”夏の小鳥にご用心”『私の少女』(ネタバレ)


 ペ・ドゥナ主演作!


 小さな海辺の村に、エリートコースを外れて左遷されてきた女性警視ヨンナム。職務の中、血の繋がりのない継父と祖母と暮らす14歳の少女ドヒと出会う。虐待を受け、学校でもいじめに遭うドヒを励ますヨンナム。ある日、ドヒの祖母がバイクで海に転落した遺体として発見されるのだが……。


 ペ・ドゥナが『アジョシ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111009/1317816944)のキム"冬の小鳥"セロンちゃんを守る映画、ということで、それだけで楽しみじゃあないかね。


 冒頭、ど田舎の派出所の所長に着任したペ・ドゥナ警視。まあ完全に左遷なのだが……うーむ、いいなあ、オレもペ・ドゥナ所長の下で働きたい! 「あの所長、実はレズでソウルで女と問題起こしてさ……」「こらっ! 所長を悪く言うことは許さんぞ! つまらない偏見を持つんじゃない!」 そう、男社会からど田舎へと、まさに地獄の道行であるが、このオレだけは味方だ。


 『アジョシ』のキム・セロンちゃんのその後のお話……という感じで、割合まっすぐな社会派ドラマかな、と思ったらひねるひねる。レズビアンであるペ・ドゥナ警視に向けられる偏見、不法滞在した外国人労働者の人権、過疎の田舎の人不足、児童への暴行と性的虐待を全部ぶち込んで、複雑に縒り合わせたような話。
 ドラマとしては少々盛り込みすぎで座りが悪いような気がするが、そもそも一つの問題だけがポンと放り出されてその解決に取り組めばいいなら、何も苦労しないんだよね。現実にはあらゆる問題は複合的に発生し、それゆえに解決も難しくなる。児童虐待? 即逮捕だ!で済むならそれでいいが、人間が少なく一人の働き手に依存する田舎において、ブローカーである男がモンスター化しても、誰も止める者がいない。


 ど田舎なので虐待を受けている少女を保護する施設も人員もなく、さりとて養父にも祖母にも警告が通じない。ペ・ドゥナ所長はやがて警官としての本分を踏み外し、自ら彼女を保護することに踏み切る。
 これは完全に制度の枠を踏み越えた決断主義的な蛮行なのだが、制度とて万全なわけではなく、それゆえに多くの犠牲をも生んできたのはご存知の通り。それでも警官はそれを守る側でなくてはならないのだろうが、しかし「バッキャロー! あたしゃレズだからって左遷された女だよお!」とそもそも全然制度に守られてないペ・ドゥナ所長が踏み越えてしまう……というのは、まったく自然な流れであるな。
 しかし、この何事もなく上手くいけば英断として讃えられることも、制度が制度としてあり偏見が偏見としてあるがゆえに頓挫するのである。


 受け身で暴力にさらされるばかりだった少女が、唯一の理解者との出会いによって能動的に動き出す、というあたりもこの物語の一筋縄ではいかないところで、「防御」としてペ・ドゥナ所長への依存を深める一方、その裏で密かに「攻撃」が開始される。その攻撃さえも「やられっぱなしではいけない」と所長が示唆したことなのであるが、それも彼女が制度を踏み越えたのと同様、法の範囲を遥かに踏み超えることとなる。
 邦題は『私の少女』なのだけれど、実は『私の所長』でもあったのかもしれないな。『ぼくのエリ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100901/1283317628)的な意味合いでね……。
 キム・セロンはちょっと演技が上手すぎて、こういうひねった役じゃないと無理な領域にきているな。もう純真な少女役とかやっても信じねえからな!


 中盤はいよいよ明らかになってきたキム・セロンちゃんの虚言で『偽りなき者』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130403/1364912757)状態に突入し、どんどん濡れ衣を着せられるペ・ドゥナ所長。いや、性的虐待と呼べるようなことはまったくしてないのだけれど、ちょっとグラっときた、ムムムムムとならなかったとは言い切れない微妙な演出をしていた当該シーンがリプレイ! 「ハグしただけ! なにがいけないの!」と、若干自分に言い聞かせるように言ってるあたりがいいね。


 しかし状況は急転し続け、さらに恐るべき罠が、今度は継父側に仕掛けられるのであった。このシーン、まさに膺懲の一撃と呼べるもので、愚かな男に今までの暴力のツケを払わせることに。真実を知るのはペ・ドゥナ所長と少女自身、そして観客だけだ。
 この複雑を極める状況で警察の対応は、「こっちがレズだから逮捕して、こっちは釈放」「こっちは虐待してたから逮捕して、やっぱりレズの方は釈放」と、完全に二択になってしまう。この事実を追う気なんてまったくない、融通の利かなさたるや。しかし皮肉にも、そのことによって継父はとうとう社会的に葬られることとなる。


 同じ児童虐待でも『トガニ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120826/1345874382)などとは全く趣を異にする物語……であるように見えて、やはり同じ児童虐待、性暴力を扱っているために、その前段階の物語であるとも言える。日常的に虐待を受け、それが近い将来に性暴力へと発展することが目に見えている場合、自衛のための報復と殺人は許容されるのか、ということである。それは法に反する、と言うのは簡単だが、では暴力を受ける間、泣き寝入りしろというのか。レイプされてから訴えでろと言うのか……。
 それにはっきりと否を突きつけ、法が決して守ってくれない領域へと社会的弱者が踏み込んでいくのを、倫理的にジャッジできるか? 少女が「怪物」となったことは、果たして彼女自身の科なのか……? 「無垢」でなければそれは被害者の落ち度である、というセカンドレイプ的な言論への批判もそこには込められているのではないか。
 最初は警官としての判断を下したペ・ドゥナ所長が、それを翻したのは、自分もまた決して守られないマイノリティであることが身に染みたからでもあろう。「あの子、なんだか子供らしくないですよね」という新人警官の「素朴な実感」は、すぐにでもレズビアンに向けられかねないのである。


 ラスト、少女と共に旅立つペ・ドゥナだが、これはすべてを捨てて放浪するのか、しれっと連れたまま次の任地に行くのか、ちょっと判然としないところでもある。ここはやっぱりスパッと、警察のバッジをむしり取ってあの海へと投げ込む超キメキメのカットが欲しかったところだなあ。『ハートブルー』的な感じでもいいかもね。
 しかしペ・ドゥナ所長が恋人とは別れたのと同様、共依存によって形作られた二人の関係もいつまで続くのか……。ラストカットはそんな儚さをも想起させるのである。


 社会派的な問題意識を持ちつつ、犯罪映画のようにインモラルな領域へと徐々に移行していく手際が巧みで、もちろん性愛からも目をそらさない。ジャンルを超えた映画でしたね。堪能。

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