"君はくるぶしにエロスを感じるか?"『言の葉の庭』


 久しぶりに新海誠監督作。


 靴職人になる事を夢見る高校一年生のタカオ。雨の朝、一時間目をさぼって、新宿の日本庭園で靴のスケッチに勤しむ日々。梅雨入りを迎えようとしていた頃、庭園のいつもの場所で、彼はユキノと言う名の女と出会う。ビールを飲みながらチョコを頬張り、短歌を詠んでみせる彼女が、自分の居場所を見失っていることにタカオは気づくのだが……。


 前作はあまりに評判が悪かったのでスルーしたので、さらにその前、『秒速5センチメートル』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20090629/1246288359)以来の鑑賞。今回は45分の中編ということで、まとまり具合がどうかな……と心配しておったところ。
 『秒速……』はモノローグを半分ぐらいにしておったら良かったのにな、と思っていたが、それは絵の表現力が高いがゆえのことでもあり、自然描写の美しさや、ワンショットに収まる情報量に対して、その絵を信じ切れていないのだな、と感じていた。さてさて、今回は序盤こそ説明的に入ってきたものの、後半はやや抑え目で、段々と気にならないレベルに収まって行く。やっぱりあんまりごちゃごちゃごちゃごちゃ自分語りされるとうっとおしいし、せっかく「見ればわかる」ように演出してるんだからもったいないではないか。


 今回、非常に演出が冴えていて、高1の主人公15歳が一回り年上の社会人の女と出会い……というお話に、万葉集やら自作モカシンなどを絡め、シャレオツかつ青臭い独自のフィールドでベタな物語をブラッシュアップしていく感が心地よい。同棲を始める兄や、離婚して年下の恋人を持つ母、女の不倫相手を登場させ、これ見よがしではないながらも画面の端々に着実に性の香りを炊く。そして満を持しての足フェチ描写……! 脱ぎかけの靴がブラブラ、そっと裸足になる様を見つめていた少年が、初めての素足に触れる瞬間のときめき……。(型を取らせるために)ベンチに仁王立ちする女と、その足下にひざまずく少年……! 君はくるぶしにエロスを感じるかね?


 二人が学校or仕事をさぼるとこから物語をスタートし、少しずつモラルの壁を削っていくあたりも上手いですな。さぼってビール? いいじゃねえか、別に! 年下の男? 未成年? いいじゃねえか、それぐらい! そんなつまらないモラルが、僕たちに何かしてくれましたかあ? 二人の間を流れる「共犯者」めいた背徳的空気感が、またそれを納得させる一助となっている。このシチュエーションを共有したい! 混じってワルいことをしたいんだあ! 多分、ついていけない人はここらへんからついていけないような気がする。君は一限目をさぼったことがありますか?


 そんなインモラルな雰囲気を漂わせつつ、体裁的には、「未熟な少年」と「心に傷を追った女」が靴作りによって自らの意思で歩き出せるようになるまで、という美談的ルックを外さないあたりが、ズルくていい感じじゃあないですか。主人公は確かに未熟だけど、随所に骨っぽいところもある男として描かれていて、そこがまたちょいちょいと、見てるオタク野郎ども(オレ含め)に対して挑発的なのである。若者よ、君たちは夢を持っているか? 世間の偏見に立ち向かえるか? 愛している女のために戦えるか? ここぞという時に告白できるか? 現実においてそれらすべてが徒労に終わったとしても、堂々と胸を張れるか? 真剣に取り組んでいるものがあるか? 命がけで打ち込んでいるものがあるか? セガサターン、シロ! 指が折れるまで! 指が折れるまで!(新海誠のメインフィールドはPCゲーでしたが)


 淡々と抑えたテンションを維持しておき、静かに物悲しくもいい話として終わるかと見せておいて、自然描写に続く監督もう一つの必殺技である豪快なカメラワークを炸裂させる。躍動感ある階段落ちからの、互いの感情の大爆発を見せたクライマックスも、うわあ、超こっぱずかしい! 赤裸々で、無様で、みっともなくて……でも、ええやないか! それが人間の生の感情やないか! それこそが恋愛やないか!
 さらにそこですぱっとぶった切って、それぞれのその後を、これまた得意のPV風エンディングで見せるあたり、最早安定のクオリティですな。一気に時間も空間も飛ばすことで、「で、結局あの二人は、さっきの後でやっちゃったんでしょうか?」という当然の疑問を、「ご想像にお任せしますよ」と言いながら振り返ってニヤッと笑うような、曖昧かつ明白な次元へと追放してみせることに成功している。


 ロリ要素一切なし、乳も尻もパンツも見せないまま、「これが今の僕が最も萌えるシチュエーションですよ……」と淡々とエロティシズムを紡いだ中編。これを作家性として、何の照れもなく差し出して見せる境地にたどり着いたことに、いささかの戦慄を覚える。WOWOWでやったら保存しておきたいし、これは次回作にも期待していいのかもしれないな……。

秒速5センチメートル [Blu-ray]

秒速5センチメートル [Blu-ray]