”サトウキビ畑で捕まえられて”『それでも夜は明ける』


 今年のアカデミー賞作品賞受賞作。


 アメリカの北部から南部にさらわれ、12年間も奴隷とされていた男のお話。アフリカなどからの輸入ができなくなってから、黒人奴隷の売買や繁殖が公然と行われていた時代を描いた映画で、こうしたいわゆる「奴隷農場」を描いた映画は、『マンディンゴ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110930/1317183504)と昨年の『ジャンゴ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130312/1362991794)の二本しか存在していないそうである。


 主人公の平穏な生活から始まり、それが突如誘拐の憂き目に遭い奴隷へと落とされるところから、その後の生活までをねっちりと本人の視点で描く。シーンごとのリアルタイム感が強烈で、まるでその場にいて拷問にあったり罵倒を受けたりしているような、あるいは奴隷がいたぶられているのを横で見ているような臨場感があり、いたたまれない思いにさせられる。首にロープをかけられて木に吊るされるシーンは、本人よりもその側で見て見ぬふりをしている他の奴隷たちの平凡な所作と同じ画面に収まっているので、余計にやるせないものがある。
 演出の距離感が、あまりに主人公に密着しているので、短時間に体感したものへの印象が強く、役者の年齢の感覚がつかみづらいので、12年間という歳月の重みはちょっと薄くなったかな。『サイダー・ハウス・ルール』の原作から映画への改変のように、12年が12ヶ月に短縮されたのかと思っちゃったわ。


 バイオリン奏者として目をかけられる(高値をつけられる)主人公を最初に買うのが、人気絶頂のカンバーバッチさん。今回はちょいゲスぐらいの役回りで、一見、信心に篤く、奴隷にも寛大ないい人に見えないでもないが、まあ人間様の首に縄かけといて信仰もクソもあるか、という話。毎朝率先して行うお祈りのシーンで、女奴隷の泣き声やポール・ダノのスーパー差別ソングがかぶさるところが、またその似非信仰にウンコがぶっかけられる素晴らしい演出であった。
 その下で奴隷を直接監督しているのがポール・ダノ。『ルビー・スパークス』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130215/1360901524)のヘタレ野郎ということで、どう見ても骨のある人間には見えないあたり、素晴らしいキャスティングだ! 権力を傘に居丈高に振舞っているが、ちょっと反抗されると泣きわめいてしまうあたり、こんなに弱くていいのだろうか、というキャラ。しかし報復は執拗で、しかも仲間を連れてくるあたりがまた弱すぎて最高。そしてそんな彼から奴隷を守ることさえできないカンバーバッチさんの、さらなるヘタレっぷりが悲しい。


 そんなこんなでたらい回しのように他所に売り飛ばされる主人公。後半からは満を持して、監督の前作『シェイム』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120323/1332493929)に引き続いてマイケル・ファスベンダーが登場。極悪農場主を大熱演! この演技でアカデミー助演女優賞取ったルピタ・ニョンゴちゃんを猫可愛がりしているのだが、それを妻に嫉妬されて、彼女を愛していないと証明するためにいじめまくる、という非常に複雑な心理を見せる。これは『シェイム』の、「依存症でやめられなくてつらい、でも気持ちいいっ!」みたいな心理の逆パターンのような倒錯で、他の奴隷の前で褒めそやし自分の子供まで産ませて、ほんとは大事にしたいのに、「白人」で「主人」で「夫」であるがゆえにその立場に縛られて示しをつけて見せなければならない。ところが近所には黒人を妻に迎えてしまった金持ちまでいて、それが内心羨ましくて毛嫌いしてしまう。そういうフリーダムさを全然持てず、嫁にも頭が上がらない。これまたヘタレのチャンピオンのような人なのだな……。


 『ジャンゴ』のデカプー&サミュエルが、むしろ悪のカリスマ的に見えてくるような悲しきヘタレ、ゲスな人たちなのだが、こうして奴隷を使役し売買する側である彼らがまた、決して幸福に見えないことも示唆されているようにも感じたな。音楽などの芸術もうしろめたさがなくてこそ楽しめるし、「黒人には魂がないから」などと言い訳しなければならない信仰は死後に恐怖を抱えることとなるし、好きな相手とは笑って仲良く暮らした方が楽しいに決まっている。人間を管理し虐待することは、する側にも多大なストレスをもたらす。


 それらのすべてを見つめつつ耐える主人公に、キウェテル・イジョフォーさん。別に彼自身は何も悪くはないのに、同胞を鞭打ったことで手が汚れてしまったとしてバイオリンを打ち壊すシーンが悲しかったね。
 だが、12年に渡る苦難の日々を超えた先に、ついに神の救いの手が差し伸べられるのである。奴隷主の館に来た大工は、実は神の化身だったのだね。故郷への手紙を受け取って届けることで、ついに解放の契機が生まれるのであった。ありがとう、神様! 「B」様! ゴッドならぬブラッド!
 12年前、自分を置き去りにして他の奴隷が解放されるのを目の当たりにしたが、今回は自分が他の奴隷たちを置き去りにしていくあたりがまた物悲しい。彼自身の夜は明けて(邦題)も、未だ南部は暗い闇の中だ。なぜ彼だけが助かったのか、を問うとしたら、それはまさに運命のいたずら、偶然の産物、神の気まぐれによるものでしかないのかもしれない。
 それを製作会社「Plan B」の代表でありプロデューサーであるという、まさに今作の現場における神のような立ち位置にいる人物が自ら体現してみせたあたりがまたすごい! 「俺にもリスクはあるから、軽々しくはできないけど……」と一応渋ってエクスキューズ入れるあたりがせこい!
 まあ、このアメリカ人、とりわけ白人がなるべく見たくない、忘れたいものを世界中の劇場にかけてしまい、アカデミー賞までもぎ取った成果と、差別に対する問題意識は大きく評価したいところです。残念ながら、『はだしのゲン』が弾圧されるような国では当分真似できまいよ。


 見比べると、やっぱり『ジャンゴ』すげえ! 『マンディンゴ』はとてつもねえ!と思っちゃったところもあるが、何せこのジャンルはまだ三本目なのだから、今作のアプローチはこれはこれで素晴らしいし、また今後も違った切り口でこの歴史を捉えた作品を見て行きたいものである。

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