"赦すために歩き続ける"『ウェイバック』


 ピーター・ウィアー監督作!


 第二次世界大戦の最中、ソビエト軍の侵攻を受けたポーランドにおいて、ヤヌシュは共産主義への反抗とスパイの罪で逮捕される。その裏には、捕らえられ拷問を受けた妻の証言があった。シベリアの強制収容所に送られた彼は、カバロフという元役者の男に、モンゴルへの脱走計画を持ちかけられる。祖国へ帰るため、脱走の準備を始めるヤヌシュだったが……。


 いや〜、名匠久しぶりだね〜、と言いつつ『マスター&コマンダー』も『トゥルーマン・ショー』も観てないけどね。まあ『ジョン・ブック』と『いまを生きる』観とけば充分でしょ! 正直言いまして、今作の存在自体知らず、全然ノーマークだったんですが……。
 上映時間長い上にロードムービーっぽいということで、割と敬遠しがちなジャンル。主演のジム・スタージェスは『正義のゆくえ』で観たはずだが、全然覚えていない。やっぱり『ワン・デイ』観とけば良かったか?


 拷問にかけられた奥さんに売られて、ポーランドからシベリアの収容所に連れて来られた主人公。謎のアメリカ人エド・ハリス、札付き犯罪者コリン・ファレル、元役者のマーク・ストロングらと出会う。過酷な大自然に囲まれた収容所で、所長の訓示も「自然が檻だ! 雪原が看守だ!」というもの。その分、警備自体はそうでもなさそう。食料(つってもカチカチの黒パンだが……)を溜め込んでいざ脱走! なんだけど、言い出しっぺのマーク・ストロングがついてこない! すげえ、なんていうキャストの消費っぷりだ! エド・ハリス曰く「奴は出来もしない脱走計画を新入りに聞かせ、その夢を喰らって生きているんだ」だそうで、この後も少しずつキャラクターのバックボーンが明らかになるにつれ、それが次の展開につながっていく。


 サブタイトルに6500キロと書いてあって、あまりの遠さに目眩がするが、平坦な道のりでさえない。まずはシベリアの極寒、食料もない土地を抜けねばならない。その先の国境を越えてモンゴルを目指すのだが……。舞台は雪原、湖、草原、そして砂漠へと変転する。2時間14分と長尺の映画だが、その長さをフルに使い旅の遠大さを表現しながらも、舞台を次々と変えていくことによって飽きさせない。だいたい満員だったんだけど、途中、ある建物が登場した時は、劇場中がどーっとのけぞったよ!
 収容所生活なら、あるいはもっと命を長らえられるかもしれない。だが、どうせいずれ死ぬならば自由の中で死にたい、というテーゼのもと、脱走する主人公たち。旅は確かに過酷で、追っ手こそこないものの、彼らを捕らえたスターリン共産主義の手は意外なところにまで伸びていて、どこまで歩き続けても終わりが見えない。どこで嫌になって投げ出してしまってもおかしくない。
 だが、それでも歩き続ける。あるのは辛いことばかりだが、時に笑い、時にほっと胸を撫で下ろし、時に涙するうちに、収容所で初めて顔を合わせたはずの彼らが少しずつつながっていく。途中で加わったシアーシャ・ローナンちゃんはすぐにみんなのアイドルに! アイドルに過剰なキャラづけは必要ないとエド・ハリスに諭される、裏のあるキャラでもあるのだが、彼女もまた変わって行く。とても長くて過酷な旅だが、ところどころに旅自体の楽しさ、ひいては彼らの求めた自由の素晴らしさが描かれる。


 コリン・ファレルの演技もベスト級に良かったなあ。残虐な男なんだが、どこか要領が良くて憎めない部分もあり、彼なりのポリシーがあるキャラ。中盤の意外な行動もみどころ。シアーシャ・ローナンも『ハンナ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110831/1314763545)みたいな薄っぺらい美少女っぷりとは対極でぐっと大人びて見える。いや、これの方が先に作られてるんだけどね!


 そしてエド・ハリスの、タフでシニカルなんだがどこか危うい感じも素晴らしい。見る前はてっきり冷酷な収容所長役とかかと思っていたが、まさかのアメリカ人役だった。脱走計画に乗るものの、その生きる技術の豊富さと対照的に、何か生きることに対して後ろ暗いものを持っている。中盤にその過去が明らかになるのだが、そこで主人公との絡みも生きてくる。


 ジム・スタージェスの主人公は、老人に食べ物を譲ったりしてしまう甘っちょろいキャラで、エド・ハリスに「その優しさが命取りだ。だが、共に脱走すれば俺を見捨てないだろう」と評されている。でもその優しさこそが彼の強さであり、この6500キロを歩かせ続ける原動力であることも語られるのだね。後ろ暗いものを抱えた(実際のところ、それは気に病むべきことではないのだが)エド・ハリスに対して妻に「売られた」側である彼の放った言葉とは……。


 かくも過酷な時代、苛烈な状況を描きながら、全編に横溢した前向きさに心打たれる。「赦すために生きる」という境地に象徴されたその曇りなさと明るさ、自由さは、何をもってしても砕けはしないのだ。
 旅の終着点は、ジョジョ第三部のラストを彷彿とさせた。旅が終わってもポーランドの動乱は続き、民主化は遥か30年先だ。だが、それに向けて決して歩みを止めない力の強さと確かさを考えさせられたのであった。


 ところで、世代論とか「昔は良かった」とかいう言説はだいたいゴミだと思ってるが、こういう映画を観ちゃうと『THE GREY』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120824/1345735585)で三日ぐらいで壊滅した連中が「泣きごと言うばかりでこらえ性のない現代人」みたいに思えてくるよね。リーアム・ニーソンもメソメソしたか弱い奴にしか思えなくなってきてしまったではないか! やっぱりだめだったな、ありゃあ……。

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