”誰にも頼らぬ強い父"『プリズナーズ』(ネタバレあり)


 ヒュー・ジャックマン主演作。


 感謝祭の昼日中、家の外に出た二人の少女が誘拐された。家族の証言から、現場付近に停まっていた不審なキャンピングカーが怪しまれ、乗っていた男が逮捕される。だが、十歳程度の知能しかなく証言もままならぬその容疑者を、警察は拘留期限が過ぎたことで釈放。不満を抱く父親は、独力で娘を捜し出す事を決意するのだが……。


 筋だけ聞いたら「俺が独力で娘を助け出すぜ!」という『96時間』http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130112/1357899781)みたいな話かと思いきや、主人公が見た目こそ強そうだけど全然捜査力のない男でありました。いや〜、ありゃあやっぱりプロだから成立する話なのよね。


理想:『96時間』
現実:『プリズナーズ


として、お父さん映画のモデルケースになりそうなぐらい、今作の父は悲惨なことになるのでした。


 娘が行方不明になってしまったヒュー・ジャックマンお父さん、第一容疑者となったポール・ダノを犯人と決めつけるのだが、十歳児程度の知能しかない彼をタフガイ刑事ジェイク・ギレンホールはあっさり釈放してしまう。全然話も通じないしな……。日本などと違って、何日も拘留していられないのだが、ヒューパパはごねまくって期間を延長させようと直談判……当然無理! 切れて駐車場でダノに殴りかかるヒュー様だが、この時、ダノは不可解な一言を口走った!
 定石通りの捜査を進める警察をよそに、思い余ったヒュー・ジャックマンポール・ダノを誘拐して監禁するのであった……。
 子供二人が誘拐されて、父親がヒュー・ジャックマンテレンス・ハワード、母親がマリア・ベロヴィオラ・デイヴィスなのだが、事件に対するスタンスが四者四様なところが面白い。


ヒュー・ジャックマン
「拷問して真相を吐かせる! もうこれしか方法はない!」


テレンス・ハワード
「こんなのおかしい……やりすぎだよ……」(でも止める勇気なし)


ヴィオラ・デイヴィス
「確かにやりすぎだけど……(やらせておこう……手がかりあるかもだし……)」


マリア・ベロ
「えーんえーん……グーグー」(何も知らず泣いては薬飲んで寝ての繰り返し中)


 アメリカの田舎の男らしく、ヒュー・ジャックマン父は自らも父の教えを受け継いで「全てに備えよ」という家訓の元、食料を備蓄したり大工仕事のスキルを身につけたり狩猟して獲物を取って来たりしている。それは単に物理的な備えだけでなく、何でも自分一人でやろうという自立心、逆に言うと他人に頼るな、ということも孕んでいるのだね。それが彼一人の手に負えない事態に直面した時にマイナスに働き、自分一人で何とかしなきゃ何とかしなきゃという方向に凝り固まっていってしまう。
 後から振り返れば、真相にかなり近いところにいたにも関わらず、自らの描いたストーリーに固執するあまりに、そこにたどり着くことができない。
 「全てに備えよ」はある意味、彼の中で物語化していて、何でも自分で解決できる自分という自己像が崩壊することが恐ろしく、「もし間違っていたら?」という問いに耳を傾けることができない。それは、若造の刑事や「男」としての彼の規範からかけ離れたポール・ダノが正しく、息子の手本となることもできず、妻を失望させ、現に行方不明の娘を助けるどころか明後日の方向に力を注いでいるということを認めることにつながってしまう。
 「もうこうするしかない」というのは、完全にギャンブラーか犯罪者の心理でもうどうしようもないのだが、そんな彼が唯一すがれるのが「神」なのだな。お許しください、私が正しいと証明してください……凄惨な拷問の果ての祈りは、もはや欺瞞的ですらある。


 お父さんが爆走しているのを知らず、ギレンホール刑事は捜査を続けているのだが、周辺を洗えば洗うほど、「いったいこれはどう本筋に絡むのか?」という事実が次々に明るみに出て混乱を極めていく。後に出てくる「迷路」のガジェットと、それに囚われた者たち……表題の『プリズナーズ』……。
 ようやく真犯人に肉薄したかと思いきや、それも豪快なミスディレクション。ディテールが本物に似過ぎている模倣犯の設定が珍しいが、彼もまた囚われた人間なわけだ。


 実は真犯人のすぐ近くにまで迫っているのに、見えそうでその姿が見えない、まさに「透明な犯人」像が絶妙。手がかりは何度も明示され、観客も主人公と共にそれを目にしているにも関わらず、ピースがすべてはまらないパズルは決して全体像を浮かび上がらせない。ヒューパパとギレンホール刑事、二人の持つ情報が早くから総合されていればあるいは、とも思わせるのだが、彼らの断絶は深い……。そして、性犯罪者の前科を持つ神父が連続殺人犯を裁き、一方で街のただのお父さんが罪のない男を拷問してしまうというこの皮肉。


 主人公の悲しい「素朴さ」とも、型にはまった警察とも、犯人像はずれたところにあるわけだが、そこにあるのもある種シンプルな狂信だ。それを「神への挑戦」とまでうそぶく真犯人に、どれだけマッチョでも神にすがる男は永遠に勝てないのである。つうかこのお父さんは最後に乗り込むところもまったくノープランで、本当に自分への過信が過ぎるというか、セルフイメージの偉大さに全然追いつけてない人だったな……もっと備えようよ!
 おぞましいまでに非情かつクールな犯人像も素晴らしく、それがまったくぶれないラストの対決シーンはまさに決闘。ここらへん、監督の前作『灼熱の魂』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120130/1327924354)のヒロイン像も思わせたところですね。迷路と蛇を操るスタンド能力を破られた敵が、ついに肉薄されて近距離パワーで勝負する、という『ジョジョ』の対決シーンを想起させる潔さでありました。


 ラストはむしろハッピーエンドのはずなのだが、雨中の疾走シーンにおける不安定さに象徴される、死につながる危険や暗黒は常に僕たちの側で口を開けているというテーゼの前に、「ああ、運が良かったとはこういうことか」と思わされる。一つハンドル操作を間違えていれば、注射器を押し込むのがもう一秒速ければ……。だからこそ、祈りがあるのかもしれない。


 ダノ史上、最もかわいそうなポール・ダノを観てしまったなあ。まさにリアルアンパンマン。救出後の姿はいったいどうなっておったのやら……本来なら彼の結末ぐらいはほっこり描いても良かったはずだが、見せないんだからよっぽど気の毒な状態になっていったのではなかろうか。まあしかし彼女に犬の真似させたり(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130215/1360901524)、十二年間も奴隷にされた男をいじめた(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140324/1395587257)報いがようやく下ったと言えるかもしれないね!

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