”遥かなる旅路、さらば友よ”『奇跡の2000マイル』
ミア・ワシコウスカ主演作!
都会を離れ、砂漠の入り口の街、アリス・スプリングスへとやってきたロビン・デヴィッドソン。彼女の目的は、ラクダの調教を覚え、2000マイルの砂漠を越えインド洋を目指すことだった。撮影対象となることと引き換えにナショナルジオグラフィックの資金援助を受けた彼女は、愛犬ディギティと4頭のラクダたちと共に旅立つ……。
これはかなり前から楽しみにしていた映画。オーストラリアの砂漠を横断した実在の女性ロビン・デヴィッドソンさんを描いた実話である。
犬一匹連れた徒手空拳状態から砂漠の街へとやってきて、ラクダ牧場で働き始めるミアちゃん。歩いては誰も横断したことのない砂漠に挑もうとする。そのためには荷物や水をかつぐラクダが必要だ。ラクダを扱うスキルは全然なかったが、牧場で延々タダ働きさせられてるうちに着実にスキルアップ。紆余曲折を経てラクダをゲットすることに成功する。
牧場を出た後は屋根もないような廃屋に住んで準備をしているのだが、そこへ噂を聞きつけた友人たちが尋ねてくる。まあ常に眉間に皺の寄った我らがミアちゃんですが、「えっ、なんでこの場所わかったの?」とマジ渋面。「噂になってるわよ〜!」と言われ、ドン引き。友人たちは友人たちで屋根もない家にドン引きするが、キャンプ気分で酒盛りに。
まあ話は合わせてるんだけど、ここでもイラつきの止まらないミア。いや、友達みんな悪い人じゃないし善意で来てくれているのもわかる、カンパの話も出てるし、カメラマンも紹介してくれて、助かる面もある……でも……でも……私はこういうしがらみが嫌で砂漠まで来とるんやないかい!
……いや……その気持ち、よくわかる! 映画のルックやジャンルこそ全然違うんだけど『イノセント・ガーデン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130606/1370501382)で演じた周囲との馴染めなさ、孤高さが全開。コミュニケーション能力が格別低いわけではないんだけれど、ただ性に合わない。おまえら……わたしの空気を読んでくれ……。
出発を控えた頃、姉、姪、父親が訪ねてくる。心配する姉、「距離縮めてエアーズロックまでにしたら?」と言うのだが、後に旅立つとそのエアーズロックまでに割かれた尺は5秒だったのだった……一蹴! 着いたら着いたで観光客の車でキャンプ場はいっぱいだし……。
砂漠横断の旅をする理由として、父親がかつてアフリカを旅したから、というのを挙げるのだが、旅立ちを前にして「同じ経験を持つ父」との「心の交流」があるかというと、あれっ、と拍子抜けするぐらいに何もない。後にロビン・デヴィッドソンさん本人は、「なんで旅や冒険をするの?」といちいち聞かれるのが嫌だった、と語っているそうだが、そういう質問に答えなければならない時になんとなく座りのいい表向きの理由として父親を引っ張り出したのかもしれないな。父自身も、アフリカを旅したのは仕事のためで、別に冒険家だったわけではないし、娘の旅立ちに対しても、正直なんでそんなことをするのかよくわかっておらず、言いたいことはないではないが、結局何だか遠慮がちに突っ立っているだけである。実にリアルな父親像だな……。
ラクダにはほとんど乗らず、1日に32キロずつ歩いて、半年以上かけて砂漠横断を目指すということで、長距離を旅する人らしく痩せているのだが、下半身はしっかりたくましくなってケツがでかい体型に。それがなんとも自然かつ機能的。暑いし色々面倒だしでパンツ一丁で歩いていたりして、それをついガン見してしまうカメラマンであった……。
常に砂まみれ埃まみれだし、日頃、文明社会に生きている僕らが想起するモデルさん女優さんのような美しさとは全然違うのだけれど、オーストラリアの大地に太古からただ広がっている砂漠に、異国から輸入されてやってきたラクダがアジャストして繁殖しているように、一人の人間がそこで生きているということの美しさに感銘を受ける。
カメラマンは登場時から何だか遠慮がちで、アプローチも遠回しでいかにもいい人そうなんだが、話題がカメラや写真になると急にマッチョさが顔を出したりして、いるいるこういう男、という感じ。トータルで見れば無論いい人かつ真面目な男なんだが、一回セックスしたぐらいで何か妙な責任感まで持たれると、ああ、ちょっと面倒臭い……と思ってしまう。またそういうことをわざわざ直接言うのも、どうせ話が通じないから面倒だし、「おまえの盗み撮りのせいで聖地入れなくなったじゃんかよ!」ということももう言わないのである。しかし、うぜーよ、もういいよ……と思っていたら「僕が先回りして水を運んでおくよ!」と、自分だったら絶対にしないであろうことをしてくれたりするので、なかなか割り切れなかったり……。
