"ショッピング? バッカじゃない? 狩猟でしょ!"『イノセント・ガーデン』


 パク・チャヌク、ハリウッド進出!


 十八歳になったインディア・ストーカーは、父を交通事故で失ってしまった。悲しみに暮れる母と共に、人里離れた屋敷で暮らすインディアの元に、長年海外に行っていたという叔父のチャーリーが現れる。時を同じくして家政婦が消え、チャーリーは二人と共に暮らすことになる。謎めいたチャーリーに惹かれていく母を横目に、インディアもまた……。


 韓国出身監督のハリウッド進出も進んでるけど、企画を聞いて思い出したのは、チェン・カイコーの『キリング・ミー・ソフトリー』であった。いやあ、あれはすべってたねえ……。スタイリッシュ映像を得意とする監督が、ハリウッド進出にあたって、とりあえずエロティック要素のあるスリラーを手掛けておけば手堅いんじゃないかと思いきや大失敗する、というのは、一つのパターンとしてあり得るような気がする。


 さて今作、ワシコウスカちゃんが仁王立ちのオープニングに痺れつつも、ここから腰砕けになったらどうしようかなあ、と心配しておった。でも全くの杞憂! 黒髪で、眉間の皺が全開のワシコウスカちゃん、性と狂気の目覚めを大熱演。『永遠の僕たち』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120108/1326014246)の儚げな感じも良いが、今作において怪物の誕生を印象づけた演技力と存在感、やっぱりこいつは本物だったぜ。
 今回はチャームポイントの眉間の皺が、ストーリーに沿って活用されており、まさにベストキャスティング。お父さんを失ったお父さんっ子の苛立ちは激しく、学校の同級生なんてバカにしか見えない。そこで母と同じく、謎めいた叔父に惹かれていく。


 母親役はニコール・キッドマン。彼女も夫を失ってその弟に惹かれるわけだが、娘が産まれて以降、夫の関心がそちらに移っていたこともあり、明白に娘と対立する関係になってしまう。今回のキッドマンさんは噛ませ犬的役回り。原題の「ストーカー家」が示すように、夫とその弟、娘をつなぐ血脈の物語であることが次第に明白になるにつれて、彼女の抱えるギャップは、ますます大きなものになっていく。「ストーカー家」に嫁いだだけの彼女は、所詮、他人なのだよね。だから、その血に流れるものが永遠にわからないし、その鮮烈さが際立つ一方で、そこへの馴染めなさと凡俗さを痛烈に露呈して行く。
 「わからない者」と「わかる者」のギャップは埋め難く、ショッピングに行きたいお母さんと、お父さんとしてた狩猟を懐かしむ娘の間の絶望的な断絶はすごい。ただ、「ストーカー家」内の三人が一枚岩なわけでもなく、特にお父さんは本来「こちら側」の人間のはずなのだよね。しかし、弟という存在を目の当たりにしてきたが故に、娘の本質を早くから恐れている。それが事情をわからないキッドマンさんにしてみたら、「娘ばかり構って!」と見えてしまう不幸!
 ラストに至るまで、ほんとに「なーんもわかっておらん」存在としての役回りを全うしたキッドマンのおかげで、「ストーカー家」の特殊性が強烈に浮かび上がる。重要なのに不遇な役回りであったな。


 『ウォッチメン』のオジマンディアスことマシュー・グッドが、強烈なドヤ顔、オレ様ポーズを連発するのだが、この人の何か浮世離れした感じが面白く、『キラー・インサイド・ミー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110502/1304263135)的な異様さも感じたところ。ただ、この人はキッドマンとワシコウスカちゃんと三人で住むだけだから、閉ざされた庭の中で、その異常性は彼女らには見えてこない。逆に魅力的な面ばかりが映える。二人の女が見ている彼の姿は、それぞれまったく違うのだけれど、その異常さも特異な価値観の中ではカッコ良く見える。ただ、実際高校まで行ってるワシコウスカちゃんと、彼の間の齟齬も決して小さくないこともやがてわかってくることに。


 新世代の『ゴールデン・ボーイ』的な「悪」の教育譚でもあるわけだが、主人公は叔父と同じ「血脈」を持ちながら、そのコントロールのための教育を父に受けているあたりが面白い。父と狩猟をしている時期にはまだ眠っていたものが、叔父との出会いによって覚醒するのだが、しかし父の教育はきっちりと生きており、そのことが彼女をより高次に押し上げていく。オープニングの服装にもつながる部分。


 ちっともひねったお話ではないのだが、細部の各所に異形性を孕み、結果として今までにない映画のような感覚を生み出す。パク・チャヌクさんがハリウッドに叩き付ける名刺代わりの一発(血塗れの……)ということで、美術も演技も細部までこだわり、それがやや推進力に欠ける話を下支えしている。フェティッシュを極めた外面からは、本国での作品とはまた違う慎重な手付きも垣間見え、それが若干の物足りなさも感じるところだが、英米の映画を見慣れた向きには充分だろう。また次回作も楽しみである。

渇き [DVD]

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