"最後に残った売れるもの"『刺さった男』(『As luck would have it』(英題))


 ラテン・ビート映画祭2012(http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/)にて鑑賞。大阪ヨーロッパ映画祭2012(http://www.oeff.jp/index.php/ja/)でも上映しました。


 妻と暮らす元宣伝マンのロベルトは、もう二年も失業中。再就職もままならず、コネを頼って友人の会社にいくが、すげなく追い返されてしまう。萎えた心を奮い起こすために、かつて妻と新婚旅行で行ったホテルを訪ねて見るのだが、そこは解体されて美術館がオープンしようとしていた。人の波に巻き込まれ、立ち入り禁止区域に入ってしまうロベルトだが……。


 イグレシア監督の最新作。昨年の同映画祭で上映された『気狂いピエロの決闘』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120913/1347529917)をこないだ観たとこなので、結構立て続けに観ることになる感じ。邦題がついていないが、英語題もオリジナルとは違ってて、原題は作中でも使われるキャッチコピー(字幕訳は「人生に輝きを!」)がそのまま使われている。後のヨーロッパ映画祭では『いのちの花火』という邦題がついてますね。


 冒頭、主人公が目覚め、寝てる奥さんの傍らから身を起こし出勤。しかし、すごい巨乳ですね奥さん……と思ったらサルマ・ハエックだった! 全然予備知識無しで行ったので、ここからもう驚いてしまったよ。老けないなあ。
 さて、主人公はその夫。かつては広告会社で働き、大ヒットしたコカコーラのコピーを手がけたこともあるが、今は失業して二年。破産寸前に追い込まれ、職探しに疲弊して疲れ切っている。この無職の男の不全感、日本人としてもまったく他人事ではない。失業率は相変わらず高いし、中年男性の再就職の困難さたるや……。空前の買い手市場で、もはや求人を求める側はプライドもなにもあったものではなく、心が折れかけている。
 それを面接への出発前に励ますサルマ・ハエック、いい奥さん過ぎ。あくまで自然に、彼に自信を取り戻させようと語りかける。オレも朝からあんな風に励まされたいと思ったよ。ただ、自らをダメ人間と思いかけている主人公にはどこかしらそれが届いていない。いや、気持ち的には伝わっているのだけれども、自分は無職で金がなく家族が養えなくなっても価値がある人間だとは、理屈として思えないのだな。後で「妻は教師だからああいう時の扱いが上手い」なんて言ってしまう。この二つの考え方のずれが、最後まで引っ張られることとなる。


 さて、このあとホームドラマになるのかな、と思ったら奥さんには「企業に面接」と言って出かけた先が、実は昔の同僚の会社で仕事をもらえないかとお願いしに行くという屈辱的シチュエーション。未来的オフィスですげなくされて追い返され、惨めな気持ちになったところで入った美術館、迷い込んだ立ち入り禁止区域で事故にあい、工事現場から突き出た鉄の棒が後頭部に刺さって動けなくなるという事態に……。
 まあここらへん、急展開の連続で、いったいどこへ連れていかれるのかと手に汗握りましたわよ。
 あとはこのワンシチュエーションが軸になるが、一箇所から動かない話なのにこの後も怒涛の展開が続き、最後まで揺さぶられ続けた。
 脳からの出血の危険があって動かせないという状況で、主人公は集まってきたマスコミに、自分の置かれたこのシチュエーションそのものを売ろうとする。自治体の管理している美術館の中の、国の管理する遺跡で起きた事故ということで、事なく済ませたいと思う者とPRに利用したいと思う側、行政の様々な思惑が絡み、もちろんこのセンセーショナルな事件で目一杯視聴率を稼ぎたいと考えるマスコミが動き出す。自殺未遂と報道されたことで、主人公を袖にした企業は慌てふためき、ワンシチュエーションの価値は急速に高騰して行く。
 それが、無職で何も持たなくなってしまった主人公の「ジョーカー」となる。だが、そこに確かにある種の痛快さはあるのだけれども、伴っている痛々しさと不安感はどうしようもない。「人生に輝きを!」というコピーのその輝く一瞬がついに訪れた、と解釈するにはあまりに皮肉でありすぎる。


 奥さんも遺跡に登場し、オープニングで提示された意見の相違が鮮明になるあたりから、見ているこちらもその時々のそれぞれの意見や感情に、時に同調し時に反発し、ぐいぐいと引き込まれながら、結末に向かって突っ走る。まるでリアルタイムのようなライブ性があり、そこに熱狂する人々の姿も描かれる。見方によっては戯画的な状況で、不謹慎とさえ言えるギャグも次々と飛び出し、うっかり笑ってしまうと後で冷水をぶっかけられることに。

 映画自体のメッセージ性はストレートで、結局のところ、ここまでこの主人公を追い込み、その尊厳を傷つけたものがなんなのか、ということ。こういう状況になってまでプライドを捨て去れない彼を批判するのではなく、こうした「命の切り売り」のようなことをさせた背景にあるものは何か? 行政、企業、マスコミへの痛烈な批判があり、そこに所属する個人に対しても問いかける内容。最後のレポーターの行動は『ミッション:8ミニッツ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111104/1320331717)も思い出したね。観てないんだがマスコミに関しては『マッド・シティ』もちょっとこんな内容かな?


 今年ベスト級になりそうな一本。なんとか劇場公開して欲しいものであるが、どうかなあ。

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