偏狭な価値観からすると、家族や友人に心配をかけて資金援助まで受けて死ぬかもしれない危険な旅をしていったい何の自己満足なのか、という風に受け取ることもできるかもしれない。だが、実際にこうして旅をしている彼女の姿と、その先に広がる大地を見ると、何だかわからない畏敬の念のようなものが自然と湧いてくる。こんな旅、遠いし暑いし足痛いし……と思う一方で、もう一人の自分が、すげえ! オレも旅したい! こんな誰も知らないところに行きたい! と、世界の中心で愛を叫ぶのである。
撮影も素晴らしく、ちょくちょく空撮が入るのだが、あまりに先までの風景が変わらなくて、これはそれなりの高度から撮ってる大地なのか、それとも手持ちのカメラで足元を接写しているのか、しまいにわからなくなってくる。
その風景に圧倒されるのだが、登場する現地のアボリジニの人を含めて、今しがた引き合いに出した『世界の中心で愛を叫ぶ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20060401/1440672905)のような感傷的意味づけとは無縁で、ミアちゃんはただ大地は大地であるのみだと捉えている。だいたい、友情や恋愛だって面倒臭いんだしな……。
しかし中盤から、母の死と最初に飼っていた犬との離別、それを招いた父親への不信が映像として挿入されてくる。生死の狭間でただただ歩いてる間ってのは、どうしてもこういうことを考えてしまうのかな。これらが旅の内的動機であるというわけでもないのだが、映画、すなわち旅が終盤に差し掛かるにつれて、あの日感じたやるせなさ、仕方ないことと頭ではわかっていても割り切れなかったものが、どうしようもなく浮上してくる。この旅が何かそれを振り払うきっかけとなるのかな、と思っていたら、最後は強烈なトラウマがもう一つのしかかるような展開になるので、大ショック。ややオカルトな展開もありで、感傷とは無縁だったはずが過去がここまで追いかけてきたかのようで辛い。
ミアちゃんの受けたダメージは巨大で、もうほんとにダメなんじゃないかと思うのだが、それでも最後には海にたどり着く。その到達は犠牲あってのものなどでは全くないあたり、座りのいいフィクションとは違う実話ゆえの重みであるな。
この旅に意味はあったのか、そもそも意味ってなんだ、なぜ旅したんだ……そんな風に考えてしまうのだけれど、しかしそれは人生すべてそうではなかろうか。生きることに意味なんてないかもしれないが、それでも目的地をただ目指すのだ。あ、いかん、オレが感傷的になってきたではないか……。
リック
「戻って来ねえものが……多すぎるがな……」
ロビン
「わたしの失ったものは、この地球にも匹敵するほど大きい……。しかし……彼らのおかげだ……彼らのおかげでわたしは生きているんだ……」
「ディギティ! ゴールディ! 母さん! 終わったよ……」
エンドロールでは映画のシーンそのままの、当時の実際の写真が次々と出てきて、もう涙が止まりませんよ! 『博士と彼女のセオリー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150324/1427198475)などと同じく、実在するロビン・デヴィッドソンさんという人の人間力がにじみ出ていて、自然と敬意が湧いてくる。
ロビン
「つらいことがたくさんあったが……でも楽しかったよ。みんながいたからこの旅は楽しかった」
「それじゃあな! しみったれたじいさん! 長生きしろよ! そして盗撮趣味のカメラマンよ、わたしのこと忘れるなよ!」
エディ
「また会おう! わしのことが嫌いじゃあなけりゃあな……マヌケ面ァ!」
リック
「忘れたくてもそんなキャラクターしてねえぜ……てめーはよ。元気でな……」
『TRACKS』完
『ウェイバック』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20121016/1350387945)でもそうだったが、旅の終わりというとこのネタが鉄板なんである。
『INSIDE TRACKS』というものすごく高価で素晴らしいメイキング本を見ると、エンドロールにも出てきたような実際の写真もたくさん載っている。作中では眉間に皺を寄せて嫌がっていたやらせ撮影だが、実際の写真を見るとえらく高いとこに登ってたりポーズ取ってたり、嫌そうなふりして実はちょっとノリノリだったんではないか、という疑惑が……。さらに、映画じゃ誰もいないとこでやってた全裸水泳も、しっかりカメラに収められているではないか! これはあれか、やっぱりセックスしてるからこそ撮れた写真なのか……?
ほとんど触れなかったけど、ラクダや犬の表情も映画、写真を問わず素晴らしかったですよ。うちの猫は「ethan go home!」と言ってもピクリとも動かんだろうなあ、と考えつつ……。
ロビンが跳ねた―ラクダと犬と砂漠 オーストラリア砂漠横断の旅〈上〉
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ロビンが跳ねた―ラクダと犬と砂漠 オーストラリア砂漠横断の旅〈下〉
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