"バカにつける薬がある"『ボーン・レガシー』(ネタバレ)


 あの『ボーン』シリーズに新展開!


 ジェイソン・ボーンは氷山の一角に過ぎない……。「トレッドストーン」の裏で進行していた計画によって育成されていた工作員を襲う暗殺の魔の手。ボーン離反に伴い、計画は中止され、その構成員たちも「処分」されることが決まったのだ。能力の維持のために必要な薬品の補給を断たれた工作員アーロン・クロスは、自らの死を装い逃亡するのだが……。


 ネタバレですんで、興味ある人は公開後に読んでね。


 実は前シリーズ一本も見てません。マット・デイモンの顔って、二時間も見るようなもんじゃないよね。イーストウッド御大がよくお使いになるから仕方なく見たりしますけど……。ここでジェレミー・レナーに主役交代ということで、これなら見てもいいかなあ。
 しかし、予備知識なしで観に行きましたけど、なんだか思わせぶりな作戦名が出てきましたね。それも三つも四つも……ラビットフットとか(違)。前作の話からの流れで、どうやら全部中止になるようですが、いったい何の作戦だったのだろう。超人作りは過程で、目的じゃないよね? ここらへん、さも「大変な問題だ! 国家を揺るがす!」と力み返っていたが、いったい何が問題なのかよくわからんで残念。まあその、「悪い政府」のベタな文脈で捉えれば、ろくでもないことやってて露見するとまずいのだろうけど、作劇はそれを暴く方向にはいかない。それは単に収拾がつかなくなるから、色々辻褄を合わせないといけないからで、主人公が逃げ回る動機になるそれらしい陰謀があればそれでいいんだ、ということなんでしょうね。
 この「それらしさ」は実にムンムンで、いかにも現場仕切ってますよ、やり手ですよという顔したエドワード・ノートンがデビュー以来最速じゃないかというマシンガントークで矢継ぎ早に指示を出し、追跡に暗殺と徹底的に畳み掛け、スピード感命の演出で、レナーとレイチェル・ワイズを追い詰めて行く。
 しかし、テンポこそいいのだが、前作までを観ていないせいか、このそれっぽい計画たちがどれだけ重要なのか、こんな金も人員も大量投入して葬らねばならないほどの秘密なのかがよくわからず、それこそ雰囲気だけで誤魔化してるだけに見えてしまう。映画的な嘘というのは、設定と演出の両輪で成立するはずだが、それが片方しか回っていないような、そんな感じを受けたね。


 さて、ジェイソン・ボーンは確か記憶を失くしていた、という設定だったと思うけれど、今作の主人公は記憶こそあるんだけど、計画で投入された薬品によって知力と体力を大幅に強化されている。そして、薬が切れるとバカになってしまう! IQごまかして軍に入ったという過去があり、薬がないと特殊工作員はおろか、一兵士さえ務まるか怪しいと言う設定。


「バカという言葉は、社会の根幹に関わる罵倒語なのだ」呉智英『バカにつける薬』


 本人にとってみれば切実な問題で、工作員になって狙われる身になっちゃった今となっては、知力の低下は即、死につながるわけだ。追われる身になったが、薬は手に入れなければならない! まあそれはわかるんだが……いまいちその深刻さが伝わらないというか……。ちらっと過去回想は挟まれるんだが、実際の工作員以前の時代がどういう人だったのかよくわからないので、そういう現実的な理由以外の「どうしてもそこに戻りたくないわけ」がわからない。いや、そんなものはないのかもね。誰だってバカに戻りたくなんかないんだ。
 せっかく面白い設定だから、時間が経過するごとにレナーさんがポカをやらかす回数が増えて行くとか、そういう演出をすれば面白かったと思うんだが、「うっ、めまいが……」みたいなシーンしかないんだよね。もっと銃の装填の仕方がわからなくなるとか、車のブレーキとアクセルがどっちかわからなくなるとかあれば良かったのに。


 しかしレナー他は暗殺されそうになってるのに、別の計画の工作員は差し向けられてきたりして、あれっ、こいつらは処分しなくてよいの? その大丈夫な計画とダメな計画を分けるものはなんなの?と首をひねってしまったね。もちろん作劇上は追いかけてくる悪役がいないと話にならんのだけど、そのためだけのキャラに見えて、何の広がりも感じられない。
 最近、「リアリティのレベル」なんて言葉が流行ったけれど、今作に対してもあんまりそれを引き上げてはいけなかったのかもしれない。これが「緻密」とか笑ってしまうが、雰囲気だけのアクション映画だと思えば、そこそこ迫力はあるしスピーディだし……いや、でも2時間15分は長いって!


 終盤のバイクチェイスシーンはまあまあ迫力があって良かった。中盤にギャーギャーわめく演技がひどくて、あんたほんとにアカデミー賞女優かと思わせたレイチェル・ワイズの蹴りもちょっとミスマッチで笑ったね。これはエドワード・ノートンと決着をつけるクライマックスのプレリュードとしては申し分ない……と思ったのだが……。


 実は今のがクライマックスでしたあああ!


 ……ここで終わるのかよ! シリーズ化に色気出し過ぎじゃない? アクションの臨場感など悪くない部分もあったし、レナーとノートン先生は良かったが、この尻切れとんぼ感で完全にマイナス方向に針が振り切れた。もう前作は遡らないし、続編も観ることはないかもしれない……。

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