生きたいなあ。

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