”荊の城に来た者は”『お嬢さん』


『お嬢さん』劇場特別予告編


 パク・チャヌク監督作。

 1939年、日本統治下の朝鮮半島。膨大な蔵書と強権的な叔父に囲まれて豪邸で暮らす秀子のもとに、新しいメイドがやってくる。珠子、本名はスッキ……。彼女は、秀子と財産を狙う伯爵という詐欺師の仲間だった。秀子と親しくなり、彼女の安心を買おうとするスッキだったが……。

 これは今年の期待作の一本でありました。『イノセント・ガーデン』以来のパク・チャヌク映画で、ハリウッドから韓国に舞い戻ったものの原作はヨーロッパのミステリ、それを大日本帝国統治下の朝鮮に翻案という、大胆そのものな企画ですよ。サラ・ウォーターズ『荊の城』ということで、これは耽美色も強いし、監督の資質的にもぴったりなんじゃないか、と思っていたところ。

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 映画は三章で構成されていて、もう第一章だけでも普通のサスペンス映画一本として成立しちゃうぐらいの完成度。主演の「お嬢さん」はキム・ミニ。『火車』の韓国版で見たな……日本版では佐々木希がやってた役を「台詞あり」で演じていましたね。そして「お嬢さん」と呼びかける側である侍女役をキム・テリ。この子は完全に新人で、オーディションで選ばれたという新星。侍女として潜り込んではいるが、実は詐欺の片棒を担いでいるというキャラ。純真そうでいて実際は小狡い面もあり、したたかさとうぶさが同居している存在感。これは確かに役者としてのカラーがまだないからできる役。

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 詐欺の仕掛け人はハ・ジョンウで、この人はまあいつもの役と言うか、悪賢く、マッチョで、でもちょっと可愛げのある偽貴族を演じている。
 第一章では仕掛けの全ては伺えず、随所に違和感を覚えさせつつも、まずは最初のどんでん返しへ……。二章、三章と進むにつれてキャラクターの裏の目的や心情が次々と明らかになって行く。

 167分という長尺だが、洋館と日本家屋の組み合わさった舞台(劇じゃないがこういう表現をしたくなる)の絢爛さと、そこに渦巻く奇怪な情念が重層的に積み重なって、非常に密度の濃い物語性を獲得している。
 閉ざされた家庭環境からの脱出、という『イノセント・ガーデン』感も踏まえつつ、悪の成長譚ではなくガール・ミーツ・ガール的な爽やかさが、ドロドロの物語から立ち上ってくるというギャップにやられますね。ウォシャウスキーがまだ兄弟だったころの『バウンド』であり『テルマ&ルイーズ』であり『マッドマックス 怒りのデスロード』であり『少女革命ウテナ』であり……。

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 それに対し、最後までチンコにこだわる男の矜持の悲しさ! またこのキャラがハ・ジョンウにぴったりで、男は幾つになっても男子中学生のようなマインドを持ち続けてしまうのだ、という情けなさを体現しつつ、激ヤセして変態を演じるチョ・ジヌンと共に「崩壊」を迎える展開の異様なカタルシスよ。

 オチは原作と変わってるので、サラ・ウォーターズも最初は「え〜っ、じゃあ原作じゃなくて原案にしといてね」と渋ってたのが、完成したら喜んでしまって三回見た、というのもまたすごい話だ……。
 第一部の正体の見えない息苦しさが、第二部において重層な建築物そのままの密度で正体を現し、それが第三部において見事に打ち壊される鮮やかさ。ネタや展開がまったく読めないかというとそうではないが、それ以上にそこで物語られることの痛快さにやられますね。期待はしてたけど、軽く飛び越えて来た面白さでありました。