”早起きは三文の徳”『ジュピター』


 ウォシャウスキー姉弟最新作!


 ロシア人のメイドのジュピターは、日常に不満を抱えながらもそこから脱せない毎日。だが、ある日、謎の宇宙人を目撃してしまい、襲われることに……。彼女を救ったのは、ケインという謎の戦士だった。ケインはジュピターが死んだ木星の女王と同じDNAを持ち、地球支配の後継者だと告げる。その頃、木星では女王の息子たちが地球の「収穫」を巡り、熾烈な争いを繰り広げていた……。


 『クラウド・アトラス』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130406/1365157013)の記憶も新しいところですが、またウォシャウスキー姉弟がやってきました。しかし全米公開が大延期になるなど、とにかく不評不評不評……! いったい何がそんなにダメなんだ、というフルボッコ状態。まあまあ、『クラウド・アトラス』だって大コケしたけどそんなに悪くなかったし、今回も一応義理で見てやろうではないか……。


 が、10分ぐらい経ったところで、かなり腰がへなへなとしてきたのであった。割合地味な主人公出生ネタを出してから、今の便所掃除してる境遇を説明。いやあ、とてもじゃないがSF超大作のオープニングとは思えないが、これはいいんじゃないか。知らずに見たら、日常が破壊される瞬間が急にやってきてビックリ仰天だろ……と思ってたら、せっかくの地味なオープニングから突然場面が変わって、宇宙の三兄弟が悪巧みしている場面に! えーっ! なにこの悪そうかつ小物っぽい奴らが「フッフッフッ」とか言いながら集まってる陳腐な絵面!
 つまらない日常に生きている人が実はものすごいビッグな存在で、それを明らかにする転機が不意に訪れる……という展開は『マトリックス』でもおなじみで、そのフォーマットをなぞってる……と思いきや、一作目の冒頭から突然アーキテクトとメロンビンジアンが「救世主がいよいよ……」とか言ってるシーンを見せつけられたようで、逆の意味で度肝を抜かれた。またこのシーン、何の工夫もなくぱっと切り替わるから余計に唐突に感じられるのだよな。


 ウォシャウスキー姉弟は何かもうまったくこらえ性がなくなったかのようで、ストーリー的に溜めるべきところでもぶつ切りの編集でシーンを切り替え、すごい勢いでネタを割っていく。この唐突な切り替え、何を思い出したかというと『クラウド・アトラス』で、普通に順を追っていけばいいものを、ストーリーをいくつも並行して進めなければいけないと思い込んでる病にでもかかってるんじゃないか。手際が悪すぎて、同じ話でもまったく真に迫って来ない。


 ビジュアルも部分的には凝ってるのだろうが、全然お話に結びついていないので印象に残らない。せっかく人型巨大兵器が出てきたのに、ロケットと同じぐらいの特色のないアクションしかしないのがその象徴。ジュピターの尖兵なのがグレイだったりと、オリジナリティに関しても相当怪しいし……。


 またキャラクターも全然魅力がない。アカデミー賞を受賞したホーキング博士http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150324/1427198475)ことエディ・レドメインが、「フフフフフ」とかすれ声でしゃべるこんな役でも気合を入れて作り込んで、いい感じに憎々しくなっているのは印象的であったが、対するミラ・クニスのぼんやりっぷりはどうしたことか。人生に不満を抱えてるのはいいとして、その平凡な時期に何かを変えようとしないのはもちろんのこと、宇宙の女王様に祭り上げられてもどこで盛り上がればいいのかわからない恋愛話ばかりで、何一つ変わらない。そもそものプロットが『シンデレラ』的で、一夜の夢を経て王子様と出会いました、というおとぎ話的な代物なのね。男が出来て、ちょっと今の境遇も肯定的に見られるようになりました……という単純な話。


 ……じゃあ木星帝国や人間の飼育はどう関係あるんだよ! 人間を支配するシステムや巨大資本への批判はウォシャウスキー姉弟のいつものパターンなのだが、今回はそれがまったく形骸化しているので驚き。女王をめぐるドタバタで悪の三兄弟は失墜し、地球人類の収穫は阻止されました……えっ、で、他の星は? 今まで収穫された星や人々にはなんかないの? 木星帝国の指導者は倒れたけど、そのシステムは温存されちゃうんじゃないの?
 ……いや、別にいいんですよ。望遠鏡ももらって、彼氏できて自分の人生を肯定できたんで、もうそれで充分なんですよ……。コーヒーなんか入れたりして「早起きは三文の徳」ということですね……。
 うーむ、本格的に終わってしまったのかな、この姉弟は……。もう「オレは救世主!」と言ってられる歳じゃないわけだが、そこから進んで行き着いた先がこの空虚さとは……。

クラウド アトラス (字幕版)

クラウド アトラス (字幕版)