”冷蔵庫の国へ行こう"『ソウォン 願い』


 実話を元にした韓国映画


 ある雨の朝、登校する途中の8歳の少女ソウォンが、何者かに襲われ暴行を受ける。瀕死の重傷を負いながら、自ら警察に通報したソウォン。少女の証言をもとに一人の男が逮捕される。両親は自らも心に深い傷を負いながら、ソウォンをマスコミの好奇の目から守ろうとするが……。


 これは『トガニ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120826/1345874382)や『母なる復讐』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140307/1394166193)同様、相当に重い内容の作品であろう、と思って観に行きましたが、そういう予想をいい意味で裏切られましたね。
 序盤、すれ違いはあるけれど穏やかで平凡な家庭を描き、タイトルとなっている娘ソウォンを取り巻く環境をつぶさに見せる。何でもないシーンのようだが、そういった平穏こそがどれだけ尊いか……。冒頭は不安の影さえないのだが、文字通り、その平穏は突然の闖入者のような男によって切り裂かれる。


 小学生の女子であるソウォンの冒頭の姿を見ているだけで、彼女をそんなおぞましい性犯罪が襲うと思うだけで胸が悪くなるのだが、その時は確実に迫る。何の予感もなく、安全なはずの大通りで、突然に……。
 直接的なレイプシーン、残酷描写こそ見せず、抑制を効かせた作りだが、チラチラと覗く少女の負傷や、医師らから両親が伝えられる症状を聞いただけで、どれだけ惨いことが行われたかは自然とわかる。手術を行い、裂傷を受け破裂した肛門と直腸の摘出、人工肛門……。一生治りませんという言葉が、あまりにも急に重くのしかかる。それでも迷わず「助けてください」と手術に同意する父……。


 打ちのめされるような思いに囚われるが、家族の受けるショックは並大抵ではない。父親も母親も、仕事ばかりにかまけていたのではないか、学校まで送って行けば良かったのではないか、違う道を行かせていれば……と自分を責める。
 欲望を満たすためだけの犯罪が、いかに人の心と身体、人生を破壊するか。被害を受けた人は、それを望んだことでもないのに一生背負っていかねばならない。そして、それに直面した時、身近にいる人はいかに振る舞うべきか。


 被害者の少女が傍から観ていてもかわいそうでかわいそうで、これからどんな苦難がまっているのかを考えただけで気が遠くなるのだが、ここから家族含め周囲の戦いが始まる。ソウォンのために何ができるのか、何をしてはいけないのか。この映画はそれを示す。
 いわゆる「悪い人が一人も出てこない話」というのがあるが、今作でも犯人以外は誰も出てこないと言える。作り物の美談にありがちなのだが、この『ソウォン』では周囲が取り組むべき理想として、登場人物が描かれる。両親は全力で娘に寄り添い、小学校の同級生は決して彼女をいじめない。学校は男性教師を寄り付かせないように配慮し、警察官までもが寸劇に協力する。性犯罪被害者の人生は「終わった」などと決して決めつけない。
 これを好人物ばかりでリアリティがない、とするのは簡単だが、これらは逆説的に、性犯罪被害者に対して「何をしてはいけないか」を描いていると言える。被害者の救済と回復に焦点を合わせ、登場人物に決してセカンドレイプをさせない。そうすることで、我々観客が性犯罪被害者に相対した時、いかに振る舞うかを問うている。両親や幼馴染が、ソウォンが受けた傷に対して責任を感じるシーンも、彼らがどれだけ彼女のことを自分の問題として捉えているかを示していると言える。
 登場人物たちの優しさに対し、犯罪者はあくまで卑劣で、司法はまるで融通が効かない。そういう面だけで、充分にこの社会の理不尽さは描かれている。そこで生きる我々はどうするのか? 犯罪者の尻馬に乗ってさらなる加害を行うのか、司法官づらをして被害者を断罪するのか? そのどちらも決して許されないことだ。


 まあ実に真面目なテーマの映画なのだけれど、子役の可愛らしさや、登場人物のコミカルさには、少々語弊があるものの心温まるものを感じるし、逆境にめげない強さを笑いによって呼び起こしていく姿に、共に笑うこともできる。
 冷蔵庫の国からやってきた「ココモン」の着ぐるみにお父さんが入るのだが、これは韓国の超人気アニメなんですな……。奥が深いぜ……。

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